第19話 彼との出会い

 週が明けて月曜日。会社は大変な事になっていた。

「社長、この度の急なご帰国。何か我々に不備がございましたでしょうか?」

「いや。今回はプライベートな用で戻った。しかし、皆にも無関係ではない」

 社長が、会社ロビーで専務と大声で話をしている。

「ほう。お聞きしても?」

「ああ、娘の婚約者を決めに戻った」

「えっ、娘さんってヨーロッパ支部長の――確か、婚約済みだったかと記憶しておるのですが……」

「うん。そっちではない。もう一人の方だ」

「養子に出された方ですか?」

「そうだ。そろそろ後継者を決めんとならん。社内の者から選ぼうと思う」

という会話が朝一にされていたそうだ。

 ちなみに当事者である私は一言も聞いていない。

 パパはいつまで経っても恋人を作らない私に痺れを切らしたのだろう。

 でも、無理よ。営業部の中には素敵な人はいなかったんだもん。

 たっくんと出会っちゃったんだもん。


「恐れ入ります。私、四星銀行の西園寺と申します。本日10時より如月社長とお会いする約束を頂いておりまして、来社いたしました。お取次ぎいただけますでしょうか」

 私がこの会社に入社し、受付で働き始めた初日。一番最初に来社されたのがまだ銀行勤めをしていた頃のたっくんだった。

「ただいま確認いたします。少々おまつください」

 あの時は緊張してかんでしまって、かなり恥ずかしかった事を覚えている。彼は恥ずかしくて赤くなっている私を笑うでもなく、真摯に直立して待ってくださっていた。

 秘書課に内線電話をし、アポイントを確認し、確認できたため、彼をご案内する。

「確認できました。右手のエレベータにて25階へお願いいたします」

「ありがとうございました」

 彼はこれだけ言ってエレベータに乗っていった。


 これが、私と彼の最初の出会い。そして次の出会いは――翌朝だった。



 うえっ。気持ちわるっ。頭もズキズキと痛む。完全に二日酔いだ。昨日は新人の歓迎会だと先輩に飲まされ過ぎた。どうやって帰ったかの記憶が全くない。

 そして――ここはどこで、この隣で裸で寝ている男性は誰だ?

 これ、完全に事後よね。私も裸だし。

 

 やってしまったわ。

 これはアウトの奴よね。


 幸い隣の男性はまだ寝ている。今のうちに着替えて逃げましょう。ベッドからゆっくりと出て、下着を探す。

 あった! 取りあえずブラは発見したがショーツは見つからない。

 取りあえず見つけたブラを手に取って、身に着ける為に立ち上がった瞬間、ベッドで寝ていた男性と目が合ってしまった。


 あれ、この人。見覚えがある気がする。誰だっけ。

 私が男性の事をぼおーっと眺めていると、男性もようやくことの事態を把握したのか、自分の格好を調べ出した。そして布団の中の自分の状況を確認して青い顔をしている。

 そうですよ。やっちゃたみたいなんです。私達。全く覚えてちゃいないけど。


 いけない。早く下着を探さないと。急いでショーツを探すが見つからない。一体どこに脱いだのよ。

 ふと、部屋を見ると、外に向かって服が脱ぎ散らしている。玄関からベッドまで脱ぎながら進んできたのね。

 そして、発見。玄関前に落ちているショーツ。

 おい、私。なんでショーツを一番最初に脱いでるの? どんだけやる気だったのよ。


下着を身に着けて、部屋に戻ると、男性は土下座をしていた。

「申し訳ない。何処の何方かは分かりませんが、本当にすみませんでした」

 いや、私も全く覚えていないので、別にそこまで謝らなくても……。

「酔って女性に手を出すなんて、俺は何という事をしてしまったんだ。こうなったら責任を取らせていただきたい。僕と結婚して頂けませんでしょうか」

「嫌です」

 即答した。何処の誰とも分からない人と結婚だなんて嫌よ。それに私は男性が苦手なんだから。

「そ、そうですよね。僕みたいな男じゃダメですよね。すみません」

 自己評価の低い人ね。別に顔は悪くないのに。でも本当に何処かで見た事のある顔なんだけどな。

「別に、私も何にも覚えてないんで、お詫びとか結構なんで。今日も仕事があるので、もう帰ります」

「待って、せめて連絡先は教えておきます。もしできていたら困るでしょ」

 確かに。しっかりした人だな。

「僕は西園寺っていいます」

「あっ、私は綾瀬です」

 西園寺?

「あー。銀行の人!」

 私はこの人の事に気付いたが、彼の方は私に見覚えが無い様だ。そりゃそうよね。今は髪はボサボサだし、化粧も恐らく崩れてるしね。

「間違ってたら申し訳ないけど、如月工業の受付の人?」

「そうです! でもよく分かりましたね」

「お綺麗な声をされていたので、覚えておりました」

 容姿は褒められたことあるけど、声を褒められたのは初めてね。でも、私あの時噛んだのよね。それで覚えてたんじゃないの?

「あ、ありがとうございます」

 一応、褒められたのでお礼を言っておいた。そして気になったことを聞いてみることにした。

「あのー。失礼なんですが、どうして私はここに居たのでしょうか?」

 その質問を聞いた彼もすまなさそうな顔をして返してきた。

「ごめんなさい。昨日は御社の如月社長と飲みに行っておりまして、飲みすぎて全く記憶がありません。すみません」

 うちの父が原因ですか。それはこちらも申し訳ございません。

「あのー。お時間大丈夫でしょうか?」

「あーーーー」

 携帯をみると就業開始まであと1時間半。今から帰って準備をして間に合うのか。そもそもここは何処なんだ。

「すみません。帰ります」

「何でしたら、車でお家までお送りしましょうか」

 それは助かるかもしれない。

「あの、あつかましいのですが、お願いできますでしょうか」

「会社に遅れたら申し訳ないですし、問題ありません。そうと決まれば早く行きましょう」

 彼は急いでジャケットを羽織りながらが、提案してくれた。

「はい。お願いします」


 そして、揃って玄関を飛び出した。

 そして、驚愕した。


「あの、送らなくて大丈夫になりました」

「え、どうして」

「私のマンションもここです」


 これが彼との2回目の出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る