第16話 月桂樹店
ようやく宿に戻ると、すでにネフィは爆睡中だった。
よっぽど魔力切れが近かったのか、微動だにせずに泥のように眠っている。
「ふぅ〜、疲れたー!」
風呂に入ってさっぱりして、俺はようやくひと心地がついた。
お腹が減ったから、街に繰り出そう。
ネフィは、起きなさそうだし一人で行くことにした。
いらっしゃいませ〜と、街のあちこちから声が聞こえてくる。ちょうど夕方で飯屋もかき入れどきだ。
店の前には、各々の店の名物が木札に書かれている。冒険者たちは、そこで往々に立ち止まってどの店に入るか吟味中だ。
どこもいい匂いがして食欲を誘う。
だが俺は、繁盛している通りとは反対の方に足を向けた。
通りを1つ入った裏路地に目的の店があることが多いのだ。
この街にもきっとあるはず。
裏路地に入り、斜め上を見ながら進む。
月桂樹の冠を模した看板を探す為だ。
日の光を避ける商品が多いので、地下にある店がほとんどで初見では分かりずらい。
しかも、変わり者の店主が多いので店構えも全く違う。
共通するのが、月桂樹の看板しかないと言っても過言ではない。
完全に日が落ちる前に探したかった。看板が見えなくなったら見つけられない。
だから俺はご飯を我慢して探し歩いたのだ。
あった。月桂樹だ。
一見すると入り口がないように見えるが、1階部分をよくみると漆喰の壁と少し材質が違う壁の部分があった。
そっと押してみると、ギーッと壁が動く。
案の定隠し扉だった。
商売する気があるのか?
下に伸びる石の階段を覗き込む。
ところどころ魔石の明かりが置いてあり踏み外すことはなさそうだ。
トントントントン....。
下まで降りて、目の前の木の扉を叩く。
「開いてるよ〜。」
中から女性と思われる人の声がした。
ガチャリと扉を開けると、草の青くさい匂いと花のむわっとむせかえるような甘い匂いと消毒液の匂いに包まれた。
「いらっしゃい。何が欲しい?」
薄汚れたローブを羽織った妙齢の女の人が奥から顔を出した。ニコニコ人好きそうな笑顔である。
「こんばんは。薬を買いに来ました。魔力を回復する薬が欲しいです。」
そう、ここは錬金術師と治療師の薬を扱う店である。
今までは、化学式で大体のものを作れたから必要に感じず足を踏み入れたことがなかった店だ。
俺にはファンタジーの薬が作れない欠点がある。
いわゆる体力回復薬・毒消し薬などだ。
俺の魔術でゴリ押しをすればどんな状態異常も対応できていたので問題ないと思っていたが、今回のネフィの魔力切れには対応出来なかった。
無念だ...。
魔力の譲渡ができればよかったが、そんな術式はない。
ギルドマスターとの会話で魔力回復薬の話題が出たので、魔術師には比較的ポピュラーな持参薬ということがわかった。
魔力が高かったから、俺たちは魔術師の常識からズレてたみたいだ。
初歩的な装備がなかった。
今回みたいにネフィが回復役になることは滅多にないと思うが、今後は魔力回復薬が必要になるかもしれないって、ちょっと感じた。
何はともあれ今の状態のネフィにちょうどいいから、明日起きたら差し入れしようと思ってる。
どのくらい効くのかネフィで実験をしようと思ってるのは秘密だ。
バレたら鞭が飛んでくる...。
こわい、こわい。
店主によると魔力回復薬にも種類がたくさんあるらしい。
「まずね、魔力回復薬は作り手によって値段が変わる。うちは3人の錬金術師から卸してもらってる。ここにシールが貼ってあるだろう?
青の月のシールの錬金術師は、神経質な作り方をするから品質がブレない。安心なやつだね。
赤の月のシールの奴は、魔力が多いから回復がしやすい。だが、大雑把でね。品質がブレる。特級を買ったつもりが上級の効果しか出なかったとかね。
緑の月のシールの奴は、そこそこの品質で手が出やすい値段だね。どれにする?」
と聞いてきた。
赤か青だな。
お金はあるから、値段は気にならない。検証実験をするなら、青かな。
「青の錬金術師は、他の町の月桂樹店と比べてどうですか?」
この町だけの基準で効果を確かめると、今後が困ると思っての質問だ。
「青の錬金術師の薬の等級は、他の街でも変わらない筈だ。
....最初に持ち込んだ時に鑑定書を見てるしね。信頼は置けるんじゃないかなぁ。....うん。
うちは、細々と商いをしてる店だから鑑定水晶がないんだ。買うお金がなくてね。
鑑定水晶がある店なら等級を調べて売ってるから安心して買うことができると思うが、その分値段は高くなるかな。一長一短だね。
鑑定が出来ないぶん、うちの店では錬金術師と顧客の話によって効果を調査したうえで値段を決めている。
ぼったくりや粗悪品はけっして売らないのは断言できるよ。」
青の錬金術師の話がはっきりしないな。しどろもどろだ。
最初は品質がブレないって明言してしたのになぁ。
人柄が、あまり良くないのか?
「ちなみにこの街で鑑定水晶がある月桂樹店はありますか?」
「小さな街だから、ないね。うちの他に1店くらいしか薬を扱ってるとこはないし、そこにも水晶はない。」
ならば、不利益な情報も教えてくれたこの店主を信頼するべきだろう。
店の中の商品を見渡す。
埃もないし、商品も整然と並んでるし信用ができそうだ。
見たところ、薬草の処理なども完璧な店だ。
マンゴーシュの根の乾燥も、完璧に水分が抜けているにもかかわらず中身がたっぷりしている。この処理は意外にめんどくさくて手がかかる。
一気に乾燥させると、中身がすかすかになる為、長い時間低温で乾燥させる。
その作業はいっさい日にあてずに処理をしなければならないのだ。
まず錬金術を極めていなければできないだろう。
だから、この質問をすれば全てがわかる。
「あなたが、この辺の薬草の処理をしているのですか?」
店主は、ニヤリと笑って肯定した。
「薬草の処理は、私がしているよ。完成された薬や薬草自体はいろんな人から仕入れてるけどね。」
この几帳面な陳列、薬草の的確な処理を考察する。
この店主が青の錬金術師だろう。
「月の水、太陽の涙、ライチの種子、魔獣の魔石、青虹の苔などの採取、処理もできるのですか?」
全て魔力回復薬に必要なものだ。
錬金術師じゃなければ処理できないものも含まれてる。
俺には錬金術師の師匠がいないので、まず月の水の処理ができない。太陽の涙にも門外不出の魔法陣があるので、俺には処理できない。
例え知ってても、よく晴れた日に気まぐれに降る天気雨を採取するのも難しい。
難易度が高い材料である。
この辺りで魔力回復薬を自力で作るのを諦めた俺。
時間もなければ、それを採取するための労力を生産することもできないと思う。
誰かに師事すればいいんだが、いかんせん錬金術師はブラック企業も真っ青な過酷さ。
初めから俺には、無理だ。
前世で過労で死んだ身としては、好き好んでハード人生にはなりたくない。
「詳しいね、青年。錬金術を嗜んでるんだね。
私は採取も処理もどっちもできるよ。
でも、暇じゃないから、魔石と苔は冒険者にとってきてもらうがね。
他は自分で取りに行く。
青年なら意味がわかるだろう?」
「あなたが青の錬金術師ですね?」
俺は確信を持って聞いてみる。
「どうかなぁ。錬金術師ではあるけどね。」と明言を避けられた。
秘密にしたいみたいだ。まぁ、いいや。この街にまた来るかもわからないし。
「では、青の特級魔力回復薬を2つお願いします。」
すぐに飲む用と常備用だ。
「あと、月の水を20本ください。」
エド様印軟膏のためだ。
カリナさんのところも家から遠いので、ここで揃えておこう。
「またのご利用を〜。」
店主に笑顔で見送られた。
よし、ようやく飯屋だ。何食べようかな〜。
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