第20話 婚約者の条件

「綾瀬さん、聞きましたか?」

「何の話ですか?」

 出社し、PCの電源を入れた所で早速、本郷さんから話を振られた。

「社長の娘さんの話ですよ」

 ですよね。朝からその話ばかり聞こえてくるもの。

「びっくりですよね。社長の娘さんの婚約者を社の中から募集するなんて」

「そ、そうですね」



「駄目だ! あんな事が合ったばかりなのに、お前を養子になんて出せない」

「パパ、お願い。私、このままだと外に出ていけない。一からやり直したいの」

「何でだ。だったらパパと一緒に海外に行こう。あっちだったらあんな事件のことなんて誰も知らないから大丈夫だ」

「嫌よ。私は日本が好きなの」

 私の心配をしてくれているパパには言えない。外国語の勉強は嫌だなんて。私の英語の成績知ってるでしょ。小学校の頃から塾に通っても、赤点なんだよ。無理だって。それならお婆ちゃんの所に行った方が何百倍もマシだ。

「パパはお前を他所にやりたく無い」

 パパ。昔から私を甘やかしてくれたね。

「あなた、いい加減にしなさい。友香は自分の力で這い上がろうとしているのよ。甘やかさないの」

「母さん。でも……」

「友香はちゃんと出来ます。私の子だもの。あなたの血が入っている分、心配だけど、大丈夫よ。私の母もまだ健在なんだから」

 そうそう。お婆ちゃん、まだまだ元気一杯だから大丈夫だよ。

 

 パパはママと私に説得され、ウーンと悩みだした。後ひと押しね。

「パパ、娘はいずれ嫁に行くのよ。ちょっと早まったと思えばいいじゃないの」

「なんだとーーーー。友香は嫁にはやらーーーーん」

 しまった、これは駄目な方のスイッチを入れてしまった様だ。

「友香、あなた……」

 ママに呆れられた目で見られた。ごめんなさい。うかつな一言でした。


 その後、ママにブタれて正気に戻ったパパからは一つの条件が出された。

 それが今回の婚約者選びに関係してくるのだが、


「本郷さん、聞きましたよ。何でも娘さんと結婚した人を次期社長として教育するらしいですね」

「そうなんだよ。これって独身男子限定だから、候補は結構絞られるよね。僕にもチャンスあるのかな」

「どうなんでしょうね。条件とかは何も発表されてないらしいですからね」



「分かった。友香が立ち直るためだ。身を斬られる思いだが、仕方がない。だが、条件を付けさせてくれ。俺は友香の旦那に会社を譲りたい。だから25歳になるまでに我社のキャリア社員の誰かと婚約をしてくれ」

「パパは私に愛のない結婚をしろって言うの?」

「違う、旦那さんは友香が選んでいい。だけど、我社の中の誰かから選んでくれ。外の企業の人がいきなり会社に入ってきても誰もついて来てくれん。愛社精神のある人物でないといけない」

「えー。お姉ちゃんの旦那さんでいいじゃん。私、そんなの嫌だよ」

「あいつは駄目だ。あいつが選ぶ男はいつもダメ男ばかりだ。信用できん」

 それを言うなら、私もそうだよ。しっかり騙されてますから。今の所ダメ男率100%だよ。それにママもパパを選んで失敗したって言ってたから、これは遺伝だね。


 まあ、こんなのそのうち適当に好きな人が出来たと言ってぶっちしてやろうと思って、適当にいいよって返事したのが間違いだったのだ。

 まさか、ここまで本気だったとは。そして、社内に公募してしまうとは。なんてことを企画してくれたのだろうか。はっきり言って迷惑この上ない。


「俺、絶対申し込みます。今、彼女いないし、絶対チャンスですもん」

「そ、そうですか。頑張ってくださいね」

 やる気になっている本郷さんに止めろとも言えず、応援するしか無かった。

 そして、携帯を取り出し、パパに説明を求むとメールして、本日の業務に着いた。


「綾瀬さん、宿題はしてきましたか?」

 西園寺課長から指摘されたが、知っているくせに白々しい。私がこの土日、必死で勉強してたの見ていたでしょ。

 私は甘い夜を過ごした翌日から、恐ろしい宿題と格闘していた。あの勘定科目が無限に記載された鬼の様な書類と徹底的に記憶するという地獄の週末を過ごしたのだ。

 今、その成果を見せる時よ。

「はい。頑張って読み込んで来ました」

「じゃあ、テストしますね」

 望む所です。さあ来なさい。

「営業部のT部長が接待先を飲みに誘いました。この時の経費は何費ですか?」

 えっ、普通に接待費じゃないの? 簡単すぎるんですけど、何か引っ掛け問題?

「接待費?」

「はい、正解です」

「簡単すぎませんか?」

「そんなもの何ですよ。難しいと思うのはほんの一部だけなんです。普段やっていることはこんなにも簡単な事なんです」

 そうなんですね。確かに直ぐに分かりました。

「うちの会社は工場を持っている訳では無いので、製造原価を計算する必要がありません。だから簿記3級の知識があれば十分です」

「でも、私、簿記の資格持ってません」

「大丈夫ですよ。あの渡した資料を全部読まれたんでしょ。十分に簿記3級を受かるだけの知識はついてます。自身を持ってください」


 えっ、そうなの。たった2日勉強しただけで、簿記3級分の知識が得られたの? それってどんな魔法?


「ねっ。会計って、やってみると意外と簡単でしょ」

「そうですね。ちょっと自身がつきました」

「それは良かったです。じゃあ、次のステップに入りましょうか」

 えっ、どういう事でしょうか。

「次は英語の勉強をしましょうか」

「え、英語は無理です。私、海外の言葉は本当に無理なんです」

「でも、海外から仕入れしますから、ほらこのとおりインボイスは全部英語ですよ」


 そ、そんな。私に会計の仕事は無理だわ。

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