第18話 バトル?

 席に戻ると、相田さんが困った表情でこちらに助けを求める視線を向けてきた。

 この数分の間に何が合ったんだろうか。

「ですから、このお酒の原価を考えると――」

 ああ、納得。小難しい話を始めたんだね。たっくん好きだからね。原価計算。

「はーい。ストップ。お酒の席で原価計算は駄目でーす」

 こんな場所でお酒1杯の利益額を求めるのは止めなさい。

「あ、綾瀬さん、お帰りなさい。あれ、水川さんは?」

「用事があるらしくて帰っちゃいました。お代は預かってますので」

「綾瀬さん、助かりました」

 相田さんが彼の話から解放されて助かったという顔をしている。

 まあ、あれは意味不明だからね。

「綾瀬さんは、このお酒の原価ってどれ位だと思いますか?」

 駄目だって言ったのにまだ続けるのね。

「そうですね。1杯500円ですからね、仕入値だと1杯100円位ですかね」

「惜しいですね。私の見立てでは1杯70円位だと思います。そして僕たちが飲んでいるウーロン茶。これは1杯10円以下でしょうね」

 なんですって。それってぼったくられてるって事じゃない。

「今、ぼったくられてるって思ったでしょ」

 ぎくっ。

「でも、あながちそうでも無いんです。原価はもの凄く安く仕入れていますが、ここの土地代はかなり高いので家賃は結構取られているでしょう。100万くらいでしょうか。そして、常に満席だと仮定して4人テーブルが20席くらいあるので80人これが4回転するとして320人のお客さんが来ます。1人が3から4杯の飲むとすると約1000杯が1日に出ますね」

 計算早いなあ。まとめると家賃が月に100万、1日に約1000杯ね。

「そうすると、月に3万杯売れますね。そうすると家賃だけで1杯あたり33円が原価に上乗せされるんですよ」

 おお、確かに。

「その他にもお酒を作ったり、運んだり、コップを洗ったりする人の人件費が追加されてくる訳ですね」

「そうすると、お店側はあまり利益を取っていないという訳ですか?」

「違いますね。結果として、お酒1杯売れるごとに半分以上は利益になっているでしょうね。このお酒でだと、1杯500円で提供されているので、300円位は利益になっているんではないでしょうか。こういった居酒屋さんは料理ではあまり利益を出さずに、飲み物で儲けているんです」

「へーそうなんですね」

 相田さんは全く興味無さそうに相槌をうっている。

「総じて言うと、お酒ばかり飲んで食事を取っていない人は損をしているということでしょうか。どうぞ、召し上がれ」

 そういって、頼んでいた料理に手をつけていない私の為に、小皿に取り分けた料理を渡してくれた。私が余り食べていないのに気付いてくれていたんだ。ちょっと嬉しいわね。

「それじゃあ、週明けは我が社の原価について、お教えすることにしましょうか」

 はい、そうですね。この流れだとそうなりますね。分かりました。しっかりお勉強させていただきます。

「お手柔らかにお願いいたします」


 相田さんは彼を狙うのは諦めたみたいね。あなたとは合いそうにないものね。相田さんにはもっとお似合いの人がいると思いますよ。

「そろそろいい時間ですし、帰りましょうか」

 水川先輩が帰られてから30分ほど経った頃、彼から提案してきた。

「そうですね。終電が近いのでそろそろ帰りましょう」

 相田さんがのってきた。恐らくつまらないから早く帰りたいのだろう。

「では、これは私が……」

 そう言って、彼は伝票をひょいと抜き取った。

「課長、駄目ですよ。私も払います」

 私が財布を出しながら、支払の意志を表すが、

「ここは私が出しますよ。今日は綾瀬さんの歓迎会ということにしましょう」

 彼は真面目で細かいがケチではないのだ。外食に出たときも私には決して支払わせてくれない。

「すみません。御馳走になります」

 私は、彼にお礼を伝える。

 相田さんは全く反応を示さない。そもそも払うつもりもなさそうだった。彼女くらいになると男がいつも払ってくれるのだろう。いい身分である。


「それじゃあ、今日はご馳走様でした」

 それだけ言って、相田さんは帰って行った。


「失礼な人ね」

「まあまあ。僕がつまらない話をしたから怒ったんだろうしね」

「あれはわざとしたの?」

「うん。態度があからさまだったからね」

 ふーん。気づいてたんだ。気付いていて一緒に飲みに行ったんだ。ふーん。

「どうしたの? 怒ってるの?」

「だって、女の人と二人っきりで飲みに来てるんだもん」

「ごめん。広報課の人たちと飲みだって聞いてたんだ。二人だけとは思わなくて、帰ろうとした時に水川さんに出会って、相席をお願いしたんだ」

「そうだったんだ。じゃあ、今回は許してあげる」

「それに、友香ちゃんが尾行してたでしょ。だから安心かなって」

 げっ、バレてたのね。


「それじゃあ、帰りましょうか」

 そろそろ終電が近い。

「明日はお休みだから、もう一軒行かない?」

 たっくんからそんな事を言ってくるなんて珍しいことだ。

「どうしたの? 珍しいね」

「綺麗な友香ちゃんを周りにもっと自慢したいんだ。俺の彼女はこんなにきれいな人なんだぞって」

 たっくん。ごめんね、いつもは地味なメイクと服装で。もう少し時間を頂戴。きっと強くなってみせるから。


 え、その後どうしたのかですか?

 高級ホテルの最上階にあるバーに二人で行きましたよ。素敵な夜景を堪能しながら、たっくんとお話してました。

 当然その後は部屋を取ってもらって、すてきな夜を過ごしましたよ。


 いろいろあった一日だったけど最終的には最高の一日になりました。

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