愛の成分表2
ドアを開くと想像より整理され綺麗な部屋が目の前に現れた。大きな窓から夕陽が射し込み部屋を燃やすように照らしている。
「君はこういうところ来るの初めて?」
入り口で少し立ち尽くしていた俺の横を通り過ぎながら高西が訪ねてくる。そりゃ俺はただのリーマンで芸術家の知り合いなんて夏希さん以外いないから当たり前でしょ。だがそれは口に出さないのが社会人。本音と建前ってやつ?知らないけど。
「はい」
「一応今は作品期間じゃないから少しは片付いてるけど汚いよね」
「いや、思ってたよりも綺麗かな」
「僕のとこなんてずっとこれよりヒドイよ」
そんな会話をしながら色々と準備を済ませると椅子に俺が座りその前にイーゼルとキャンパスと夏希さん。と一歩後ろに高西。
「んー。そのままを描いてもいいけど。どうかこうか」
夏希さんは俺を真剣な眼差し見ながら色々と考えてる様子だった。すると彼女の頭上で閃きの電球が点く。
「良いこと思いついた。ちょっと待ってよ」
そう言うと席を立ち押入れを漁り始める。そして男性物の着物と刀、かつらを取り出し俺に差し出した。
「服の上からでいいからさ。これ着てみて」
数秒だけ迷ったが受け取るとそれを簡単に着て彼女の指示通りのポーズをした。
「そうそうどかっと堂々と座る感じでちょっと表情は悪い感じで」
そしてキャンパスの前に戻った彼女は真剣な表情で描き始めた。それから俺はただ今の状態を崩さないようにしながらただ彼女の方を見ているだけ。
「ここもう少し暗めにしたらいいと思うよ」
「あぁ~、なるほど。こういう感じですか?」
「そうそう」
「あっ。本当だ。ありがとうございます」
時折後ろから高西がアドバイスを出し、時折夏希さんがアドバイスを求める。時折顔を傾けさせ悩み、時折上手くいって笑い合う。それをただ眺める俺。そして描き始めてどれぐらい経ったかは分からないが俺は別の格好の別のポーズを要求された。ネクタイとスーツジャケットを着てサングラスとエアガンを片手に前屈みで座る。そしてまたあの光景を眺める。モデルをすること自体は別に嫌ではなかったがなぜかいい気分ではなかった。むしろイラつく。これが生理的に無理というやつなんだろうか。まさかそんな感情が本当に存在した何て初めての体験だ。そんな気持ちもありつつ悪そうな表情を要求されてたから余計に顔は嫌そうな変な感じになってたと思う。そして結構時間が経ってすっかり日も沈んだぐらいで夏希さんは道具を置いた。
「んー!一応いいかな。完成ではないけど」
「結構いい感じだね。面白いし」
「本当ですか?良かったです」
絵の知識があるとか目が肥えてるわけじゃないが俺もその絵を見ようと立ち上がる。
「あっ!君はまだダメ」
だが夏希さんの手と声がそれを止めた。
「完成したら見せてあげるから楽しみにしてて」
そう言うなら無理やり見るわけにもいかず頷くしかない。
「すっかり夜になっちゃったね。夏希ちゃんこれから夕食とかどうかな?」
「ごめんなさい。夕食ぐらい彼にご馳走してお礼したいので。また今度」
「分かったよ。じゃあまた今度。それじゃあ僕は行くね」
「はい。ありがとうございました」
高西は俺の方にも軽く手を挙げて見せそれに対し軽く頭を下げる。一応大人としての礼儀だ。俺がもし本当にマフィアかなんかならこの銃で撃ち抜いてるかもしれない。まぁそれは冗談だけど。そして高西が部屋から出ると俺はジャケットやらを脱いだり道具を椅子の上に置いて大きく伸びをする。
「今日はほんとありがとうね」
「モデルなんて結構貴重な体験だったから別に」
「じゃあありがとうついでにもう一つだけお願い」
それは夕食を一緒に買いに行くというもの。それぐらい別にいいし早速買い物に向かう。食べたい物を色々と買い再びアトリエへ戻るとそれをリビングのテーブルに並べた。暖炉の火に温められ照らされた部屋はいつもと違う特別感を味合わせてくれる。
「キッチンの棚にお酒があるから好きなの出していいよ。あたし着替えてくるから」
言われた通りキッチンに行き棚を開けるとそこには沢山の酒瓶が置いてあった。ウイスキーにラム、ウォッカやジン、バーボンとか種類も様々。
「おぉー」
思わず声を零しよく分からないから適当に取り出しグラスも持ってソファに戻る。少しして2階からは髪を簡単なポニーテールにしてすっぴんではないと思うが先ほどまでのメイクは落としたいつものラフな姿の夏希さんが下りてきた。そして俺の隣に腰を下ろす。
「お腹空いたし食べよっか」
それから豪華って訳じゃないが普段に比べたらご馳走の並んだ夕食をお酒を片手に楽しんだ。いつもみたいに話をしながらお酒を飲む。宅飲みということもあるのかいつもより強いお酒を飲んでるにも関わらずそのペースは早かった。そのおかげで食べ物が3分の2ほど減った頃には多分、人生で一番といっても過言では無い程に酔ってた。でもそれは夏希さんも同じだったと思う。俺程ではないにしろ割と酔ってた。そしてグラスに残った何かも分からないお酒を飲み干した俺は彼女に少し寄りかかる。
「重いってー」
だけど離れずむしろ顔を彼女の綺麗な顔に近づける。そしてお酒の所為か暖炉の熱かも分からぬ火照った手を彼女の服の中に忍ばせ無駄な肉の少ないお腹撫でるように触った。それから肌に触れながら更に深くまで手を伸ばす。同時にゆっくりと少し笑みを浮かべている口を目掛け顔を近づけていった。だが直前で彼女の立てられた人差し指が唇に触れ進行を止めた。
「ここじゃなくて、上でね」
そして俺と夏希さんはふらつく危なっかしい足取りで二階へと上がり寝室へ向かった。先を歩いていた夏希さんが開けたドアを通ると閉まりきるより先に彼女を振り向かせ抱きしめながらキスを交わす。数秒絡み合うキスをすると手は回したまま顔が一度離れる。
「待ちきれないの?でも今日はやけに積極的ね」
その言葉に対して俺は何も答えず彼女をお姫様抱っこで抱き上げると再び唇を重ね合わせながらベッドに向かった。そしていつも通り彼女を抱いた。だけど頭の中で高西と楽しそうに話をする彼女を思い出してしまい、その度に変な気持ちが俺の中をかき乱す。その所為もあると思うが、いや、多分その所為だと思う。いつの間にかいつもより激しく、激しくなっていた。
「ふぅー。――今日はいつもよりすごかったけど、もしかして怒ってる?折角の休日を買い物とモデルで潰されて」
彼女はいつも通りベッド際に座り煙草を吸う。
「いや。全く」
そう答えながら彼女の背中を眺めているとまた心を乱す映像を思い出してしまった。なぜそれを思い出すのか。なぜそれが心をかき乱すのか。分からない。だけどそんな気持ちに動かされるように起き上がった俺は後ろから彼女を抱きしめた。
「本当にどうしたの?」
自分でも分からないその質問には答えず。片手をお腹から脇腹へそしてなぞるように上へ上らせ最後は頬に触れた。そして触れた頬を押すように誘導して自分の方へ向いてもらう。
「もう一回しよ。夏希」
返事を聞く前に短いけど濃いキスをしもう片方の手で奪い取るように煙草を取ると灰皿に置いた。
「煙草吸っちゃったけどいいの?」
「関係ない」
そして攫うようにベッドに倒れた。――翌朝。軽い頭痛と共に目覚め気分はよくない。二日酔いだ。ため息と共に顔を横へ転がすとそこには誰も居なかった。起き上がり簡単に服を着ると下へ部屋を出てリビングへ。そこにはソファに座り温かい飲み物を飲む夏希さんの姿があった。その姿を見て少しホッとする。
「おはよう」
俺に気が付いた夏希さんは笑みを浮かべながらそう言った。
「おはよう」
頭は痛くて気分は最悪だったがなぜか幸せが心を満たしていた。
――それからしばらくして。俺は再びこの場所に来ていた。
「それじゃあ今日からどれぐらいか分からないけどよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる夏希さん。
「はい。こちらこそ」
――3日前。ここ最近ご飯だけ食べたり自分から誘うことが増えたなとか思いつつ夏希さんを待っていた。
「お待たせ―」
それからいつもと同じように楽しい時間が過ぎていった。
「あたしもそろそろ作品創らないといけないなー」
「夏希さんってあそこに籠ってる時って食事どうしてるの?」
「んー。インスタント食べたりパン食べたり適当に買っておいた物食べたり、あとは集中しすぎて食べなかったり」
「大丈夫?それ?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれれば大丈夫じゃないと思う」
夏希さんは笑ってたけど少し心配だ。
「もしよかったらその間、俺が飯作ろうか?」
「えっ?いや、さすがにそれは悪いかな。だってあの場所って地味に距離あるし」
「その時は友達から原付借りるからそれは大丈夫」
「えー。嬉しいけどどうしよう。というか君って料理できるんだ」
「まぁ一応1人暮らしなんでそれなりには」
「ふーん。意外」
――という訳で今日から作品完成まで出来る限りご飯を作りに来ることになった。
「仕事終わりにくるんで遅くなる日もあるかもしれないんで」
「そこら辺は気にしなくていいよ。あたしも徹夜したりするし。でも無理してまでは来ないでね。あくまでも余裕がある時だけでいいから」
「まぁそこは自分で調節して来るから」
「それとはいこれ」
夏希さんが手渡したのは鍵。
「勝手に入ってきていいから。あと一応戸締りはよろしく」
「うん」
「それともし泊ってくなら上の寝室使っていいから」
「じゃあ何かあったら書き置き残していくから」
「そうだね。あたしこの期間中スマホの電源切ってるからそうしてくれたらありがたいかも」
それから仕事の後にここへきて夕食と作り置きをいくつか作る生活が始まった。邪魔をしないようになるべく静かに来て静かに作って静かに帰ること心掛ける。夏希さんは大半を仕事部屋で過ごしてたからあまり会うことはなかった。だけどたまに昨日のあれが美味しかったとか置き手紙があってその度に笑みが零れる。ただこの生活は思ってた以上に疲れた。毎日じゃなかったけど仕事して作りに行って夜遅くに帰ってご飯食べて寝て起きて仕事に行く。次第に自分の夕飯を適当に済ませたり仕事中眠くなったりすることも増えたけどなぜか心は充実してた。もちろん仕事中は寝ない。でもたまに作り終えて一休みしてから帰ろうと思ってソファに座ってたらいつの間にか寝てしまうこともあった。その時は起きたら毛布がかけられてて小声でお礼を言う。まぁでもなんやかんやキツイけど楽しい日々を過ごすことが出来た。そしてそんな生活に少しだけ慣れてきたある日。料理ができるのを待ちながら少しソファに座ってたら仕事部屋のドアが開き夏希さんが出てきた。
「もう少しで出来るよ」
お腹が空いて出てきたのかと思ったが彼女は満面とまではいかなくともなんとも嬉しそうな笑みを浮かべながら俺の隣に腰を下ろした。
「完成しました」
その言葉と一緒に頭を下げる。それに対して素直に一言返した。
「お疲れ様」
「やっぱり食事って大切なのかな。いつも以上に捗って、そのおかげで予定より早くできた。ほんとありがとう」
元々自分で言い出したことだったし何より俺自身楽しかったからお礼なんて。そう思いつつもここはありがたくその言葉を貰うことにした。
「どういたしまして」
「美味しいご飯があると気分も変わるし、ここまで終わったらご飯食べようとかメリハリが出来た気がする」
力になれたのならよかった。それが本音。そして作ってた夕食が出来上がると2人でお酒を片手に作品完成を祝った。幸い明日は休みで心置きなく飲める。だけどお祝いもそこそこに寝室へ上がった。そして理由は違えど溜まった疲れを癒すためふかふかのベッドに寝転がる。温かな羽毛布団に包まれるとあっという間に眠りに落ち、気が付いた時には朝になっていた。自然に目が覚める朝は気持ち良かったがもう一度寝ようかと思う程に疲れは溜まっていたらしい。夢見心地の状態でそんなことを考えていると隣から眠りへ誘うような心地いい寝息が聞こえてきた。隣でこちらを向きながら寝息を立てていたのはもちろん夏希さん。その子どものような寝顔は可愛らしく思わず手を伸ばして頬に触れた。柔らかくもすべすべとした肌。くすぐったいのか顔を少し動かすがそれまた愛らしい。すると羽毛布団の中から手が飛び出し俺の手の上に覆いかぶさる。
「ちょっと、くすぐったいんだけど?」
「ごめん。つい」
一言謝りながら彼女のと共に手を温かな世界へ戻す。
「あたしはもう少し眠るから」
「うん。俺もそうする」
「じゃおやすみ」
「おやすみ」
彼女の手に触れながら、幸せに満たされながら目を瞑れば不安も悩みも無い夢の世界へと旅立った。
「お前次の休み暇?」
椅子を滑らせ近づいて来た雅紀はそう尋ねてきたが俺の返事は。
「ごめん。用事がある」
「そうかー。あの映画みにいこーぜって言おうとしたけどそれなら仕方ねーな。ちなみに何があんだ?」
「展覧会に行く。絵画の」
「まじ?そういうの興味あったんだな」
「まぁ」
「んじゃまた今度行こうぜ」
「分かった」
雅紀の誘いを断ったその週の休日。静かな展覧会を歩いて回りながら色々な作品を見ていた俺はある作品の前で足を止めた。
『裏の時代』
そう名付けられた絵は一つのソファに座る2人の男が描かれていた。左に座っているのは立てかけるように刀を持つ侍で右に座っているのはスーツに身を纏い煙草を咥えサングラスと片手に銃を持ったマフィアかヤクザ。だけど左が侍だからヤクザだろう。2人の顔が似てるのはどういう設定なんだろうか?
「いい絵でしょ?」
絵を眺めていると近づいて来たブーツの音が隣で止まりそう話しかけてきた。
「これって顔が似てるのはどういう設定なの?」
顔は絵に向けつつ返事をする。
「んー。モデルが同じ人だから。っていうのはほんとだけど冗談で。右の人は左の人の子孫って設定。今と昔が隣り合わせで並んでるっていいなーって思って」
「これはモデルの人がいい仕事してる」
「確かに。また頼もうかな」
「まぁこんないい絵を描いてくれるならまた引き受けてくれると思うよ?」
「良かった。ならお願いしてみよ」
「でも次はちゃんと見せてほしいんじゃないかな。気になってると思うし」
「どっち出すか迷ってたから」
1つの絵の前で絵を見ながら会話をする。
「あの日を思い出すな」
「そう言えば初めましてもこんな感じだったわね」
「別に興味は無かったけど上司に無理やり付き添いさせれれて。適当に歩いてたら何となく1枚の絵の前で足を止めた」
「その人にあたしは、いい絵でしょ?って訊いたっけ」
「さぁ。でも何となく足が止まったんですよ。いい絵かは分からないですけど、好きな絵です」
「あれから結構経ったなんて...」
「時間って過ぎるの早いわね」
あれから大きく変ったことがある。
「夏希さん」
名前を呼びながら彼女の方を向くと少し遅れて彼女もこっちをいた。あの日の出会ったように、あれから予想もしてない方へ進み。そして辿り着いた。
「俺。――夏希さんのことが好きになった」
「――そっか」
意外とあっさりとした返事をしながら彼女は再び絵の方を向いた。
「でもどっちでもいい。このままこの関係を続けても。もう二度と会わなくても。受け入れてくれても。どれでも」
絵をじっと見たまま夏希さんは少し間を開けてから口を開いた。
「――君に料理を作ってもらいながらあたしが描いた絵知ってる?」
「いや、見てないから」
「太陽と青空、ひまわり畑と風に飛ばされ宙を舞う麦わら帽子」
「きっと素敵な絵なんだろうね」
「あたしも出来た時はそう思ったけど。いざ出すってなった時に見返したらなんか違うってなったんだよね」
「つまり?」
「つまり...」
夏希さんは絵から再びこっちへ視線を戻し、俺と向き合った。そしてゆっくりと口を開いた。
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