第5話 訓練の成果
「デカイな……お? バターが練り込まれてるのか。これはうまいな」
俺は肩掛けタイプの大きなカバンから取り出した、直径20センチはありそうなクロワッサンを頬張り、その美味しさに舌鼓を打った。
でもなんでクロワッサンなんだ? 女神の好物なんかね?
「んぐんぐ……この水も美味いな。あ、いっけね! 水は貴重だから飲みすぎないようにしないと。こりゃ魔石を獲得するよりも水場を探すほうが先だな。しかし生水は怖いしな。火も起こせないのに煮沸どうしよう……」
俺はうっかり3分の1くらい飲んでしまったことに顔をしかめ、憂鬱になりながらもクロワッサンを食べきった。
食料は無いけど、いくら大きなクロワッサンとはいえ半分づつ食べて細々と生きるのは性に合わない。だったら全部食べて背水の陣で挑んだほうがいい。魔物を倒せば食料にありつけるしな。魔物って食えるよな?
ただ水だけは別だ。食わなくても一週間は生きられるが、水がなければ三日しか生きられない。
とにかく水場を探さなければ。
「うまかったけど、やっぱ食い足りないな……他に食いもんないかな」
パン一個じゃ物足りない俺は、一度探したにも関わらずカバンの中を開いて飴くらいないかなと探した。
「え? なんで? 」
カバンの外側にある複数あるポケットのチャックを開いても何もなく、諦めてカバンから手を離そうとした時。パンや三種の神器が入っていたメインの収納部分に、食べたはずのクロワッサンが入っているのが見えた。
おかしい。確かに一個しか入ってなかったのに……こんな大きいものを見落とすはずない。
「もしかしてポケットを叩けばパンが一つ出てくるってやつ? 」
俺は幼い頃に聞いた何かの歌を思い出し、クロワッサンを取り出してカバンを叩いてみた。
しかしカバンの中にクロワッサンは現れなかった。
「うーん……時間が経つと現れるタイプか? 一日三回とか? どうするか……いや、でもここに来てまだ3時間くらいしか経ってないよな。とりあえず検証のために同じくらいの時間待ってみるか? 」
俺はとりあえずクロワッサンはカバンから出したままにして、神器とギフトの練習をしようと水筒とカバンを広間の横に避けようと持ち上げた。
「ん? あれ? 重い? 」
今度は水筒を持ち上げたところで、さっきより重いことに気がついた。
怪訝に思い水筒を振ってみたが、まるで満水状態のような感覚が伝わってきた。
俺は慌てて水筒のキャップを開き中を確認した。
すると水が満杯に入っていた。
もしかして飲んでも減らない魔法の水筒?
「ということはもしかしてクロワッサンも……」
俺は水筒がそうならと、先ほど取り出したクロワッサンを思い切って食べた。
そして食べ終わったところで願いを込めるようにカバンを開いた。
「あった! そういうことか! 食べたり飲んだりしたら、その分補充されるのか! てか、すげーなこれ……」
まるで聖書のワンシーンみたいだな。
でもよかったぁ。これで餓えや脱水で死ぬことはない。トイレも地上げで地面を隆起させて埋めればいいしな。紙はないけど……まあそこは水筒の水で洗い流せばいいか。
「なんだよなんだよ。なんだかんだで女神も考えてくれてたんだな。感謝はしないけどな。そもそも女神のせいでこんなところに来させられたんだし」
まあ何はともあれ、これで納得いくまでここで訓練ができる。
幸いここは寒くもなく暑くもない。そうは言っても石の上で寝るのは痛いから、土を隆起させて軽く固めてコートを敷いておけばいいだろう。結構分厚いからなこのコート。戦える技術を身につけ部屋を手に入れるまでの我慢だ。
「なんにせよ余裕はできた。ならあとは訓練あるのみ」
俺は水筒の水を口に含み、気合いを入れて神器とギフトの練習を始めるのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「『土壁』! 『ペングニル』! 『剣山』! 『スケールバインド』! フンッ! 」
神殿の広間の端で俺は土壁を出現させ、その影からペングニルを投げつけた。そして地面から五本の土槍を出現させ、イメージした魔物を串刺しにした。その後は土槍から逃れ襲いかかってくる魔物の足に巻尺を巻き付け転倒させ、戻ってきたペングニルをその喉元へと突き刺した。
「ふぅ……とりあえずイメトレでは同時に三体まではなんとかなりそうだ。神器もだいぶ使い慣れてきたしな」
この世界に来てから体内時計で五日ほどたった頃。俺は神器とギフトの練習に明け暮れていた。
毎日倒れるまで練習したおかげで色々と分かったことがある。
まずギフトなんだが、これは使えば使うほど気力というかそういうものを削られる。なんとなくだけど魔力的なものじゃないと思う。なんというか使いすぎると、朝方まで残業した時みたいな感じになるんだ。思考力が低下して、立ち上がる気力もなくなるみたいな?
それを無視してさらに使うと頭が
精神力は休憩して目をつぶると少し回復する。寝れば全回復するが、魔物がいる森でそんなことをしたら永遠の眠りになりかねない。だからこまめな休憩を取るようにしようと思う。それが分かっただけでも収穫だ。
肝心の技なんだけど、何度も練習しているうちに効果範囲を広げるより、限られた範囲内で精度の向上をしたほうが良いことに気が付いた。効果範囲を広げると精神力の消費が半端ない上に発動まで時間が掛かったり、強度が弱かったりしたからだ。
今は5メートルの範囲内で、土壁と土槍をなるべく早く地面から生やす練習をしている。
神器の方はというと、これは特に精神力を消耗しない。ただ、ペングニルは普通に投げ疲れるし筋肉痛にもなる。でも不思議と寝ると筋肉痛が収まるんだ。もしかして身体も何か
まあいいか。それで魔物とはなるべく神器だけで戦おうと思う。ギフトの地上げ屋は敵が複数いた時や防御用だ。
ペングニルは強力だけど、単体しか相手にできないからな。槍の扱い方なんか知らないから投げることしかできないし、もともと穂先も入れて1メートルと短いし。
そうそう、ペングニルなんだけど一晩経つと細かい傷がなくなってたんだ。まるで新品のようになってた。恐らく自動修復機能とかあるんじゃないかと思う。神器なんだしそうあって欲しい。
そしてもう一つの神器であるアンドロメダスケール《巻尺》は、完全に拘束用だ。3メートルはちょっと短すぎてそれ以外使い道がない。射出しても大した威力がないから目潰しに使えるかも微妙だ。
せめて帯の先端が尖っていればよかったんだけどな。まあそれでも魔物が肉薄した時は腕や足を拘束したりして使えると思う。ペングニルが戻ってくるまでの時間稼ぎができればいいと割り切ってる。
「もうイケるか? そろそろチャレンジしてみるか? 」
いい加減3食クロワッサンはキツイ。肉が食べたい。あの一角ウサギみたいなのならいけそうな気がする。なんか美味そうだったし。
正直怖い……けどこのままここでずっといても仕方ない。神器とギフトの練習はした。あとは実戦だ。地上げ屋があれば逃げることは可能だと思う。敵わないと思ったら土壁で牽制しながら逃げる。常に周囲を警戒して、遠距離から毎日少しずつ倒していこう。安全第一だ。
決めた! 寝て起きて日が登ってたら外に出る。そして肉と魔石を集める。
俺はそう決心し、地上げ屋のギフトで精神力を極限まで消費して眠りについた。
薄れゆく意識の中で、不眠症とは無縁の世界だななどと考えながら。
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