第15話 助けてアリエモン

「アリエモン、助けてー」

「あら、友香ちゃん。今日はいつものポンコツ友香ちゃんなのね」

「ポンコツって酷いです」

「だってねー。まあいいわ。それで要件は? 今、就業時間中よ。よく出て来れたわね」

「ああ、それなら大丈夫です。この書類は課長に却下された分です。返しにきました」

 水川先輩のデスクに大量の資料をお返しする。

「この二人の資料はヤケに添削が多いんだけど、何かしたの?」

「分かりません。でも課長が敵を見るような目で資料を見てたんで、何かあったのかも……」

「ふーん。資料ありがとうね。それじゃあね」

「はい、先輩それじゃあ――じゃないですよ。助けてくださーい」

「ちっ、ごまかせなかったか」

「先輩ひどいです」

「ひどいのはあんたの方よ、何よこの資料は……」

「私じゃないです。課長が持っていけって……」

「助けてほしいなら、そこを何とかしなさいよ」

「無理です。西園寺課長の牙城は歩兵の私では崩せません。せめて将軍クラスじゃないと無理です」

「それもそうね。友香ちゃんに期待しても無駄ね」

 期待されないはされないで寂しいわ。


「それで要件を早くいいなさい」

「えっと、なんて言ったらいいか。うーん」

「はい、さようなら。早く職場に戻りなさい」

「えーん。待ってくださいよ。言います。言いますから」


「ほーん。そういう事だったのね」

 水川先輩に私と西園寺課長の関係を説明し、先程聞いた相田さんの会話の事を

話した。

「まさか友香ちゃんがあの悪魔の手に落ちていたとは。貴方はかの者のスパイだったと言う訳ね」

「違いますよ。私は先輩一筋です」

「で、本音のところ」

「彼氏LOVEです」

「私と貴方の関係もこれまでね。さよなら」

「えーん。先輩、たしゅけてくだしゃい」


「これは、尾行するしか無いわね」

「備考ですか?」

「備考じゃないわよ。尾行。後をつけるのよ。貴方はどんだけポンコツなのよ」

「冗談ですよ、冗談。尾行ですよね」

「では、綾瀬調査員。業務終了後、会社前の喫茶店に集合するように。荷物は最小限で来ること」

「はい、隊長。よろしくお願いします」


 水川先輩と約束をして、意気揚々と会計課に戻った私に彼が分厚い書類を渡してきた。

「あの、課長。これは?」

「はい。綾瀬さんは簿記の知識が無いようですので、それでも大丈夫な様に我社で使っている勘定科目とそれに関連する費用を10年分列挙しました。これを覚えてください」

 手渡された資料はざっと100ページ分くらいある。

「これを全部覚えるんですか?」

「まさか、それは無理でしょう。僕も覚えてません」

 よかった。絶対無理よ。こんなの。

「8割ぐらいでいいですよ」

「無理です。そんなに覚えれません」

「じゃあ7割」

「む、無理だと思います」

 困った子だなって目で見ないでください。無理なもんは無理です。

「では、出来るだけ覚えるということで……」

「頑張ります」

 彼からとんでもない宿題を渡されてしまった。

 慣れてくれば、この費用はこの科目って分かる様になるらしいけど、今の私にはさっぱりだ。覚えたほうが早いらしい。


 同じお茶葉を買った場合でも、お客様用のときは接待費で、会議で使う場合は会議費、社員が休憩中に飲む分は厚生費ですって。何なのその細かい分け方。何でこんなに細かく分けてるの。

「課長、これは何でこんなに細かく分けてるんですか」

「大きな意味は無いですね」

 え、無いの。じゃあなんで。

「必要になるのは経費を削減する際に何処にどれだけの費用がかかっているのかを分かりやすく見るために分けているだけです。法律で分けないといけないと決められている訳ではありません。別に分けずにまとめて消耗品費にしても別にいいです」

 じゃあ、それでいいじゃん。

「じゃあ、それでいいのではと思ってるでしょ」

 ギクっ。

「では、こういった場合を想定してください。綾瀬さんがコーヒーを飲みまくって月に100万円分飲みました」

 そんなに飲めませんよ。

「その費用が消耗品費として費用計上されてます。そしてその月にたまたま、会社のトイレットペーパーが全く切れずに100万円分購入されませんでした。この2つがたまたま同じ月に起きるとプラマイゼロになりますよね」

「はい」

 それぐらい分かります。

「つまり、誰かが無駄遣いしていても、分からなくなってしまうんですよ。費用を細かく分けておけば、その科目が前月に比べて大きく変動していれば異常が発生していると見つけやすくなります」

 なんと、そういう事だったのね。

「分かりました。面倒だけど経営者側としては大切な事なんですね」

「そうです。我々の仕事は一見無駄な事、面倒な事をしている様にみえますが、経営者の立場でみれば必要な事なんですよ」

 流石、私の彼氏。パパの会社を守ってくれてありがとうございます。私も頑張ります。


 でも、無理よ。この量。まだ3ページだよ。いつになったら終わるのよ。




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