第18話 ある日の日常

次の日、外は快晴。

雪に光が反射して、カーテンの隙間から眩しい光が差し込んできた。

その光で俺は目が覚めた。

横のベッドを見ると、まだネフィは寝てる。


「おはよう、ネフィ。

朝というか、もうブランチ?の時間だぞ。起きれるか?」

まだベットから出られないネフィの顔を覗き込んで声をかける。


「...うー。..おはぁよ....。

無理〜ぃ、だるいよ〜。

魔力がすっからかんになるとこんなに気持ちが悪いんだねぇ。

二日酔いに車酔いに、25歳すぎてのオールナイト明けって感じのトリプルコンボ....。」

ネフィは、眉間に皺を寄せて口だけ動かす。

体が全く動かない口だけ動くからくり人形のようだ。


「魔力どのくらい回復したんだ?」


「寝る前は、魔力10そこそこだったけど....今は、100くらい?それでも普段の私には低すぎる....。指一本も動かしたくない〜。」


体が言うこときかない感じかぁ。

うーん、顔色がいいからあまりそんな大変そうに見えない。魔力切れって、自己申告してもらわないと察することできないな。

それにしても寝ても100くらいしか回復しないのか。

燃費悪っ!


「なぁ、昨日の夕方に月桂樹に行ってきたんだ。特級魔力回復薬買ってきたんだけど、飲んでみねぇ?」

青い月のシールの瓶をネフィの目の前に持っていき提案した。


「飲むよ〜。飲みたい〜。

でも、起き上がれない〜....。

アレク〜、口移しお願い〜。」


はぁっ?!

嫌だよ、俺の人生30プラス16の46年もの間維持した不浄の唇をなぜ今使わないといけないんだ!


「いや、無理だし。」

秒で拒否した。


「ネフィの表情筋も動かないから、冗談っぽく見えないし笑えない。」

俺は能面を被ったような無の表情になった。


「つれないなぁ。ここに美少女が口を開けて待ってるのにぃ。

....でも、飲みたい。なんとかしてぇ〜」


しょうがないなぁ。

錬金術で吸いのみでも作るか?


荷物をガサゴソ探って、ナイフを取り出す。

この刃の部分の鉄を使って吸いのみを作ることにした。


『...燃焼...1500度。....溶解...。冷却....(うーん、このくらいかな?)...成形。....成形.....成形。...冷却。』


ナイフを魔法陣に浮かべ、燃焼させる。

鉄は1538度以上で溶解するが、純鉄じゃなければ1200度くらいで溶解が起こる。

この世界の鉄は不純物が多いから1500度で十分溶解できる。

ドロドロに溶けた鉄を今度は少しずつ冷却して固めていく。

自由に形を整えられるくらいの硬度になったら、丸めて伸ばして吸いのみの形を作る。

出来上がったら徐々に温度を下げて、鉄を完全に固めて出来上がりだ。


「はいよ。ネフィ、口開けろ。

少しずつ入れるから口を潤す感じで、飲み込め。

うん上手だ。........あと少し。

うん、これで全部だ。」

ゆっくり吸いのみを傾けて1本分を飲ませ終わった。


「どうだ?ちょっと良くなったか?」


「変わらないよ〜ぅ。

アレクの薬じゃないから即効性がないんじゃないかな...。

もう少し寝てる。アレク、ご飯食べて来ていいよ〜。」


昨日の持ち帰った肉サンドは、時間が経ちすぎてカチコチで食べれない。

もったいないけど破棄だ。


『燃焼カンバッション』

消し炭にして処理をする。

あー、もったいない。


「じゃあ、行ってくるわ。」と、寝てるんだか起きてるんだか分からないネフィに声をかけて部屋を出た。


階段を降りると、宿屋の店主がちょうどいたので声をかける。

もう1泊することを伝えた。

あの様子じゃ薬が効いても、もう1泊したほうがいいだろうと思ってだ。

店主は快く延泊の許可をくれた。


外に出ると、寒さが顔に凍てついて来た。

さっぶっ!

慌ててローブのフードを被って魔力を通す。

それでも吐く息が白くて口の周りの水分がパリッと凍る。

そ・こ・で、 チャラララッチャラ〜♪

愛する羊さんのマスク〜。

装着!あったか〜い。

よし出発!


朝には遅すぎるし、昼には早すぎる時間だったので、飯屋通りも閑散としている。

どこが美味しいか全く分からん。

とりあえず、品書きを見て回る。

あ、これならすぐ出て来てあったまるかと思ってお店の従業員に話しかける。

「すいませーん、このオートミールのミルクがゆってまだ残ってますか?」

奥の厨房の方から、残ってるよ〜っと言う声が聞こえた。


「はいよ〜。たくさん食べてね。おかわりしていいよ〜。」


コトンと、湯気が立ち上る熱々のミルクがゆが机に置かれた。

いただきます。

うん、素朴な味だ。胃もたれの体には、ちょうどいい。

ふーふーと、息を吹きかけてゆっくり食べていたら他のお客の会話が耳に入ってきた。


「はぁ、ほんとにやになるよ。忙しすぎる....。患者が、多すぎる。」

「ほんとになぁ。冒険者たちの怪我人が多すぎるよな。ベッドが足りなくて床に寝かせてる患者がかわいそうだよ。それに俺たちも治療薬を作りつづけて腕がやばいよな。」

「ごりごりごりごり、ずっと乳鉢ですり潰し続けて腕も腰もパンパンだよ...。俺たちが今度は患者になりそうだよなぁ。」

「はは、確かに!でも、ギルドが言うにはあと1週間で収束するんだろう?」


街の治療師の人たちみたいだな....。

魔力が足りない治療師は力技で薬を作るしかないもんなぁ。

この世界には、電気が無いのでミル(小さなミキサーみたいなもの)とかない。

人力で地道に作るしかない。


あれ、きついんだよなぁ。

俺も薬学生時代に生薬をガリゴリしたけど力加減が強いと薬が飛んでくし、弱いといつまでも薬ができない。

しかも草の繊維とかが邪魔してなかなかうまく出来ないんだぜ。

量に対しての肉体労働が割に合わないんだよな。

治療師さん、ご愁傷様です....。


「でも、死人がほとんど出なかったのは僥倖だったよなぁ。」

「そうそう、あれだ。なんて言うんだったか?カレードから応援に来た女の子....イダ、イザ....リダリア!

リダリアの持ってた薬のおかげで重傷者も死なずに済んだもんなぁ。」

「そうそう。『あーこりゃ無理だ、助からねぇ』って思った患者が助かったのは奇跡だ。ゲッツウネツ薬?あれはすごかったなぁ。出血死確実の患者の血がみるみる止まったもんな。」


ん?ゲッツウネツ薬?....月痛熱薬?月経痛薬?

カレード?俺の住んでる地区だな。

どんな薬だ?痛みをとって、出血を防ぐ....?


アレックスが色んな薬を想像して自分の中で楽しんでいる(アレックスは化学式や薬のことを考えるのが大好きだ。)と、店の客の一人が外に向かって声をあげた。

「あっ、おーいリダリア〜!!

今お前の話をしてたんだ!

お前も昼か?一緒に食べないかー。」


ちょうど、店の前を小柄な女性が横切ろうとしていたところだった。


「あっ、先生方も昼だったんですね?

私は、夜勤明けなんですよ。帰る前にお昼を食べとこうと思って。

なに食べてるんですか〜??」


女性が店に数歩踏み入れた時、アレックスと目が合った。

すると、リダリアという女性が目を見開いて立ち止まった。


「.....アレックスさん?」


え?俺のこと知ってるの?誰だっけ?


「アレックスさんですよね?なんでここに?カレードのお店は、どうしたんですか!?」

リダリアが、ズンズンと近づいて来た。


「ごめん...。俺とどっかで会ってるんだよな?覚えてないんだ。どんな知り合いだったかな?」

アレックスは、とりあえず謝った。


そして、思い出す努力を試みてるが、今のところ無理そうだ。

アレックスがうーんうーんと唸っていると、リダリアは仕方ないなぁという感じで、フワッと小さな花がこっそりと咲いたような苦笑を浮かべた。


「覚えてないんですか?

しょうがないですねぇ。でも私は思い出して欲しいです!ヒントを言うので、思い出してください。

じゃあ、まずヒントその1。

私の父は大工です。私の職業は、治療院の助手です。患者さんのお世話をします。」


うん、看護師みたいなやつだな。

大工の娘...。

思い出せそうで思い出せない...。

今この瞬間に俺の脳細胞が少し死滅したと思う。


「ヒント2 。月経痛がひどくて、よく解熱鎮痛剤を買いに行くお客です。」


うんうん、なんとなくぼやっと思い出せそうで思い出せない。

また俺の脳細胞が死んだ。


「最後のヒント聞きます? 思い出さないですか? ...そうですか。

......あまりいいものではないんですが....。

1ヶ月前マンチェスタに出稼ぎに来るときにですね。

アレックスさんにしばらく会えないと思って..恥ずかしながら告白して玉砕してます。ははは....」

リダリアは、なんとも言えない顔で目線を逸らして言った。


(!?あっ、あの時の子か!)

アレックスは魚のように口をハクハクさせて、少しの間言葉が出なかった。


「.....。ごめん。思い出したよ。その時、瓶ごと薬を買ってくれた常連さんだよね。久しぶりですね。」


あちゃー、俺なかなか人の顔って覚えられないんだよなぁ。

前世は、病院薬剤師だったから患者が1回入院しても2回か3回会ったら終わりが多くて、しっかり顔と名前覚える前に退院していく。

言い訳になるが、退院後は門前薬局に通院するためほぼ会わなくなるから患者の詳細をすぐに忘れるんだよ...。

よっぽど特徴があれば覚えるんだけど。


「ほんとごめん。

俺、人に対して興味がもともと薄いんだ。

薬や物事に意識が行きがちで....。

リダリアさんだけを忘れてたわけじゃないんだ。」

申し訳なくて、加えて言い訳をする。


リダリアさんは、気にする素振りを全く見せずに屈託のない笑顔で許してくれた。

いい子だ。


「ふふ、気にしないでください。

私ってすごく美人でもないですし、印象に残りづらいですよね。

告白も、そんなに重いものじゃなかったので大丈夫ですよ。

結婚適齢期が近づいて、なんとなく患者さんに優しく接するアレックスさんが気になっていただけなんで!」

ぶんぶんと手を顔の前で交差させて、恥ずかしそうに笑った。


「あっ、でも申し訳ないと思ってるなら、解熱鎮痛剤の補充をお願いしてもいいですか?

私の常備薬を、患者さんに使ってしまって残りが少ないんです。

次の月のものの分が足りなさそうで、困ってたんです。今ありますか?」

と、アレックスに罪悪感を抱かせないように精一杯笑みを浮かべ、ニコリと笑った。


「うん、お安い御用だよ。料金は、お詫びとして無料にしとくね。」


アレックスは、薬瓶にアスピリンを詰めて渡した。

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