第14話 会計ってムズい

「ねえねえ、たっくん。本郷さんに聞いたんだけど、何で誘われても飲みに行かないの?」

 彼が作ってくれた晩御飯を食べながら、聞いてみた。

「だって、僕なんかが行っても気を使わせるだけでしょ」

 た、確かにそうかもしれないけど、折角誘ってくれてるんだから。

「それに、少しでも長く友香ちゃんと一緒にいたいし」

 たっくん。なんて嬉しいことを。褒美に今日は一緒にお風呂に入ってあげよう。そして、ぐふふふ――じゃなかった。

「でも、たまには飲みに行って部下と交流を図るのも上司として大事なことだよ」

「そ、そうなんだけど……」

 よし、後ひと押しね。

「次からは誘われたら、断っちゃ駄目よ」

「はい。善処いたします」

 よし、ミッションコンプリート。これで大丈夫ね。

 まずは同じ課の皆さんから、味方にしていかないとね。



「あれ。綾瀬さん、化粧戻しちゃったの? 絶対昨日のメイクの方が似合ってたのに」

 翌日、会社につくなり宮澤さんに突っ込まれた。はいはい、どうせ化粧したら地味になるイケてない女子ですよ。すみませんでしたね。もう女子って歳じゃないか。


「じゃあ、今日は、小口現金の処理をしてみようか」 

「はい」

「小口現金は会社の金庫の中にある集金等の際にちょっとした現金が必要な時に使う現金の事です」

 知ってます。コンビニでお客様のお茶を買った時に出金して貰いました。

「たかが少額の現金だからと言って、軽く考えない様にね。残額が合わなければ、合うまで家には帰れないと思ってね」

 彼の事だ、本当にしかねないわね。

 ははは、まさかね。いくら何でもそこまではしないよね。

「綾瀬さん、課長はマジだから、出納帳の記載ミスらないでね」

 宮澤さんが忠告してくる。

 本気なんですね。現金触るときは、死ぬ気でやりましょう。

 出納帳っていうのは、現金の流れを記載する家計簿の会社版みたいなもののことよね。

「じゃあ、次は現金を出入金した時の出納帳の作成方法を教えます」

 よし。死ぬ気で覚えるわよ。


 プシュー。死ぬ。死んでしまうわ。覚える事が多すぎるわ。勘定科目多すぎ、貸方借方って何?

 こんな事なら簿記の講座とっておけば良かったわ。

 でもおかしいと思わない。会計とか財務って主に経済学部とかの人が採用されてるのよ。経済学部って文系よ。でもやってる事は完全に数学、つまり理系の事なのよ。おかしいわよね。経済学部は文系にカテゴライズしたら駄目ね。

 つまり、何が言いたいかと言うと、文系の私にはムリーーーー。

「この辺にしときましょうか。何かケムリ出てるから」

「ふぁい」


 そして昼休み。会社近くの公園で、彼から渡された本「バカでも解る簿記3級」を読みながら、ランチを取っていると、その彼からLINEがあった。

「今日、飲みに誘われたんだけど、行ってもいいかな?」

 本郷さん、早速誘ったんだね。

「どうぞ、どうぞ。誘われたら断っちゃ駄目だよ。営業の基本でしょ」

 私も行くんですけどね。ふふふ。

「分かった。ちょっとだけ顔を出して、直ぐに帰るから」

「たまにはゆっくり飲んできなよ。私も水川先輩誘って外で食べて帰るからさ」

 最後に了解のスタンプが届いたので、これでいいわね。

 良かった。これで彼も課員との交流を深める事が出来るわね。


 そして、事件は再び女子トイレで起こったのだった。


「莉子、良かったわね」

 また、この流れですか。何でこの階のトイレ使ってるのよ。あなた達。

「うん。西園寺課長、最初は渋ってたんだけど、来てくれるって言ったんだ」

 ん。え。どういう事?

「莉子なら大丈夫よ。可愛いんだし。本当、羨ましい限りだわ。今日決めに行くんでしょ」

「そうね。数少ないチャンスだし、お酒が入ればいけるでしょ」

 えー。飲みに誘われたって相田さんだったの! 私はてっきりうちの課の飲みだと思ったのに……。

「でも、確か課長って車通勤よね。お酒飲まないんじゃない?」

「大丈夫よ。男にお酒を飲ますのなんて、簡単だから」

「流石ね、莉子にかかれば西園寺課長も只の男って事ね」

「まあ、明日の朝を楽しみにしててよ。一緒に通勤して見せるわ」


 不味いわ。彼女は今日落としにかかる気よ。何とかしないと。


 でも、その前に――早く出ていってよ。ここから出られないじゃないのよ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る