第3話 家での彼は……

「ただいまー」

 今日の勤務時間を終えて、30分だけ残業をしてまっすぐ家に帰った。帰り間際にもう一度、早川君に誘われたけど、丁重にお断りしておいた。

 家と言っても彼のお家だ。

 一緒に住んではいるのだが、彼との交際は会社には秘密なので、私も別で家を借りている。はっきり言って無駄なのだが仕方がない。部屋を借りてるだけで、電気もガスも契約を解除しているので、今では只の物置になっている。


 私の通勤は電車だ。歩きの時間と待ち時間を入れると片道1時間位。彼は車通勤だ。待ち時間とかが無駄に思えて嫌らしい。彼らしいと言えば彼らしい。本を読んだりできるから車よりも時間を有効に使えていると思うんだけどな。

 彼は残業なんてしないので、いつも私よりも早く家に帰っている。今日も先に帰っていた様子だ。晩御飯のいい匂いがする。この匂いは肉じゃがね。


 私の帰りに気付いた彼が、玄関に迎えに来てくれた。

「友香ちゃん、今日もごめんね。酷いこと言って」

 帰宅早々に誤ってきた。会社にいる人とはまるで別人の様に目つきが違う。眉間にしわを寄せていたのが無くなり、眉が下がって癒し系の目をしている。何でこの目を会社で出来ないかなー。

「いいんだよ、たっくん。事情は分かってるから」

 西園寺拓哉君だからたっくんだ。

「ほんとにごめんね。あと、23分と20秒煮込んだら、肉じゃがが完成するから、先にお風呂入って待ってて」

 そういって、エプロンのポケットからタイマーを取り出し、調理完了時間を告げてくる。細かい。秒までの情報はいらない。そして、秤は100分の1まで量る必要はないよ。

「じゃあ、先にお風呂入るね」 

「どうぞどうぞ」


 帰ってすぐに入れてくれたのか、湯船には湯が沸かしてあった。いつもありがとう。急いで化粧を落として、お風呂に入る。

 は~、ごくらく、ごくらく。彼と付き合って、よかったと思う点、追加。家事を一切しなくてもいい。女としてどうなのかと言われそうだが、手を出すと彼が怒るのだ。

 料理の場合、切り方が揃っていないだとか、煮込み時間が2分足りないとか……。

 じゃあ、洗い物は私がと思ったら、汚れが気になるらしく、もう一度洗い直された。

 洗濯の場合は、首の方からハンガーを通そうしたら止められ、Tシャツを畳んでいたら、無言で直された。

 掃除もほぼ同じ。

 彼が家事をしている間は、携帯で動画を見たり、ラノベを読んだりする時間だ。邪魔をしないように隅でじっとしている。実に楽でいい。


 お風呂から上がると、食卓に晩御飯が完成し、彼が席について待っていた。

「待たせてごめんね」

「ううん。全然。友香ちゃんと食べる夕食が一番おいしいからね。さあ、一緒に食べよう」

 と言って、缶ビールを手渡してくれた。優しい――とは簡単に思わないぞ。これはたっくんからのサインだ。

「たっくん。私を酔わせてどうするつもりなの」

「だって、友香ちゃん。今週はまだしてないから……」

「ふふ。冗談よ。早く食べて、いっぱい遊びましょ」

 今日の夕食は、玄米ごはん、肉じゃが、お味噌汁、ほうれん草のお浸し、鯵の南蛮漬けですね。見事な和食です。いつもありがとうございますと感謝しながら頂きます。


「ねえ、たっくん」

 たっくんと遊び終わって、布団の中で聞いてみた。

「たっくんは、会社で皆に嫌われているけど平気なの?」

 いつも、疑問に思っていた。会社で孤立していて平気なのかどうか。

「平気か平気じゃないかと聞かれたら、平気ではないけど、これが仕事だからね」

 彼は、皆に厳しく接することで、皆の気の緩みを引き締める役目を社長から与えられている。実際に彼が入社してからは、無駄な経費の支出が減り、固定費が30%も削減された。短期的な削減ではなく、入社してからずっと続いているので、本当に無駄な支出が多かったのだろう。


「厳しくするのはいいんだけど、嫌われる必要はないでしょ」

「そうなんだけどね。厳しくしようとすると、あんな言い方しかできないんだよ」

 うーん。困ったわ。言っても良いのかしら。

「たっくん。言い方の問題じゃないのよ。たっくんの目が怖いの」

「えっ、そうなの! 友香ちゃんでも怖いの?」

 ちびりそうなくらい怖いです。コクコクと頷いておく。

「えー。俺、会社じゃ一体どんな目してるのー」


 彼は自分の目つきの悪さに気づいていなかった様だ。



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