第10話 兇賊




「結構流れが速いし深そうだ。滝が近いからか? 」


 森から出て足場の悪い岩場を進み、俺は川のすぐ手前までやってきた。


 川は10メートルほどの幅があり、近くで見ると水の流れは速くそして深そうだった。


 泳げない俺はゾッとしながらも浅瀬の方に近づいた。そしてヘルメットを脱ぎ、首から紐でぶら下げている魔物探知機を見ながら川の水をすくった。


「冷たっ! でも気持ちいい! 」


 森の中の気温はそれほど高くないが、長時間歩き戦闘を行なった身体は汗でベトベトだ。


 俺はペングニルを脇に置き背負っていたカバンとリュックを降ろして、このまま上半身も水浴びをしようとスーツの上着を脱ごうとした。


 しかしその時。


 ガサガサッ!


 背後の森から複数の物音がし、俺は咄嗟にペングニルを手に取り振り向いた。


 するとそこには革鎧姿の10人ほどの剣と槍を持った人間の男たちが、俺を半包囲するように展開していた。


 男たちは俺と同じ姿の者もいれば、頭に犬や熊のような耳を生やした者もいた。そして全員が武器を手にしニヤついた顔で俺をみていた。それは決して友好的な笑みではなく、明らかに獲物がかかったことを喜んでいるような笑みだった。


「おいおいおい、見張りの奴が珍しい格好をした人族がいるっていうから来てみれば……その黒髪。魔族じゃねえか」


 俺がペングニルを構えながらゆっくりリュックを拾い上げ背負っていると、大剣を持つ巨体の熊耳の男が話しかけてきた。


「魔族? 」


 俺は獣人と思われる獣の耳があるのと毛深いこと以外は、人間そっくりの大男にそう問いかけた。


 魔族って確か小説なんかじゃ、知能の高い人型の魔物のことを言うんだったか? 確かにここにいるのは茶系の髪の獣人と、金髪の俺と同じ人間しかいない。黒髪は魔族にしかいないってことか? だから俺は敵だと思われている?


「んん? ちげえのか? ああハーフか。それにしちゃ……ま、人族だろうが魔族だろうがどっちでもいいか。こんな所に一人で仲間とはぐれでもしたか? とりあえず楽に死にたかったら、武器も荷物も服も全部脱いで足もとに置け」


 魔族とか関係なかったようだ。


 くそっ! 初めて会った現地人が盗賊かよ! 


 これだけの数に包囲されてるってのに、魔物探知機には反応がなかった。文字通り魔物しか探知しないってことか。


 チッ、これに頼りすぎたな。


 というか楽に死にたかったら脱げって凶悪すぎじゃないか?


「楽に死にたかったら? 助かりたかったらじゃないのか? 」


 俺は聞き間違いであることを願って確認した。


「グハハハ! お前面白い奴だな。生かしておいたらオレたちの狩場がギルドに知られるだろうが。今まで一人も生かしておいたことはねえよ。男も女もな。ああ、女はすぐには殺してねえな、たっぷり楽しんだ後だな」


「そうか……納得した」


 凶悪すぎる……こいつら正真正銘の悪党だ。


 俺はボスらしき熊の獣人の言葉と、周囲の男たちの下品な笑い声に生かすつもりはないといのだということを理解した。


 どうする? 一か八か川に飛び込むか? いや、泳げない俺が下流で岸に戻れるとは思えない。溺死とか絶対に嫌だ。


 なら戦うか? こんなところで盗賊をやっている奴ら相手に勝てるのか? そもそも俺に人を殺せるのか? 


 無理だ。人間を殺すとか勘弁して欲しい。でも手加減して勝てる相手でも数でもない。


「わかったなら早く武器を捨てて脱げ。その槍はミスリルか? 魔族の親からもらったか? その珍しい服も含めて高く売れそうだぜ。オラッ! なにしてんだ早く脱げ!」


「断る! 『土壁』! 」


 俺はそう言って自分の足もとに3メートルの土壁を発生させた。


 それにより俺は隆起する土と共に頭上へと打ち上げられ、唖然とした顔の熊獣人を見下ろしながら土壁から飛び降り盗賊たちの背後に着地した。


 そして森へと全力で走った。


 殺し合いなんかしてられるか! ってか流石にあの数相手に戦ったらただじゃ済まない。オークなんかとは違う。武器の扱いに長け、明らかに戦い慣れている人間だ。いくら神器があっても素人の俺が勝てるわけない。


 だったら逃げるしかない。昔から複数人相手にはそうしてきた。伊達に小中といじめられてきたわけじゃないんだよ!


 俺は背後を気にしながら森へと走った。しかし誰も追いかけてくる気配がない。


 諦めたか?


 俺がそう思ったその瞬間。


 あと少しで森にたどり着くというところで、森の中から複数の矢が飛んできた。


 そしてそれは俺が踏み出そうとしていた地面に刺さった。


「おわっ! 」


 俺は目の前に矢が刺さったことに驚き、横へ回転しながら転げ回った。


 矢が飛んできた方向を見ると、森の中から剣と弓を持った人族と獣人が10人ほど現れた。


 そしてそれぞれが剣と弓をを構えながら左右に展開し、俺を包囲した。


 終わった……仲間がまだいた。


 俺は背後から飛び越えた者たちが近づいてくる気配を感じながら、完全に包囲されたことに絶望するしかなかった。


「びっくりしたぜ。まさか『大地』のギフト持ちとはな。魔族と人族のハーフでこりゃ珍しい。装備からして荷物持ちか何かだと思ったが、どうやら違うみてえだな。オイッ! 距離を取って囲め! 大地のギフトの効果範囲は狭い。しかも連発はできねえし、すぐに疲れて使えなくなる。最悪服は諦める。弓で狙え! 」


  


 熊獣人の指示に、盗賊たちは俺から距離を取った。


 そして森から現れた5人の猫耳と人族の男が弓を構えた。


 くそっ! どうする? また土壁を出して逃げるか? いや、距離を取られたから同じ手はもう通じそうもない。それに森にまだ仲間がいるかもしれない。さっきは俺のスーツが無傷で欲しいから矢をわざと外したんだろう。今度森から撃たれたら死ぬ。


 戦うか? 人間相手に戦えるのか?


 そうしていつまでも戦う決意を固められないでいると、俺を半包囲して弓を構える男たちが一斉に矢を放った。


「くっ! 『土壁』! 」


 俺は正面になるべく幅の広い土壁を発生させた。


 それにより正面と斜めからの矢は防げたが、左右から飛んできた矢が壁の横から俺へと向かってくるのが見えた。視界の端には槍を投げようとしている犬耳の男もいる。


 俺が咄嗟に身をかがめ、カバンを盾にしようとしたが間に合わない。


 飛んできた2本の矢は俺の顔と肩に、続いて飛んできた槍は俺の腹部へ真っ直ぐ向かってきて俺へと命中した。


 カカンッ! カンッ!


「え? 」


 しかし矢と槍は俺の身体に当たった瞬間。何かに弾かれたようにその場に落ちた。


 俺は何が起こったのか理解できなかった。


 しかしそれ以上にこの盗賊たちが、俺を本気で殺そうとしたことに恐怖が湧き上がった。


 ——死ぬ……殺される……殺らなきゃ殺られる!


「う……うおおぁぁぁぁ! 『千本槍』! 『ペングニル』! 』

 

 俺は発狂したような叫び声をあげながら立ち上がり、左側面の弓を持つ人族の男と槍を投げた犬獣人の男の足もとに10本の土槍を発生さた。そしてすぐに右側面から矢を放った猫獣人の男にペングニルを力いっぱい投げつけた。


   


《 ぐはっ! 》


 左側面の弓と槍の男は突然現れた土槍に串刺しにされ、右側面の弓の男の腹部はペングニルが貫通したのか風穴が空いていた。


「なっ!? この距離で大地のギフトを発動させただと!? きょ、距離を詰めろ! 奴は武器を失った! 一斉に斬りかかれ! 」


  


「『千本槍』『土壁』『ペングニル』! 」


 俺は一斉に向かってくる盗賊たちに次々とギフトを発動させた。そしてまずは弓を持つ者から一人づつペングニルで仕留めていった。


《ぎゃああ! 》


 カンッ!


 その際に矢がまた俺に当たり弾かれた。


 しかし半ばパニックになっている俺は、そんなことに気が回らずただ夢中でギフトを発動しペングニルを投擲していった。


「や、槍がなんで戻ってんだ!? クソが! 調子に乗るんじゃねえ! 」


「『土壁』……あぐっ! 」


 最後の弓使いにペングニルを投擲し、無手になったところで熊獣人が大剣で斬りかかってきた。


 俺は咄嗟に土壁を発動したが、横から人族の男のタックルを受け倒されてしまった。どうやら千本槍で仕留め損なった奴のようだ。


「でかしたぞカルム! クソ半魔人! 死ね! 」


 熊獣人は土壁を回り込み、再び大剣を振りかぶって転がる俺の首へそれを振り下ろした。


「『アンドロメダスケール! 』 」


 しかし俺は腰のアンドロメダスケールを発動させ、熊獣人の大剣を持つ腕と頭に巻きつけた。


「なっ!? なんだこりゃ! 」


 熊獣人は一歩二歩と下がりながら、両腕と顔に巻きつくスケールの帯を外そうともがいている。


「このガキ! 死ね! 」


 その姿を驚きの表情で見ていた俺を押し倒した男が、腰からナイフを抜き俺の首へと突き出した。


 俺は死角から迫るそのナイフに反応が遅れた。


 殺られる!


 ガキンッ!


 しかしまたもやナイフが俺の身体に触れる直前に、まるで見えないバリアに阻まれたかのようにその攻撃は防がれた。


「ぐあっ! な、なんだ!? グフッ……」


 俺はナイフを取り落とし手首を押さえる男の首へ、戻ってきたペングニルの穂先を無我夢中で突き刺した。


 そして息絶えた男を蹴飛ばし、起き上がりながら熊獣人の引っ張る力と拮抗していたアンドロメダスケールを一気に緩めた。


「うおっ! 」


 突然緩んだスケールの帯に熊獣人はバランスを崩し、後方へと二歩三歩と下がっていった。


「喰らえ! 」


 そこへ男の首から抜いたペングニルを、俺はあさっての方向へ向かって思いっきり投擲した。


 熊獣人は自分に向かって投げつけられると思っていたのか、剣を盾にしていたがあさっての方向に槍が投げられたことでその顔に笑みを浮かべた。


「馬鹿が。どこに向かって投げ……ゴフッ! 」


「お前の首だよ! 」


 俺は熊獣人の首筋から突き刺さり、喉へと貫通したペングニルの穂先を見ながら熊獣人にそう答えた。


《う、嘘だろ……ボスが殺られた……》


《信じられねえ……》


 ボスである熊獣人が倒されたからか、周囲で戦いを見ていた盗賊たちが驚きの表情で俺を見つめていた。


 残り12人……これで逃げてくれるか?


「ボスを倒した半魔人を殺した奴が次のボスだ! あの槍は何かある! 距離を詰めて投げさせるな! 」


  


 しかし狐の獣人らしき男が掛け声をかけると、男たちは逃げるどころか再び俺へと向かってきた。


 視界の向こうの森からは、3人の弓を持った男たちが新たにこちらへと向かってきている。


「くそっ! 『土壁』 『千本槍』 」


 俺は川辺を走り、包囲から逃れながら向かってくる男たちにギフトを発動した。しかし移動しながら動く者たちに千本槍を当てるのは難しい。ほとんど牽制にしかならず、戻ってきたペングニルにより二人倒したところで再び俺は川へと追い込まれた。


 盗賊たちは俺のペングニルと千本槍を警戒し、左右に大きくステップを踏みながら距離を詰めてきている。


 くそっ! 投げれない! 投げたら戻ってくる間に斬られる! こうなったら相打ち覚悟で……


 俺が扱いの下手な槍での接近戦を覚悟したその時。


 森から向かってくる3人の弓を持った男たちの背後に、白く長い角を生やした黒髪の女性と、魔法使いのローブのような物を着たピンクの髪の女性が森から現れた。


 黒髪の女性は二刀の剣を両手に持っており、その刃先は広くまるで青龍刀のようだ。彼女はものすごい速さで弓使いに接近し、流れるように一人また一人とその首をねていった。


 ピンクの髪の女性は手に何か青白い光を発生させたと思ったら、弓使いに向かってそれを一気に解き放った。


 それはまるで稲妻のように弓使いに向かっていき、一瞬で弓使いを戦闘不能にした。


 後方の戦闘音に気づいたのだろう。俺に一斉に斬りかかろうとしていた者たちは、後方を気にしながらどうするべきか考えているように見えた。


「チッ! 仲間が来やがった! 竜人にギフト持ちだ! 退くぞ! 」


『待て! 兇賊きょうぞくども! 』


 俺の仲間が来たと勘違いした兇賊と呼ばれる者たちは、10対3になったことと彼女たちの種族。そしてあの雷のギフトみたいなものを警戒し、滝の方へと走っていった。


 黒髪の女性は追いかけたが兇賊の足は早く、途中で追いかけるのをやめ剣を納めながら俺の方へと向かってきた。


 俺は助かったという安堵感から腰が抜けそうになったが、二人の女性に礼を言わなければと踏ん張るのだった。




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