第11話 急げ

 いたたた。昨日は飲みすぎたわ。完全な二日酔いね。久々のデートということもあり、少々ハメを外しすぎたわ。

 隣で眠る彼を起こさないようにベッドから抜け出し、シャワーを浴びるために裸のまま、洗面所へ向かう。

 ひどい顔。

 鏡に写った二日酔いの自分の顔を見てげんなりする。

 もっとしゃんとしないと彼に嫌われるわよ。友香、頑張りなさい。


 目と酔いを覚ますために少し熱めのシャワーを浴びて、浴室を出たところで気がついた。


 しまった、下着を持ってきていない。裸で来たから忘れてしまった。

 しかも私はバスタオル派ではなくフェイスタオル2枚派なので、体を隠す事ができない。


 まだ寝ている事を祈りましょう。

 少々はしたないが、来たとき同様、すっぽんぽんで寝室へ戻る。

 どうか起きていません様にと願いながら、扉を開けるとベットの上で寝息を立てている彼が見えた。

 昨日遅くまでいっぱいしたからか、よく眠っている様子だ。

 これなら大丈夫か。


 ラッキー。

 そうっと寝室に入り込み、音をたてないように下着のあるタンスへ向かう。タンスは彼の寝ている場所の近くにある。引き出しを開ける時が最大の山場ね。気をつけない行けないわ。


 さあ、行くわよ。

 1歩、2歩、3歩。ふうあと少しね。4歩目を踏み込んだ瞬間だった。


 パキっ


 床が軋んだ。恐る恐る彼を確認すると、目が開いている。バッチリ目が合ってしまった。


「違うのよ。これはシャワーを浴びてね。それでね――」

 言い訳をしていると有無も言わさず押し倒されてしまった。

 あっ、たっくんの大きくなってる。男性特有の朝のあれですか?

 昨日あれだけしたのに、まだするのね。いいわよ。やって上げましょう。


 あ、あれ。まさか寝ちゃったの? ここまでしておいて。ぐぬぬぬ。どうしてくれるの。この高ぶった感情は。しかも、腕でロックされていて動けない。

 助けて。動けないよ。zzz。


「友香ちゃん、起きて。やばい寝坊した」

 えっ、嘘。私寝ちゃったの?

 時計を見ると、いつも私が乗る電車が出発する時間だった。

 終わったわね。間に合わないわ。諦めましょう。


「友香ちゃん、こうなったら車で一緒に行くしかない」

「いいよ、いいよ。遅れて行くから。髪もボサボサだし、化粧もしないといけないから」

「駄目です。会計課長として遅刻は見逃せません。化粧は車内でしてください」

 厳しい。遅刻は許してもらえないようだ。諦めて、着替えを始める。5分以内には出発しなければならない。


「友香ちゃん、急いで」

 たっくんが私を急かす。待ってよ。女の子は仕度に時間がかかるんだから。

化粧品BOXは持った。携帯OK。後は、忘れ物は無いかな。よし、準備完了。

「たっくん、お待たせ」

「その化粧品BOXを貸して、僕が持つよ」

 重たい物を率先して持ってくれる所はポイント高いよ。でも、走るの早すぎよ。私、ヒールなんだから待ってよー。


「あー。眉毛ゆがんだー」

 車内で化粧をしていると急な段差にやられ、眉毛が歪んでしまった。やっぱり、車内で化粧は難しいよ。無理やり修正して、化粧を続ける。


「なんとかギリギリ間に合いそうだ」

 よかった。私は電車が止まったりで遅刻することがあるけど、たっくんは入社以来、無遅刻無欠席を続けている。夜中までイチャついていたなんてことで遅刻させたくは無い。

「会社の近くの目立たないところで降ろすから、先に行っててね」

「了解」

 流石に駐車場まで一緒に行くと、誰かに見られてしまうから、先に降りることにした。

 うん。ここからだったら、歩いていっても3分前には着くわね。よかった。間に合った。


 やけに見られてるわね。眉毛失敗したからかしら。

 会社に着いたのはいいが、いつもより多くの視線を感じる。

「あの、社内に入られる場合は受付をしてからお願いします」

 ロビーの受付で止められてしまった。えっ、私、従業員ですけど。

「あの、会計課の綾瀬です。従業員なんですけど」

「え、綾瀬さん? ほんとに!」

 失礼しちゃうわね。正真正銘、綾瀬友香です。

「もう行っていいですか?」

「ああ、ごめんなさい。大丈夫です」


 受付で止められたせいで、結局遅刻してしまった。折角、たっくんが頑張ってくれたのに……。ごめんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る