貧弱なこの国の事情

第1話「すごく長いお名前ですこと」


異世界転生をしてしまった俺だが、なぜ転生したことに気づいたかと言うと、それは単純明快、『起きたら知らないところに居たから』である。


そしてもう一つ。メイド服を着ている赤毛でまな板胸で身長百七十センチぐらいのお淑やかお姉さんキャラという、俺の理想にドンピシャな女性が、目の前に居たからである。


一瞬夢かもと思ったが、まぁ夢なら夢で、今を楽しもうと思ったわけで・・・。



「す、すみません」



とりあえず、目の前にいるメイドさんに話しかける。



「おはようございます。どうかされましたか?」



優しい笑みを浮かべ、彼女の赤い瞳が俺の目と合う。


このまま襲いかかりたい・・・なんて思った途端、彼女の背後からただならぬ殺気を感じた。


恐る恐る彼女の背後を覗いてみると、そこには身に覚えのある人が腕を組んで立っていた。



「お、おまえ・・・なんでここにいるんだ」



おまえ、と言うのは、その発音の通りの尾前だ。尾前咲(おまえさき)、隣の家に住んでいる幼馴染だ。


どこからどこまでが幼馴染なのかが分からんが、そんなこと考えるだけ面倒なので、とにかく幼馴染だ。


そんな彼女だが、今はなぜか赤毛になっているが、普段は黒髪の野蛮な奴だ。性格は野蛮だが頭は良いのが物凄いムカつく。



「それはこっちのセリフよ。ねぇここはどこなの?」



と、言われても・・・。どう答えるべきなのかが全く分からない。というか、それは俺も聞きたいところ。ここはどこなんだ?



「ここは高崎と言うところですよ」



そこへメイドさんが口を開く。



「え、たかさき?」



咲が戸惑って繰り返す。


せっかくメイドさんが教えてくれたのに、まだ理解しきれていないらしい。


もちろん俺も完全に理解はしていない。だが一つだけ分かったことがある。



「高崎、それはズバリ、群馬県の県庁所在地だ!」



ドヤッとした瞬間、咲がどこからか取り出したハリセンで俺の頰あたりを思いっきり叩く。


何事かと思ったら、「群馬の県都は前橋だろ」と言う。



「いやいや、高崎の方が発展してるじゃん」


「知らないわよ。ただ前橋なの、理由は聞くな」



らしいです。



「それで、さっきから気にはなっていたのですが、あなたは一体誰なんですか?」



その気になっている人というのは、さっきからこの空間にいるメイドさん。


俺の理想の女性ということは理解したが、そもそも彼女は誰なんだ?



「そうですね、国王直属のメイドと申しておきます」


「国王? 王様でもいるのか?」



咲はそう言うが、ここが異世界なら何となくわかる。だっているじゃん、王様とか権力者。あと魔王とかさ。



「ご案内い致します」



そう言い、一人部屋を出て行こうとする。


唐突にご案内致しますって、どこに連れて行かれるのかよく分からないが、メイドさんが可愛いからとりあえず着いていくことに。


長ったらしい廊下を歩くと現れるのが・・・。



「エレベーター・・・」



妙に現代チックだな、と思いつつ、そのエレベーターに乗りこむ。


メイドさんがボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと上昇していく。


やがてエレベーターは減速し、ドアが開くと、まず目の前にあるのが大きな扉だ。


ふちは木製で、それ以外の箇所は赤を基調とし、金色の紋章のようなものがデザインされていた。


両端には中世ヨーロッパを連想させる、銀色の鎧を身につけた騎士が立っている。いわゆる門番というやつだろう。


そいつらの横の位置に立つと、ドアがギシギシと自然に開いた。


中は豪勢な部屋になっていて、正面奥側にどでかく無駄に豪勢な椅子に座る一人の女性がいた。


その女性、何枚もの分厚く高価そうな布を身につけ、手には小洒落た宝石の指輪、頭には扉と同じ紋章の入った王冠を被っていた。


説明されなくてもわかる、この人は女王だ。



「ようこそ、迷う人よ」



その女王さんが言う。


派手な見た目で威厳や物理的な高さを出しているようだが、声は意外と幼い感じで普通に可愛かった。恐らく身長も低く、いわゆるロリっ子なのだろう。



「まずは私から名乗ろう。私はカリホルニウム王国の女王、エマ・ロステリア・ヒーテリック・アルカナ・カタルシス・フロンティーナ・ファーニング・ラストフェルト・アリーヌ・フェルゼン・ミリーナ・ソフィア・カリホルニウムだ」



すごく長いお名前ですこと。


名前で三行いく人は、さすがに初めてお目にかかる。

同時に国名も『カリホルニウム王国』ということがわかった。



「えっと、かり、カリホルニウム?」


「私のことはエマでいいぞ」



いやそうじゃない。国名が言いにくいのだ。



「原子番号九十八番・・・」



咲がボサッと呟く。



「え、原子番号?」


「アクチノイド元素」


「アクチノイド?」



呪文のように単語だけを呟く。だんだん怖くなってきたぞ。



「咲、何なんだ? さっきから意味不明な言葉を並べて」


「だから、原子番号九十八番に、カリホルニウムってのがあるの!」



少しキレ気味で説明してくれました。



「あははは、バレてしまったのね」



国王様が唐突に下手な笑い声をあげる。


大抵こういう偉い人が笑うと、面倒なことになるのが作り話の定番なのだが。



「そうだ、原子番号九十八、それが我が国名だ」



あ、そこ認めるんですね。というか、国名がそんなんでいいのか。



「というか、あんた達の名前聞いていないんだけど」



ムスッとした表情をしたエマが、椅子に座るのと同時にそんなことを言う。



「あ、確かにそうですね。まず俺が、桜沢秋斗です」


「私が尾前咲よ」

「秋斗に咲ね。よそしく」


「いやいや、よろしくじゃないんだよ。ここはどこなんだ? 起きたらこんな訳のわからんところにいて、いきなりよろしくって」


「ん? ここはカリホルニウム王国よ?」



そういうことを聞いているのではない。


そもそも、俺は地理が割と得意な方だが、カリホルニウム王国なんて国は聞いてことがない。そもそも寝て起きたら違う国にいたってだけでも十分に驚きだけどさ。



「えっと、ここは異世界なんですか?」



思いきって質問してみた。というか、それしかありえない。いや、異世界と言われてもありえない・・・というか、信じられないんだけどさ、でも、異世界って言われて方が今の俺は納得する。



「何言ってるの? ここが異世界なわけないじゃない」



エマから帰ってきた返事は『異世界じゃない』という回答だった。


じゃあここはどこなんだ? って話にもなるけど。



「だって、私たちからすればあなた達が異世界人だもの」



前言撤回、ここは異世界でした。



「違う、そういう哲学的な話をしてるんじゃない」


「全く、贅沢だなぁ」



すっげぇムカつく。


とはいえ、本当にここが異世界だとしても、腑に落ちない点もいくつかある。



「あの、異世界というと普通、文明レベルが中世ぐらいなものなんじゃないんですか?」



大抵の作り話の場合、文明レベルは中世。あっても近世ぐらいだろう。あ、あと地域的にはヨーロッパあたりかな。


なのにこの異世界は、中世でも近世でもない。恐らく、というかほぼ確実に『現代』だ。


その証拠に・・・。



「エマの横の机に置かれた平たい板は何ですか?」


「これか? これはノートパソコンだ」


「では、その上に置いてある、片手で持てそうな長方形の板は?」


「スマホだ。正式にはスマートフォンだっけかな」


「この部屋のあちこちにある、丸い形状をした光るモノは?」


「電球だ。LEDで節電もしている」



これは間違いなく『現代』ですね。



「あの、異世界って普通は中世か近世ぐらいの文明レベルなのでは」


「いや、そんな君たちの価値観を押し付けられてもねぇ」


「なんかすみません。というか、エマは俺たちをどうするつもりなんだ?」


「そこなのよね。そっちの咲ちゃんに関しては、前橋の方で働いてもらおうと思っているのだけど」


「いやよ」



間も開けず、そして説明も聞かずに、ひどく嫌そうな顔をしてエマの言葉を否定する。



「えー、ニートはさすがにまずいでしょ」


「いや、そんなことより家に返してよ。私はまだ学生なの、仕事をしない権利があるの」



仕事をしない権利ってなんだそれ。



「それができたら苦労しないわよ」



それ、というのは、家に返すことだろう。そう言う辺り、俺も咲も、元の世界に帰る方法は無いと見て良さそうだ。


いや、すっごい困るけど、こういう異世界転生って、大抵元の世界の自分は死んでいることになってるし、今回もその類だろう。うん、そうしておこう。


「あ、じゃあ自分はどうするんですか?」


「そうね、秋斗は私の側近として働いてもらうわ」



そう口にした瞬間、周りにいた騎士や背後にいるメイドさんも、正気の沙汰ではないほど驚いた顔をしていた。


恐らく、国王の側近というのは、それだけエリートな存在なのだろう。



「んで、さっき前橋とか言ってたけど、それどこなのよ」

というか、また群馬の地名じゃないのよ。とボヤきながら、さっきとは逆に、エマの言うことを受け入れたような態度を取る。


「うーん、ドイツで言うフランクフルト的な存在よ」



すっげぇ分かりにくいです。


というか、こっちの世界にもドイツは存在するのか?



「秋斗、フランクフルトってどんな都市? まさか食べ物の方じゃないわよね」



俺に振ってきたか。



「フランクフルト・アム・マイン。人口は国内5番目だけど、産業はすごく活発な都市・・・かな」


「説明ご苦労、私がそこに行けばいいわけ?」



すごい上から目線ですね。すごいムカつきます。



「そうね。あ、でも地名はフランクフルトじゃないわよ、前橋よ?」


「わかってるわよ」



まだまだ話したいことはあるらしいのだが、「疲れた」という神もとい、国王様のお告げにより、細かい話は次の日に持ち越された。


ちなみにだが、咲はその日のうちに前橋の方に行ってしまった。エマ曰く、「詳しい話はあとでメールするよ」とのこと。

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