第56話 嫁改造計画3

ヴェルディエントは困っていた。 

口をぱくぱく開いては、無駄なつなぎ音を出している。


「あ゛ー...え゛ー....うー....。」


はぁ....、どういった感じで、切り出せばいいんだ....

この丸ん中に、妖艶な女性がいる....、んだよな...?

本当に、いるんだよな?いないってことはないよなっ!

アレクに騙されてるってことはないよなっ!?

実は、いませんでしたってことになったら、俺かなり間抜けだぞ!

いるよな?いるよな?いるんだよな?

どうなんだぁぁぁぁっ!


ヴェルディエントは、腕を組み、地面に書かれた丸を訝しげに凝視し、佇んでいた。

努めて冷静な外面をしていたが、心中パニック絶賛お祭り状態だった。


それもそのはず、妖艶なおネエさん霊がいる場所は、ヴェルディエントにはただの丸が書いてある、荒れた地面にしか見えない。

ここに話しかけるにしたって、地面に向かって話せばいいのか、少し目線をあげて話せばいいのか迷うところである。

だから、視線をうろうろと彷徨わせ、落ち着きなくトントンと指で腕を叩いていた。


虚空に向けて喋るイケメン...。かなりシュールな光景になるだろう。


しばらくすると意を決したようで、ヴェルディエントが、ゆっくりと喋り出した。


「あ゛ー、なんだ。そこにいるだろうレディー、俺はヴェルディエント・ガルデンハイトだ。

あー、とりあえずよろしく頼む。」


結局、地面に向かって話すことにしたようだ。

幽霊のおネエさんの方は、律儀にしゃがみ、ヴェルディエントに目線をなるべく合わせようとしていた。


だからアレックスから見れば違和感はないが、ネフィから見ると、俯きながらブツブツ喋るただの不審者だ。


それにしても、おネエさんは、座っていても妖艶であった。

長めのヒラヒラした袖を口元に当て、はんなりと微笑を浮かべて聞いている。

首を傾げているので、肩までサラリと伸びた髪が流れ、細い首筋が露わになり、ズクリと熱がこもりドキマギしてしまう。

まるで、傾国の悪女のようだ。


まぁ、男なんだが。



「あー、参ったな。レディーの名前を、聞くのを忘れてた...。

あとで、レディーの名前をアレクから聞いとくが、今はレディーと呼ばせてくれ。」


クスクスと、おネエさんの目が弧を描く。

本来ならミスターだが、困り顔のイケメンからレディーと呼ばれ丁寧に扱われることに、おネエさんは大変満足だった。


ちなみに名前は聞かなくて正解だ。

おネエさんの本名は、『イーサン(強くて引き締まった男という意味)』という。

まず、この名で女性だと思う人間はいない。

知らない方が、幸せだ。



とりあえず、ヴェルディエントは身の上から話すことにしたようだ。

「まず、俺には魂の色が同じ生物が、いないんだ。

悪魔には、この色が大切でな。同じじゃないと、俺の威圧に耐えられず床に拘束されるんだ。

俺は、18年ずっと孤独だった。

面と向かって喋れる相手が、冗談でなく、本当にいなかったんだ。

魔王なのにな....。


実は、人間のあいつらが一緒の色を持ってることも、数時間前にわかったばかりでな。

だから、喋るのも久しぶりで、少し何をどう話せばいいのかわからない。

文脈も支離滅裂になるかもしれん。訳がわからないこともあるかもしれないが、最後まで聞いてほしい。

いいだろうか、レディー...?


困ったな、表情もわからないから良いのか悪いのかも分からん...。


あ゛ー...、とにかくこの魔石には、契約するための魔法陣が刻んである。あと、魂を憑依させるための魔法陣も刻んだ。

身体の方は、別の場所...俺の城なんだが、すでに用意してある。

契約が終わったら、身体にうつすまで、レディーには窮屈かもしれないが、しばらくこの魔石に入ってもらう。

申し訳ない...。


しかしながら、身体の方は、素晴らしいぞ。

期待してくれてかまわない。損はさせない。

究極の美というものを体現した。

色っぽく、かつキュートな鬼っこだ!

胸は、こう、大きいし美乳だ。

腰は、くびれて胸と尻が強調されている。だからといって、下品では決してないっ!

黄金比というのだろうか、芸術的で美しいんだ....。

はぁ....、俺の嫁、最高...。


さらに!

尻は引き締まっていながら、触り心地はぽよぽよだ!

手足も健康的な太さですらりと長い!

顔は、言わずもがな最高だ!!

つり目がちな目に大きな瞳!流し目をすればズキュンとするのは間違いなしの美女!

だが、笑うと牙がチョロっと出て、最っ高にっ、可愛いんだ!!

美しいと可愛いが、奇跡のように混じり合っているんだ!

あと、あとっ!

髪は!.....ゴホンっ...

喋り足りないが、ここまでにしとこう。取り乱した。すまない。

とにかく最高のスペックの体が用意してあるから安心したまえ。


ちなみに、喋ることも、自分で動くこともできる構造になってる。

違うところは食事と睡眠、後は排泄か?その必要性がないだけで、人間となんら変わらない。

レディーには、これから俺の話し相手になって欲しい。


あ、....いや、違う。


あ゛ー、そのな....、


嫁に......、


なって欲しいんだ.....。」


ヴェルディエントは目元を赤く染め、恥ずかしそうに片手で口元を覆う。

今世でも、前世でもなかった一世一代のプロポーズに盛大に照れているのだ。


だが、何度も言うが目の前には何もない。

しかも、実際は男だ。

はたから見れば、マヌケである。

そして、ヴェルディエントには見えないが、周りには幽霊がひしめき合って、ぎゅうぎゅう詰めになっている。

娯楽に飢えた幽霊達は、ニヤニヤと笑み、ヒューヒュー♪と囃し立てていた。


当事者のおネエさんは、あらまぁというような顔でふふふと楽しそうだ。

恋愛経験が雲泥の差で、完全にヴェルディエントがから回っていた。


「ゴホンっ!

あー、とにかく!そのまま話を続けるが...。

今から俺が話すことを聞いたら、俺と契約しない限り魂が消滅する。だから、もし覚悟がないなら、話が聞こえないところまで逃げてくれ。10秒待つ....。」


その言葉を聞いた周りの冷やかし幽霊たちは、ギョッとして蜘蛛の子を散らすようにざぁーっと逃げていった。

消滅させられたら、たまったもんじゃない。

肉体が死んでいても、魂は死にたくないようだ。

さすが、浮遊霊。意地汚く生に執着していた。


よって、10秒後。目の前にはおネエさんだけになった。


ヴェルディエントは、存在を感じない空間におずおずと契約する為の説明を始めた。

これで、おネエさんは契約するか、消滅するしか無くなった。


おネエさんは、顎に手を添えながら、真剣に聞いている。

たまに、目を見開きびっくりしたり、眉間に皺を寄せ嫌そうな顔をしたりしていた。

まぁ、おおむね好意的な雰囲気ではあった。


話しを聞き終えると、目を伏せ考え込む。

閉じたまつ毛が、長くカールしていて美人度が上がる。

キュッと閉じた唇も色っぽい。

やがて、目をゆっくり持ち上げると、そこには晴れやかな微笑みを浮かべた美人、否、美男がいた。

そして、アレックスに大きく合図をした。

その合図を受けて、アレックスがヴェルディエントに承諾の合図を送る。


すると、ヴェリディエントは大きく息を吐きながら座り込んだ。


「はぁぁぁぁ...よかった.....。ちゃんと目の前に、いたんだな....。」


顔を大きな骨張った手で覆いながら、安堵のため息をついた。

本当に、居るか居ないか不安であったようだ。

嫁の中身が決まったことよりも、独り言を言っていなかったことに安堵したのだ。


ヴェルディエントは、ぐっと指をたてアレックスにわかったと返事をすると、魔石を丁寧に円の中心に置き、契約の準備を整える。

そして、立ち上がると懐から短剣を取り出し、手のひらに浅く刃を滑らした。

血がじわっと漏れ出すのを確認すると、血を絞り出すようにぎゅっと握る。


ポタリと、紫色の血が魔石の表面に広がった。


その後も、ポタリポタリと、ゆっくりと血が落ちていき、魔石の表面から、やがて、つーーっと、乗り切らなかった血が一筋こぼれた。


それを合図に、ヴェルディエントが複雑な呪文を紡ぎ出す。

『・・・・・・※△○▼□※・・・※⌘/∂□▼£○※・・』

悪魔の契約魔法は、特殊らしく普通の言葉ではなかった。

雑音のように聞こえる。


しばらくすると、魔石が光り出す。

器としての条件が揃ったようだ。

次に、魔力を譲渡するために魔石に血で印をつける。

本来なら、契約者たる人間に印をつけるが、今回は肉体がないため魔石に記す。


それが終わると、今度は、自らと魔石を覆う、魔法陣を描き出した。


夜が明けそうで、うっすらと闇が消えていこうとする狭間の刻。

キラリと発光する魔法陣が地面に広がっていく。

魔法陣の光が、朝霧に反射し、光の筋が幾重にも天に向かって伸びる。

悪魔の魔術のくせに、幻想的だった。


が、それもここまで。

次第に、おどろおどろしい風貌にかわっていく。


魔法陣がある程度大きくなると、ヴェルディエントは躊躇なく、短剣で大きく腕に裂傷をつけ血を大量にこぼし、魔法陣の文字を紫の血の色に染めていく。

かなりホラーな情景である。


魔法陣から光が消え、くすんだ紫に染まると、モヤッとしたオーラが渦を巻くように空に向かい始める。

まるで、悪魔召喚の儀のように重たい空気だ。


モヤが、やがておネエさんを覆う。

ここで初めて、ヴェルディエントはおネエさんの形を知った。

本当にいたのかと、軽く目を見開いた。


やがてモヤがギュルギュルとまわり出すと、魔石に吸い込まれていく。

最後にわずかに光って終了だ。


ヴェルディエントは、未だ血が流れる腕をスッとなぞり治癒をすると、魔石を拾った。


見た目は特に変わらないが、おネエさんが入っている。

アレックス達は、ヴェルディエントに近づく。


「よし、じゃあ、行くか。

ヴェルディエントの嫁を完成させよう。」


ヴェルディエントが転移の術を発動させる。

目を開けると、そこはヴェルディエントの私室だった。


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