第17話 造血剤
「いらっしゃいませ〜。空いてる席に適当に座ってくださーい。」
元気なお姉さんが手にエールを6つも持ちながら、軽快に動き回っていた。
俺は、ちょうど店のはじが空いているのを確認してそこに座る。
すぐさま、別の恰幅のいいお姉さんがメニューを持ってきた。
「はいよ〜。この店ははじめてかい?
今日のおすすめは、オックステイルの煮込みだよ。寒いから、あったかいものがいいだろう?トマトとガーリックが効いて美味しいよ!
それに合わせて胡桃ぱんはどうだい。お腹に溜まるよ。
後は、メニューに書いてあるから。
とりあえずエールでいいかい?」
「じゃあ、エールとすぐ出せるものを一つ。あと、エールに合う揚げ物を1人前。
エールが飲み終わったら、煮込みを頼みます。あと、テイクアウトできる冷めても美味しいものがあればお願いします。」
寝ているネフィの分も忘れずに購入する。
「あいよ〜。」
すぐさま別の店員が、エールとお通しを、俺が注文を言い終えると同時に持ってきてくれた。
はやっ!
店員の質も良いし料理の提供までの時間も短くて、当たりの店だな。
見渡すと、広い店内にポツポツと空席が見えるが、団体客はもう入れないくらいの盛況ぶり。
あちらこちらから、冒険者や近隣のおじさんの笑い声や怒鳴り声が上がっている。
賑やかすぎるくらいの店だった。
エールをごくごくと飲む。
く〜っ、寒くてもキンキンに冷えたエールは最高だ!
前世では、いつ電話がかかってきても出勤できるようにノンアルコールビールしか飲めなかった...。
こうやって、気兼ねなくお酒を飲めるって幸せだな〜。
幸せを噛み締めていると、どかっと目の前に揚げ物の山が置かれた。多っ!
だが、たくさん働いた俺の胃袋には、問題ない。少しずつ食べていく。
半分くらい食べた頃、隣の冒険者たちから声をかけられた。
「にいちゃん、一人〜?」
男だらけの6人組、かなり出来上がってる状態だ。
適当に相手をするか。
「はい、連れが疲れて寝ちゃってるので一人です。」
人受けが良さそうなよそいきの笑顔で答える。
「ふーん、じゃあ寂しいな。俺たちと話そうぜ!俺の名前は、ハイドだ。横にいるのが※※※で前にいるのが※※で(以下略)だ。
にいちゃんは?」
勝手に自己紹介されたので、俺もアレクだと名乗る。
「アレクか〜。よろしくな。
アレクは何しに来たんだ?見たところ商人って感じでもないし、冒険者って雰囲気もないな。ローブは魔法使いっぽいけど。」
ハイドが俺の肩にのしかかりながら聞いてきた。
重いし、馴れ馴れしいな。酔っ払いめ。
笑顔のまま、肩をぐるっと回してハイドを無言でどかす。
「俺は、一応冒険者です。昨日冒険者登録をしました。
普段は、ヴァンキュレイト領のカレードで薬師をしてます。」
「薬師ぃ?治療師とは違うのか?」
「はい。錬金術と魔術を融合して薬を作ってます。俺のオリジナルなので薬師と名乗ってます。」
「ほぉ〜。なんかわからんが、凄そうだな。
錬金術と魔術を使うってだけでもすごいしな。
なぁ、俺たちのパーティに入らないか?」
周りの男どもも、入れ入れと同意する。
「あー、俺は冒険者として生計をたてる予定が無いので、すいません。誘ってくれてありがとうございます。」
俺は、角がたたないようにやんわりと断る。
酔っ払いには、優しく対応しないと5割の確率で揉める。
さらに冒険者は気性が荒いので8割方揉める。
触らぬ神に祟りなしだ。
しょうがねーなっとハイドは機嫌を損ねずに諦めてくれた。
そして、俺たちが倒したアイスゴリラの話題になった。
「そうだ。知ってるか?アイスゴリラが討伐されたんだってよ。それも2体!
だから明日からは山を降りてくる魔物を狩る仕事が減るんじゃないかって。
1週間は後処理で高額報酬で魔物を引き取ってくれるらしい。
その後は、新たなアイスゴリラが確認されなきゃ通常に戻るんだってよ。
だから、俺たちはあと1週間はこの街に滞在する予定だ。
安全性が増して、報酬が高いなんて、めでてぇことだよなぁ!」
ハイドたちは、あははははと豪快に笑いながらエールを飲む。
俺は対照的に乾いた笑いで、相槌をうった。
「そ〜なんですね〜。知らなかったなぁ〜。」
(俺たちが討伐したから当然知ってる。
だが、ここで俺が討伐したなんて言ったら、もっと絡まれるだろうし。知らないって言っておこう。
報酬うんぬんの話は知らなかったから、完全に嘘ではないしな。)
カランカラーン
「いらっしゃいませ〜。空いてる席に座ってくださーい。」
新しい客が入ってきたようだ。
そっちに目線をやると、本日3度目の邂逅。
ゴンザレスだ。
ムキムキのオッサンと俺に何かフラグが立ってるのか?
会いすぎだ。むさ苦しい.....。
「女将さーん、この皿に肉とか卵の料理入れてくれ〜。
ジェニーが、ベッドで伏せってるんだ。持っていく。」
ゴンザレスが厨房に向かって大声をかける。
女将さんと呼ばれた肝っ玉母ちゃんみたいな女性が出てきた。
「ジェニーが伏せってって。風邪かい?
ならパン粥の方がいいんじゃないのかい?」と心配した。
「いや、風邪じゃねぇ。
...今日の仕事で、怪我をした。血が足りなくて真っ白い顔してる。
...安静にして血になる食材を食うのがいいそうだ。助けてもらった薬師に肉と卵がいいって教えてもらった。」
ゴンザレスは、ちょっと落ち込んでいるようだ。
「へぇ〜、そいつは心配だ!
それにしても食べ物にも色々あるんだねぇ。知らなかったよ。どんなのがいいかねぇ。」とゴンザレスと女将さんがうんうん唸る。
すると、ハイドが大声で話しかけてきた。
「おい、アレク!お前以外にも薬師っているのかぁ?」
ちょっと、待て待て。でかい声で話しかけるな。俺に注目が集まっただろう!?
酔っ払いは、まじ害虫だなっ!
ゴンザレスと目が合った。
「あーっ!!アレックス!
また会えたな。今日は本当にありがとう、感謝してもしきれねぇ!!」
むさい男がズンズン近づいてきて、ギューっと手を握ってくる。
やめろ、目立つ!
そして何度も手を握るなっ。
麗しいお姉さんなら大歓迎だが、お前は違う!
何かの罰ゲームか....。
「もういいよ。お礼は聞き飽きるぐらい聞いた。ジェニーさんが待ってるんだろう?」
俺はメニュー表をざっと見て女将さんに注文する。
「あー、このメニューの中ならホワイトシチューが牛乳使ってるからいいんじゃないかな?後は、レバー焼きがいいと思います。
あと、メニューにはないけどゆで卵を作ってあげてシチューに入れてあげてください。」
「はぁ、アレックスは料理も詳しいのか。魔術も薬も作れてすごいなぁ。」
ゴンザレスは、割れた顎に手を添えてふむふむと勝手に尊敬の念を送ってくる。
おっさんの尊敬、ノットプライスレス.....。
「逆に何かできないことはあるのか?」とゴンザレスがおもむろに聞いてきた。
「剣が使えない。剣術とか武器の類は一切使えない。」
俺は即座にきっぱり答えた。
「魔剣士なのに?」
にやにやと笑いながら突っ込まれた。
ほっとけよ!全く、俺が一番困惑してるぜ....。
「素材採集や処理でナイフは使うけどな、武器はてんで駄目だ。」
軽く肩をすくめて苦笑いをする。
「ジェニーさんは、どんな感じ?
起き上がるのも無理そう?
さっき月桂樹店に俺も行ったが、造血剤を買ってきたらどうだ?」
「ジェニーは支えてやれば、上半身を持ち上げれる。だがそれでもふらふらだ。
月桂樹のあれ、ものすごく苦いだろう?
ふらふらしている状態じゃ飲めない。もう少し良くなったら飲めるかなぁ。」
なるほど、錬金術師の造血剤は苦いのか。
うーん、俺が作ってもいいけど。
諸刃の剣なんだよな。
俺の造血薬って、毒にも薬にもなるんだよ....。
造血剤の威力がすごくて飲む量間違えると、血液が増えすぎて血圧が急上昇してしまう。
だから、意図せず暗殺ができる。
いわゆる自然にみえる脳卒中の状態を作れるのだ。
だから、俺の薬は患者にその場で少量のんでもらうことにしてる。
万が一があっても、魔術で治療ができるからだ。
前世では、そんなこと起きなかったんだがなぁ。
前世の造血剤は、ただの鉄剤だから血圧も上がらなくてかなり安心安全。
普通に、2週間分とか投薬してた。
それでも過剰摂取すると副作用が出る。
常人では飲めないくらいの量を服用すると、胃粘膜の損傷によって逆に血圧低下やショックが起きる。
だからまず危険がないものだった。
しかし、何故か俺の魔力が合わさると、血液そのものが急激に増えてしまう。
これは俺がラットで実験した結果なんだが....。
適量がわかんないから最初にラットに飲ませたら...うん。
昇天されました。すまない、ラットよ...。
次にお腹を掻っ捌いて、心臓の動きを見ながら投与したら、急に心臓がパンパンになって驚いた....。
あれは、びびった。
なんて恐ろしい薬を作ってしまったと思ったものだ。
ちなみにラットの解剖は、薬学生には必須項目である。
血が苦手な薬学生は、失神する...。
俺の時も、男が一人失神した。毎年あるあるらしい。
「あー、俺でよければ造血剤を作ってもいいぞ。今飲む分だけでよければって条件だけどな。
ただし、ジェニーさんが絶対飲むこと。
他の人が飲んだら最悪死ぬから。
シチューに1回分を入れてやれるけどどうする?」
真剣な顔で念を押しながら、ゴンザレスにコンプライアンスを確認する。
ゴンザレスは少し迷ったが、飲ませることにしたようだ。
「頼みたい。意識はあるが、まるで死んでるような状態で心配なんだ!」
あっ、結構重症だったみたいだ。
最初に言えよ...。
レバー食えるかな?最悪シチューだけ飲めればいいか。
「じゃあ、今から作るぞ。」
造血剤は、俺の店でも危ないのでその場で飲んでもらってる。
月のものが重い女性や、妊娠中の貧血などによく作る。
食べ物の鉄は吸収されにくいので、貧血には吸収しやすい鉄剤が不可欠だ。
鉄は、血液を作るのに重要なヘモグロビンの材料になる。
俺の造血剤は、術後によくお世話になる鉄剤:フェロミアの化学式で作る。
製造工程がわからないから、いきなり化学式で作るが俺の薬は強力すぎるからちょうどいい。
生成の魔法陣に、魔力で化学式を描く。
2価鉄に4ナトリウムイオンに、クエン酸2個で....。
『クエン酸第一鉄ナトリウム C12H10FeNa4O14生合成。....結晶化。』
机の上に粉末が降り積もって小さな山になった。
その一番上の綺麗なところをさじ1杯とってシチューに入れる。
残りは危ないので、すぐに消し炭にする。
『燃焼カンバッション』
ぼっと燃え上がり、余った薬の山が一瞬で消し炭になった。
「うわぁ、もったいねぇ!それ残しといたら、明日以降も飲ませられるじゃねぇか!!」
ゴンザレスから非難が飛んできた。
隣のハイド達は、薬を作ってる時も驚いていたが、いきなり燃やしたことで更に驚いて今にも目が溢れそうだ。
「ダメだ!この薬は強いから、俺の目の前で患者の様子を見ながら投与する必要がある。
今回はジェニーさんの怪我の直後を偶々見てるから特別だ。
明日以降にも欲しければ、俺が直接様子を見てその場で飲んでもらう。
だが、明日にはこの街を立つから無理だな。後は月桂樹の店を頼れ。」
月桂樹の造血剤は、安全らしい。
きっと前世の鉄剤みたいなもんだろう。
ゴンザレスは、しぶしぶ納得してシチューを持って飯屋を後にした。
さらばだ、ゴンザレス....。
俺も、なんか周りに奇異の目で見られてる気がして、残った飯をかき込んで店を後にした。
さぁ、今日はよく寝て、元気にカレードに帰ろう!
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