第19話 治療院①

『サリチル酸C7H6O3、無水酢酸C4H6O3結合...。アセチル基吸着..。...アセチルサリチル酸C9H8O4生合成完了..。...結晶化、瓶封入。...防腐...保存。』


「はいどうぞ、リダリアさん。」

病気の快癒を願って微笑みながら、薬を渡した。


すると、リダリアは ボフンっ!っと、全身を赤く染めた。

「はは、はい!ありがとうございます。!」

胸の前で大事そうに薬瓶を両手で包み込んでお礼を言った。


(アレックスさんって、すごくカッコいいってわけではないけど、すごく笑顔が素敵なのよね!

癒されて、きゅんっとしちゃった。

そうよ、私前回もこの笑顔にやられてつい告白してしまったのよぉぉぉ。)

リダリアの心の中は、ピンクのハートでいっぱいだった。


「あっ、顔が赤い!ごめん、熱があったのに気づかなかった!すぐに薬飲んでください!」

アレックスは、異性の恋愛感情に鈍感な男だった。

所詮は、46年間も色恋ごとに無縁の男である。

仕方なし。


「いえ、大丈夫です!ほっとけば大丈夫!」

(アレックスさんの笑顔は、人たらしヨォ!!

果物屋のハンナおばあちゃんも言ってたわ。

『アレックスを婿にもらったら、浮気を心配して大変そうじゃのう、ふぉふぉっ』って!

どこで女性を引っ掛けてくるかわかんないもの!

心を無にするのよ!みんなに優しいのよ!

リダリア、勘違いしちゃダメ!!)

リダリアの頭の中では、結婚生活を想像して大混乱し、今にも脳血管が破裂しそうに沸騰中だった。


「でもどんどん顔が赤くなって来てますよ。大丈夫ですか?」

アレックスは捨てられた子犬のように儚げに、首をこてんと倒してリダリアの顔を覗き込んで心配した。


「も、もう無理です〜っ!!」

リダリアは、顔を手で覆って脱兎の如く店から出て行った。


....。え、俺何かしたのかな?


アレックスは全く乙女の心境がわかっていなかった。

残念な男、所詮童貞である。


治療師の男たちが、ぽんっとアレックスの肩に手を置いた。

「にいちゃん。リダリアをたらし込んじゃぁ駄目だよ...。可哀想に...。

振った女には優しくしてはダメだ。」

首を横に振って、まるで出来の悪い子供相手に途方に暮れる親のような目で諭された。


(普通に、服薬指導をしているつもりだったけど笑っちゃダメなのか?

難しいな、この異世界。)


常識がまたズレてるアレックスだった。


「それよりも、リダリアの持ってたゲッツウネツ薬はお前さんの薬だったんだな。

さっき作るところ見ていたが、どうなってるんだ?!

なにもないとこから粉薬が出来てたな!」

男たちは興味津々でアレックスに詰め寄って来た。


おおぅ、圧がすごいぞ。

「っ、解熱鎮痛剤と言います。

炎症と発熱を抑える薬です。

他にも副効用があって、止血や皮膚修復があるみたいです。

錬金術と魔術を複合して薬を作っているんです。なので原材料は俺の魔力だけですね。」


「「ほぉ〜。」」

男たちは、何が何だかわからないが凄いことなんだろうと思って感心した。


「じゃあ、俺は食べ終わったんで行きますね。」

アレックスは、二人に挨拶して宿に戻ろうとしたが、引き止められた。


「ま、待ってくれ!少し治療院の治療を手伝ってくれないか?

アイスゴリラの残滓で、てんやわんやなんだ。頼む!」

壮年の男たちに頭を下げられてアレックスは、どうしたらいいか分からず、たじろいだ。


「あ、あああ頭を上げてください!

えっと、僕は薬師と名乗ってますが、慈善事業ってわけではないので、えーっと、どうしたらいいかな。

お金をもらうのも、気がひけるし。

無償で治療すると、俺の街の人々に申し訳が立たないし...。」

治してあげることはやぶさかではないが、立場を鑑みると二つ返事で頷けない。

どうしよう...。

気持ちが定まらなくてぐちゃぐちゃだ...。

心が、小さな岩で微妙に堰き止められて、消化不良を起こしている。もやもや〜!!


アレックスが、うんうんと悩んでいると

「そうですよね、我々の判断じゃ報酬も払えないですし...。すいません、忘れてください。」

しょんぼりと男たちは、肩を落とした。


「...あ、ああああ。へこまないでください。

そうだ、今日だけは時間があるんです。

もし、責任者の方が今日の午後だけ雇ってくれる許可をくれたらお手伝いしましょう。

...ど、どうでしょうか?」

治療師たちが不憫に感じられて、自分ができるギリギリラインで手伝うことにした。




アレックスは、治療師の男たちと一緒に治療院にやってきた。

治療院の中は、患者でごった返していて、話していた通り廊下にも患者が寝ている状態だ。


命に別状がなければ縫合もせず消毒して包帯を巻いてるだけの患者もいる。

包帯からは血が滲んでる者も多数いた。

匂いも、ツンとした消毒液の匂いに混じって褥瘡や化膿した皮膚の臭いが混じっている。


早急に処置をしなければ壊死が起き、手足を切断しなくてはならなくなるな。

もしくは破傷風になって痙攣が起きるかも。

全身に菌がまわると最悪感染症で死ぬ...。

これは、完全に助手も治療師も薬も足りてない。早急に治療をしなくては、まずいなぁ。

この世界は、トリアージがないから重症患者から見ていくのが難しいだろうな。一ヶ所にまとめられてたらいいんだけど...。


アレックスは、周りを観察して治療方法を考えながら、院長室に入った。

院長も、目の下にクマがあり疲労が蓄積していて社畜サラリーマンみたいな状態だった。


「猫の手でも借りたい状況です。是非、お願いします。給料は、治癒師の1日分のお金になりますがいいでしょうか?」と、目を血走らせながらアレックスの手を握りしめた。


拒否は許さんっ!っという気概がひしひしと感じられる。

ちょっと怖い...。


「わかりました。ただ、俺の薬は普通と違うので、俺が直接見た患者のみに服用させます。今日見きれなかった患者さんに薬を置いていくことはしません。

それでいいでしょうか?

あと助手を2人ほど貸してくれると助かります。

患者の状態を見て薬を渡すので、それを飲ませてくれる助手が必要です。」


「助手の数も足りてないんだ...。どうするか...。」

院長は、どっから助手を引っ張ってくるか考えるが、打開案が浮かばず暗礁に乗り上げた。


「なあ、リダリアを帰って来させたらどうだ?リダリアをさっき見たが、まだ元気だったぞ。それにアレックス氏の薬を使い慣れてるし適任じゃないか?」

「!? リダリアが、許諾したらお願いしよう!

それまでは、人員がさけたら助手を派遣しよう。」


うん、ブラック企業だ。

帰宅した助手を戻すとは....。

前世の俺みたいだ。

過労死しないように神様に祈っとこう。

アーメン、南無三、クワンギ、クスティ....。



早速治療に取り掛かることにした。

まず解熱鎮痛剤をアスピリンとアセトアミノフェンを用意する。

年齢によって使い分けるためだ。

次に造血薬を作る。

顔色が白くなってる患者さんようだ。

あとは....。抗生剤だなぁ。

解熱鎮痛剤で熱が下がらない患者は、全身に菌がまわりすぎてる筈だ。

ミノマイシンとフロモックス2種類用意すれば大丈夫かなぁ。

この辺は臨機応変だな。


エド様軟膏は、今は材料がないから無理だ。

形成外科領域は無視だな。


「じゃあ、治療を開始するか。

まず、出血多量で僕の解熱鎮痛剤を飲ませても現在回復してない患者さんのところに行きます。案内してください。」

トコトコと、廊下に寝ている患者さんを避けながら奥の病室に向かう。

段々と、不衛生な臭いが強くなってくる。

今は冬だからなかなか換気ができないし、重症者は体を動かすのが難しいから褥瘡も発生しているのだろう。

助手が足りないと、体位を変えることもできないからだ。

ふー、体も拭いて衛生的にしないといけないんだけどなぁ。

魔術で、綺麗にしとくか....。


ここですぞと、案内してくれたじいちゃんにお礼を言う。

引退した治療師のおじいちゃんが応援に来てくれてるらしい。

「あとは、入り口に向かって順番に治療してくだされ。」と言われて、じいちゃんはトコトコと違う患者の方に去っていった。


さてと、部屋の中をぐるっと見渡すと床にぎゅっと引き詰められて患者たちが寝転んでる。

部屋の真ん中に辛うじて道があるかな?

その道をゆっくりぬって歩いて、窓に手をかける。

「空気が澱んでるので換気します。しばらく寒さに耐えてください。」と、問答無用で窓を開ける。


よし、じゃあ一人一人見てくか。


『重力低下グラビティ』


身軽になった患者を、360度ぐるっと回転させて観察する。


うんやっぱり臀部に褥瘡が発生してるね。

1週間はこのままだったんだろう。

発熱も起きてる。

まずはこの褥瘡を治療かな。


たらららったら〜♪

アスピリーン。とフロモックス〜。


本来なら、まずこの褥瘡をどうにかしてから治療するが、ここは解熱鎮痛剤の副効用に期待。

勝手に、正常な皮膚ができると信じてる!

あとは膿んでるから、身体中細菌が回ってるはずなので抗生物質でクリーンにします。


はい飲んで下さーい。


うん、皮膚も元に戻って、熱も下がったね。あとは、造血薬を少量ずつ服用させる。

顔色もだいぶ良くなって、会話が可能になった。


「あ、あれ。体が軽くなった。動かせるぞ。」


患者が立ち上がってみようとしたので、アレックスはとんと肩を押さえて寝かした。


「一時的に、体の機能を改善しただけです。

今動くとまた状態が悪化します。2、3日は安静に。

寝返りはたくさんしてください。あと、簡単に腕や足をぶらぶらさせて血行をよくしてください。

血が固まると、心筋梗塞が起きますので。

よく水分とってくださいね。」


大体重症患者は、おんなじ状態だったので繰り返し同じ治療と声かけをした。

最後に、魔術で患者の体と部屋の布団などを綺麗にした。


『清浄プリフィ』


魔法陣を部屋中に広げて、パチンと指を鳴らすと部屋の汚れ、体の汚れ、汚い空気がギュギュッと丸くなって集まった。

それを一時的に窓の外に投げ捨てておく。


あとでまとめて燃焼する、病原菌の素だからな。


患者たちは、目を白黒させて途端に綺麗になった自分達と部屋の中に困惑している。

こんなに広範囲での魔術を治療師ができるわけがないからだ。


冒険者だと思う一人が『治療師か?』と訝しげに聞いてきたので、魔術と錬金術を使う薬師だと答えた。


時間も限られてるので窓を閉め、部屋に温風『ウォーム』を巡らせ部屋を後にした。

色々質問に答える時間は俺にはない。


次の部屋に行き患者の様子を一人一人確認する、隣と変わらない状態だから流れ作業のように治療することにした。

治療を開始しようとしたところに、哀れな社畜リダリアさんがきた。



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