第16話 備考じゃなくて尾行
「……水川先輩。これは何でしょうか」
「何って、尾行するんだから、きちんと正装しないと駄目でしょ」
私は先輩に言われるがままに着替えると明らかに目立つ格好をさせられてしまっていた。薄茶色のトレンチコートにディアストーカーハット、何故かパイポまである。明らかにドン◯ホーテで買ってきた、コスプレセットだ。
「これを着ていれば、尾行という明らかに怪しい行動をしていても生暖かい目で見て許してくれるという文化が日本にはあるのよ」
それは、痛い子として見られているのでは無いでしょうか。そして、
「なんで私だけなんでしょうか?」
「そんな恥ずかしい格好したくないもの」
帽子を床に叩きつける。
「友香ちゃん、床に帽子を叩きつけたら駄目よ。ふふ、上手いこと言ったわ」
「先輩、真面目にしてください。私は真剣なんです」
「そうね、友香ちゃんをからかうのはこれくらいにして、西園寺課長が出てきたんで、行きましょうか」
おっと、もう出てきましたか。さて、どんな所でお飲みになられるんでしょうかね。その前に、
「先輩、この服どうすればいいですか?」
「せっかくだから着とけばいいんじゃないの」
「そうですね。寒いんで着ときます。ありがとうございます」
「ほんとに着るんだ。まあいいか。行くわよ」
会社から出てきた彼を追って、ビルとビルの間の路地に身を隠しながら進む。周りからの「こいつ何してんだ」って視線が痛いわ。
「先輩、尾行って楽しいですね」
水川先輩からの冷たい視線を頂いて、正気に戻る。彼は何処に向かっているのかしら。
20分ほど尾行を続けた所で一軒のお店の中へ入っていった。
「先輩、ここって」
「そうね。こないだ雑誌で取り上げられてたデートスポットとして最適のおしゃれなお店ね」
会社の飲み会で使うようなお店では無い。
もう。この時点で怪しんでよ。明らかに相田さんの意図が垣間見れるじゃないの。本当にこういった知識に疎いんだから。
「私には友香ちゃんや相田さんがどうしてあの悪魔に惚れるのか全く理解に苦しむんだけど、まあここまで来たんだから助けてあげるわ。先に私が入って、近くの席をキープして連絡するから、その間に友香ちゃんはあそこの百貨店に行って、プロにメイクをして貰って来なさい」
えー。めんどくさいな。
「めんどくさいじゃない」
「ひえっ。何でわかったんですか?」
「友香ちゃんの考えることくらい分かるわよ。相田さんに彼を取られたくないんなら、あなたも本気になりなさい!」
「はい! すぐに行ってきます」
ああ、怖かった。水川先輩でも怒ることあるのね。
先輩にも言われた様に、彼を取られないように本気の姿を見せるしかないわね。正直、あの頃に戻るみたいで気がすすまないけど、彼を奪われない為だ。
「すみません。このアイシャドウを使った感じが知りたいんですけど、使って見たことが無いので教えてもらえますか」
軽く嘘を吐きながら、一店舗ずつまわり、化粧をしてもらっていく。きちんと商品は買うんで許してね。
ベースメイクとアイメイクさえして貰えば、後は今持っているメイク道具で十分だ。
「うん。バッチリね」
せっかくだから、服も新調しよう。今日はちょっと大胆な服にしましょう。肩と背中の空いた露出度の高い服を選ぶ。昔に比べてちょっと太っちゃたけど、胸のサイズは2つくらい大きくなったのよね。
寒いけど仕方ないわよね、おしゃれは我慢よ。
最後に小物屋でピンを買い、トイレで髪を結い上げる。
ちょっと、通してよ。
百貨店を出て彼のお店に行くまでの間にホストの様な男性たちに絡まれてしまった。
「ねえねえ。何処に行くの? 一緒に遊ぼうよ」
「お姉さん、綺麗だね。僕とお付き合いして貰えませんか」
「一杯奢るから、俺と飲みにいこうぜ」
あっ、お前はこの間私に声かけてきて、私の顔見て舌打ちした奴じゃない。私はあんたを忘れてないわよ。
「ちょっと、退いてよ。彼氏があの店で待ってるんだから」
こんな事なら、トレンチコート着て移動すればよかったわ。久々にナンパされたけど、相変わらずうざかったわね。
何とかかんとか、ナンパ共を巻いて彼のいるお店にたどり着いた。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
「いえ、連れが先に来ているので探します」
「承知いたしました。どうぞ」
さて、これからが本番よ。しっかりやるわよ。
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