第36話 ロウェルの後悔
視界の端に最後のアレックス組の帰還を認め、見張り台から階下に指示が出た。
『開門〜っ!!』
指示に合わせて歯車が動き始めた。
しばらくするとギコギコと壁が徐々に降りてきて、門が開き始めた。
アレックスの特大浄化の功績を鑑みた結果、敬意を込めて大きな門をわざわざ開けることにしたのだった。
通常夜間は、アンデッドが入り込まないように横にある小さな通用口から入るのが常で、特別待遇だ。
特大浄化のすぐ後だったので、アンデッドが見渡す限り全くいないのも後押しした。
しかし門が半分ほど前に迫り出した時、急に門の動きが止まった。
「待てっ!まだ開けるなっ!!横の通用口から入れろ!」
後ろから走って来たロウェルが大声で門番に叫んだからだ。
「とにかく門は閉じとけっ!!あとで理由は話す!
アレックス!聞こえるか!?通用口から入れ!
神官たちは、夜明けまで壁に浄化魔法をかけ続けてくれ!」
「どうした?第3騎士団か?
ヴァンキュレイト隊長の指示か?」
他の隊の隊長が声をかけてきた。
「とにかく、門を閉じてください。まだ、油断できない状態です!」
ロウェルは、必死の形相で周りの騎士たちに訴えた。
そんなロウェルの様子から、何か訳があるのだろうと皆が納得し、門を再び元に戻した。
門がきっちり閉じられ、神官たちが浄化の光を再度壁に流し始めたことを確認してからロウェルはようやく口を開いた。
「騎士団全隊長とギルド長、神官長に報告します!
先程、私とヴァンキュレイト隊長が帰還する際、異形の変異種と思われる個体に遭遇しました!
見た目は変わりありませんでしたが、動きが俊敏です!騎士の全力疾走並みのスピードでした。
気づいた時には、すぐ後ろにいたので咄嗟に隊長が防御壁を張りましたが、口を起点として防御壁を突破し内部に侵入されました....。
虚無の口は、防御壁をも飲み込みます。
以上の点から、変異種がまだいるとなると大規模浄化1回目と違って今回は三時間もかからず到達、もしくは夜明けを待たずに異形が再度到達する可能性が考えられます!!」
その場にいた面々は、揃って驚愕の顔を浮かべ口を閉ざし息をのんだ。
「....事実か?」
「残念ながら、事実です。対応策を検討お願いします。」
ロウェルは、目を逸らさずに真剣に訴えた。
「異常な速度のアンデッドか...。厄介だな。
よし、わかった。ではこれから、代表者会議をする。今から半刻後にあつまれ。
はぁ...、夜明けまでまだ時間があるな。それまでに対応が決まるといいが....。
神官たちは、昨日と同じように夜明けまで交代で壁の浄化を!
ところで、ヴァンキュレイト隊長はどうした?」
ロウェルは、ビクッと一瞬震えた。
「..,,ま、魔力切れで、寝込んでおります。
えー.....っと。さ、最後まで浄化魔法を使ったことの加え、防御壁も咄嗟に張った...、ので、....魔力が限界を迎えた?んじゃないかと.....。」
最後は尻すぼみにゴニョゴニョと気まずく答えた。
目もキョロキョロと動いて、さも嘘をついてます、後ろめたいですという様子である。
「.....。ふ、ふむ。
まぁ、そういうこともあるだろうってことにしとく。実際にヴァンキィレイト隊長の功績は素晴らしかったからな。言及はするまい。
とりあえず、第3からは副隊長を招集しよう。」
「はっ!!ありがとうございます!
....では、私も休ませていただきます。
流石にぶっ通しで疲れました...。失礼します!!」
ロウェルは、隊長格の面々に退出の挨拶をして門の方へと颯爽と走っていった。
ボロが出る前に戦略的撤退だ。
「ヨイショっと!」
アレックスは、通用口の縁に手をかけ身を屈めながら、ぐいっと体を持ち上げ砦に入った。
アンデッドが入りにくいように設計されている通用口は、地面から離れた高さに設置され、入口も狭い。
よじ登るように入る必要があった。
ジョッシュとアレックスが、無事に砦に降り立つとすぐに閂をカタンっとかけられて、しっかり扉を閉められた。
閉めると同時に扉の縁から浄化の光の筋が幾重にもはしり、淡く光る。
壁全体に浄化のための回路が組み込まれていたようだ。
「おお〜っ...。
なんでこの壁、虚無に喰われないのか不思議だったけど、浄化魔法が張り巡らされてるのか...。よくできてるなぁ。」
アレックスは壁に手をあて感心した。
「あそこの神官様たちが、夜明けまで交代で祈りを捧げているんですね〜。頭が下がる思いですねぇ〜。」
ジョッシュは、汗でベタつく髪をかきあげ、おでこの上でくるくると紐で髪を束ねた。
最後までザクザクと異形を斬っていたので汗が半端なく流れていた。
前髪からボトボト落ちる汗が、ずっと煩わしかったのだ。
「ははっ。ジョッシュ、似合うなぁ。無駄にかわいいぞ〜ぉ。」
アレックスが、ピンと上を向いた髪をちょいちょいっと摘んでかまうと、やめてくださいよ〜ぉっと、ジョッシュが迷惑そうに笑いながら手を振り払う。
夜通し掃討作戦をこなしてきたようには見えないほど元気な2人の姿を見て、周りは呆気に取られた。
「笑ってるぞ....。」「....体力おばけ.....。」「人間業じゃねぇ......。」
口々に、ボソボソと呟かれる。
尊敬も過ぎると、畏怖になるものだ。
2人が歩いていると、向こうからロウェルが駆けてきたのが見えた。
「アレックスっ!!」
ロウェルは息を切らせながらガシリと肩を掴んだ。
1分1秒でも惜しいというような切羽詰まった様子に、アレックスはたじろぐ。
「どっ、どうした!?」
ロウェルの尋常じゃない雰囲気に、アレックスは目を白黒させて返事をした。
ロウェルは、要件の前にジョッシュに顔を向け早口で指示を出す。
「ジョッシュ!すまんが、アレックス借りるぞ!
おつかれ!先に休んでろ、いいなっ?」
言い終わると、ギュンっと顔を戻して今度はアレックスに指示を出す。
「アレックスは、黙ってついてこい!
いいか?騒ぐなよっ!」
声を落として真剣な様子だ。
アレックスもロウェルの様子から何か問題があったと直ぐにわかったが、いかんせんひと仕事を終えたばかりでちょっと気分が高揚していた。
結果、茶化してしまった。
「えっ?それは、逆に騒げってことかなっ!」
「あぁっ?!ちげぇよっ!フリじゃねぇ!まじモンだよ。
目立たず行動しろ!いいか?何を見ても騒ぐな!」
ロウェルは、おでこがくっつくほど顔を近づけてアレックスを威嚇した。
目が血走っている、ちょっと怖い...。
「お、おう....。」
ちょっとくらいふざけてもいいじゃないか....、今まで俺ずっと働いてたのに....。理不尽だ!
ジョッシュとその場で別れて、ロウェルに黙ってついて行く。
ロウェルの背中が何やら重い空気を背負っている。
「「................。」」
互いに無言で、黙々と歩く。
やがて、ネフィのテントの前に到着した。
ロウェルが、無言で中に入るように促す。
振り返ったロウェルの顔は、なんとなく泣きそうな顔をしていた。
なんつぅー顔してんだよ....。ネフィに何かあったのか?
アレックスは、とりあえず見てみないことには始まらないと中に入った。
中に入ると、ネフィが毛布にくるまりベッドに寝っ転がっていた。
スタスタと近づいて声をかける。
「ネフィ。おーい。帰ってきたぞ、どうした?」
アレックスは、平静を装ってネフィに声をかけた。
大怪我をしているのかと心配して声をかけたが、意外にもネフィの方はあっけらかんとしていた。
「おー、お疲れ〜ぇ。ご苦労様〜。うちらも、さっき帰ってきたところ。いやぁ〜、もう少ししっかり作戦立てなきゃダメだったね。笛吹く暇もなかったぁ〜。」
ネフィも普段通りにアレックスに声をかけた。
何事も起きてないような態度で、アレックスは拍子抜けした。
「....はぁ〜。なんだ、なんかあったのかと思ったぞ。ロウェルが真剣だし、泣きそうな顔してるしよぉ。どうした?」
「あー、何かならあるんだけど。これ、治るかなぁ?」
ネフィが、困り顔でぱさりと毛布を落とした。
「!!?」
アレックスは、絶句した。
「....ないな。腕、ないな。...出血?は、してないな。なんだこれ?傷口?もねぇ...。」
ボソボソと肩を検分しながら呟く。
「ねー、びっくりだよねぇ〜。虚無の口に食べられるとこうなるみたい。断面図グロテスクだよねぇ。」
肩のところを見ると、まるで標本のように骨、筋肉、血管が綺麗に見える。なんとも不思議でガラス板がはめられているような感触だ。
「ここだけ、理科室だなぁ。」
「人体模型のマナブ君だね。」
「いやいや。うちの学校は、ツトムちゃんだったぞ。」
「あー、そっちかぁ。確かマナブ君の方がイケメンなんだよねぇ〜。」
「まぁなぁ、ツトムくんは骨だけだったからマナブくんの方がイケメンだなぁ。」
「なんの話してんだ!?誰だよ、ツトムやらマナブって?!もっと深刻な問題だろ!?俺がおかしいのかっ?!」
「「いや〜、だってしょうがなくねぇ(ない)?」」
「騒いでもどうしようもないだろう?それよりも、俺はこの断面図が気になるし。これ腕だからこうなってるんだろ?
血液も、断面に合わせて新たに道ができてるって不思議だろ?ここで普通断面図切れたら、血が回らずに詰まるだろう?
でも、ネフィはピンピンしてる。めちゃくちゃ不思議だ。七不思議以上だ!そうだろっ、ネフィ?
心臓近くを喰われても生きれるのか?頭喰われたらリビングメイルみたいに動き続けるのか気になるだろう?」
「たしかに気になるねー。食事はどうしたらいいと思う?」
ネフィも、アレックスに乗っかってタラレバ話に便乗する。
「あー、肛門から直接流動食か?確か昔の拷問にあったよな。でもあれ、絵面的にアウトだろう。」
あーでもない、こーでもないと議論を普通にする2人を見て、ロウェルは信じられない気持ちで立ちすくんだ。
「.....なぁ、俺はこの世の終わりかと思ってたんだが....、お前ら普通すぎねぇか?なんなの、これ?」
「あー、お前は深刻すぎんだ。ネフィなら腕一本なくても大丈夫だろう?魔術で大半はリカバリーできるし。何が不安だ?」
心底わからんって顔でロウェルを見た。
「いやっ!不安になるだろう?!だってよぉ、女子だぞ?結婚どうすんだ?」
間髪入れずに、アレックスもネフィも同時に答えた。
「あ?そんなん知るか?」「えっ、そんなのアレクに嫁入りするから平気だよ?」
「「えっ?」」
アレックスとロウェルは、ネフィの発言に驚いて時が止まった。
「何、驚いてんの?私とアレクはこぉーいーびーとぉー!当然でしょ?
何、アレク?腕が一本なければ、嫁に出来ないくらい甲斐性なし?
えー、そんなにちっちゃい器なのぉ?ないわぁ。ないない。ありえな〜い。」
「アー、ウデがなくてもモンダイナイぞ?安心しろ?」
「だよねぇ〜♪」
ネフィは、うんうんと納得してご機嫌だった。
なんとなくこのままゴリ押しされてしまいそうな雰囲気だ。ネフィは、心の中で『言霊ってあるよね〜。言い続ければ、そんな気になるよね〜。アレクは、便利だよね〜。ふふふん。』とニっシっシ〜とほくそ笑んでいた。
「まぁ、なんだ。だから、ロウェルは後悔しなくていいぞ。
それに治るかもしれねぇし。治らなかったら、そん時考えればいい。
今から、泣きそうになってたら勿体ねぇぞ。治ったら、ヘコミ損だ。」
アレックスは、手をひらひらさせながら呆れ顔でロウェルを見た。
アレックスもネフィも、ロウェルが責任を感じないように努めて軽口や冗談を話していた。
実際は、これ治んないんじゃないかと3割くらい思っていたが...。
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