第2話 彼は嫌われ者
私は彼から奪い取った書類を胸に抱き、我が癒やしの営業部へ戻ってきた。
彼女なんだから、少しくらい優しくしてくれてもいいと思うの。私、間違っているかしら。
「友香ちゃん。大丈夫だった?」
「先輩。大丈夫じゃないです。これ突き返されました。部長に怒られちゃいます。どうしましょう」
「ちょっと、見せてね」
私から書類を受け取り、チェックする水川先輩。
「これは友香ちゃんが悪い訳じゃないわね。完全に部長が悪いんじゃない」
「でも……」
一度受けた仕事だから――。
「友香ちゃんは、真面目ねぇ。でも、そこが可愛いんだけど。まあ、この書類は先輩であるあたしに任せなさい」
そう言って、書類を取り上げて、部長の所へ行ってしまった。私も慌てて、部長室へ続く。
「部長、これは駄目でしょ。この領収証じゃあの若頭は倒せませんよ」
水川先輩が部長と話を始めた。若頭って、もしかして彼のこと?
「やっぱり無理だったか。綾瀬さんが出せば通るかなと思ったんだがな」
いや、そんな理由で私に押し付けないで欲しい。彼の目、怖かったんだからね。
「仕方がない。ママに無理言って、領収証を切りなおして貰うしかないかな」
「そうしてください。それに、友香ちゃんに無理な仕事を押し付けないでくださいね。友香ちゃん、真面目なんだから」
「わかった、わかった。綾瀬さんも御免な。お詫びに今度、何か奢るから」
「そんな、仕事なので、お詫びなんて……。大丈夫ですから」
「友香ちゃん、真面目ねぇ。奢ってもらいましょ。部長、ごちになりまーす」
「おいおい、何で水川にまで奢る話になってるんだ」
「まあまあ、細かい男は持てませんよ。どっかの誰かさんみたいにね」
先輩が彼をディスってます。そうですよね。あんな細かい人どうして好きになったんだろ。目つきも目茶苦茶怖いのに。
「そうだな、細かい男は駄目だよな。俺の様に大らかにいかないとな」
「部長はもう少し、しっかりしてください」
「がはは、そうだな。すまんかった」
「先輩、ありがとうございます。助かりました」
「良いって事よ。それにしても、西園寺の陰険やくざめ。私の可愛い友香ちゃんを苛めおって。許せぬ」
水川先輩。ほろり。先輩のやさしさがうれしいが、彼氏を悪く言われるのも困る。
「綾瀬さん、西園寺課長に何か言われたの? あの人本当に酷い人だね」
私達に声をかけてきたのは、同じ営業課のエース、早川
女子社員の中でも、独身の彼を狙っている人は多い。実は水川先輩もその一人だ。
「あっ、早川く~ん、聞いてよ、友香ちゃんが――」
さっそく水川先輩は早川君の腕をとって、先ほどの書類の話を始めた。
「それは災難だったね、綾瀬さん。西園寺課長、昨日は広報課の相田さんを叱って、泣かせたらしいよ。どうして、もう少し優しくできないんだろうね。あの人は……」
それは仕方がないんですよ。実は。私は理由を知っているけど、話せないんだよね。とても辛いわ。
「綾瀬さん、今晩一緒に飲みにいかない。同期の小林と一緒に飲むんだけど……」
早川君が飲みに誘ってくれる。彼は頻繁に同期の私を誘ってくれるんだけど、一回も飲みに行ったことはないの。
彼氏が家で待ってるからね。ごめんね。彼は別に行っても良いと言ってくれてるんだけど、私がそんなのは嫌なんだよね。
只でさえ、彼は嫌われ者だから、飲み会になんて誘われないから、いっつも先に家に帰ってるから、私くらいは一緒にいてあげないと……。
「早川君、ごめんね。私、仕事の後はまっすぐ家に帰らないといけないから。小林くんと楽しんでね」
はー。私の彼は人気無いわね。やっぱり。分かってはいるんだけどね。
そりゃあね。女子としては、同じエリートでもね、早川君みたいな王子様キャラの方が良いと思うわよね。
でもね、彼にも良い所はいっぱいあるんだから。
えーと、まずは、時間には絶対に遅れないでしょ。忘れ物はした事無いわね。税金の事にやたら詳しいでしょ。電卓での計算が死ぬほど速いでしょ。これくらいかな。
あ、そうだ。安全運転でしょ。法定速度は絶対に超えないし、横断歩道でもきちんと止まるし、名古屋走りしないし、割り込まない。
極めつけは、走行前の空気圧チェックまでしている。
良い所と言うか、これじゃ只の堅物ね。でも、外食で割り勘になんてしたことが無いし、デートの時はきちんとエスコートしてくれるし、綺麗な人とすれ違っても、その人の事を眺めたりしないのよ。
結構、いい所もあるでしょ。
でも、会社じゃそんな片鱗を微塵も出さないのよね。ずっと眉間にシワを寄せて何かを睨んでるの。
もう少し、柔軟に対応してくれたら周りの評価も変わると思うんだけどなぁ。
よし、彼女として彼のマイナスイメージをプラスに変えられる様にちょっと行動していきますかね。
やれやれだわ。
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