第45話 悪役令嬢の邂逅

「レイノルドお兄様……!?」


ホールとテラスの空間を分けるために垂れているカーテンが揺れる度に、キラキラと漏れる光がレイノルドお兄様の金の髪を輝かせる。その瞳は王族特有の青い瞳にやや緑が含まれている。


突如現れたレイノルドお兄様はいたずらっ子のように笑んでいた。

呆気にとられる私の方へ、そのままずいと距離を縮めると私の髪を一房持ち上げそれを巻き取るように長い指を絡ませた。


「久しぶりだね、ローズ。良い子にしてた?」


私を悠然と見下ろす顔や声は記憶より成長しており、ますますリチャード様そっくりになっていた。

違うのは髪型、瞳や表情、口調だろうか。取り澄まして立っていたならば、一瞬見間違えてしまうことだろう。


何年振りかの再会だというのに、レイノルドお兄様は相変わらずだ。

口元は友好的な笑みを湛えているのに、瞳は獲物を狙う狼のように鋭い。獲物となった私の隙を探し、突き、崩してしまおうとしているように感じる。

なぜだかレイノルドお兄様はいつも”この瞳”で私を見てくるのだ。


「──人の婚約者に触ってはいけないよ」


リチャード様の声がピンッと張られていた緊張の糸を解いた。

張り詰めた糸が緩むように、体の力が抜けたと同時にリチャード様の腕に引き寄せられ、体が後ろに倒れる。

いつの間にか真後ろにいたリチャード様の腕の中へと捕まった。


ひぇ……っちちち近いですわ!!

ダンスの距離とはまた異なる距離に、また私の心臓はギュインと捕まれたように高鳴った。

このままでは私の心臓が弾けるか、私の身体が弾けて星になってしまいますわ。


レイノルドお兄様は、"あの瞳"をスッと消すと「ローズが婚約者、ねぇ」と、意味深なことを言いながら弄んでいた髪を私の耳にかけ戻した。……戻すだけなのに、耳を撫でられたわ。


しかし、いくらレイノルドお兄様がリチャード様と同じ顔をした美形だとしても。

リチャード様とはまた一味違う王子様系統の美形に耳を撫でられても。

私の心音に変化は無かった。スンッ、である。ついでに本体である私もスンッ、である。


──さすがはリチャード様ですわ。

実は『やはり好みのお顔に惹かれているだけなのでは?』と心配になっておりました。

だってわたくしは、あの甘酸っぱい初恋事件が原因なのか、なぜだか”王子様系統美形”に弱いの。


しかし、レイノルドお兄様の登場で確信しました。

やはり、わたくしの心……いえ、魂はリチャード様という存在に導かれ惹かれ共鳴し、燃え! 震えているのだわ!

さすがカリスマ・リチャード様。私の師匠はお顔だけではないのである。うんうん。


リチャード様の威を借りるわけではありませんが、わたくしに気安く触れないでくださる!? とばかりにリチャード様の腕の中からキッと睨んだら、レイノルドお兄様は一つ頷き軽くウインクを返してきた。


何もウインクを受ける覚えはないのだが、お腹に回っているリチャード様の腕の力が強くなった。


ぐっ……! 違いますリチャード様! あれは挑発ですわ! 罠ですわ! お、お腹が!

今度こそ物理的に弾けて星になってしまいますわ!


私がいたぶられる様子が愉快だったのか、レイノルドお兄様はカラカラと快活に笑った。

あいかわらず、人に意地悪をするのがお好きなようだ。


この、リチャード様と婚約者であるわたくしの特別な時間に乱入して来た”レイノルドお兄様”とは、我がリベラティオ国の第二王子である。

また、リチャード様の双子の弟である。


さすが双子なだけあり、姿形はとてもよく似ている……が!!


(今は魔王様のようなオーラが駄々洩れですが)何と言っても心優しく頼りになり、清廉・誠実・真摯なリチャード様に対し!

レイノルドお兄様は昔から、私たち年下組(リヒト様、ベン様、ノア様そしてわたくし)の上に暴君として君臨していたのである。


今でもこうして対峙するだけで、私の心の中の長毛種の猫ちゃんはシャーッと逆毛が立っている。たとえ話である。

ちなみに、『ローズの大好きな~』とおっしゃっていましたが『ローズの宿敵の~』が正解だ。認識に誤りがある。不思議でならない。


そのレイノルドお兄様は、リチャード様が学園に入学される同時期に他国の学園へと留学されたのだった。

卒業後はそのまま留学先の公国に婿入りする予定だったのだが、情勢が変わり卒業と同時に帰国となると聞いていた。


「レイノルド……遅刻した上に邪魔をするとは、留学先で何を学んできたんだ?」

「少なくとも、子どもに迫るような振舞いは学んでないかな」


リチャード様の苦言を浴びてもレイノルドお兄様はにこやかである。

口調はお互い穏やかなのに、変な緊張感があるわ。それにしても子どもとは……


「相変わらずだね、まったく。ローズは子どもではないよ。婚約者だ」


ハッ。子どもとは私のことだったのね。

全く気付かなかったわ。念のために言っておくけれど、わたくしローズ・アディールは17歳になり妖艶さは天井知らずよ。もう子どもではありません!

まあでも口をはさんで良い空気ではないので今はおとなしくしておくわ!


「今は、だろう」

「……戻って早々、穏やかじゃないね。もしかしてレイノルドが連れて帰ってきた女性に何か関係あるのかな?」


見えない剣で斬り合うような緊張感の中、ぶわりと風が髪を揺らした。


───これは困ったわ。


わたくしの頭上で何か聞いてはいけないような話が始まってしまったわ。

お腹に回ったリチャード様の腕も外れる様子がありません。


「さすがはリチャード。耳が早いね」


レイノルドお兄様のミントブルーの瞳が光った。


「うちの部下は有能だからね」


頭上でやり取りされる絶対零度の声に、威を借りているはずの私もひやっとしてしまう。

こ、こわくてリチャード様の方を見ることが出来ないわ!


「……でも、その女性が何者かまでは掴めてないんだろう?」

「教えてくれるのか? さすが、私のかわいい弟だ」


つ、積もるお話もあるでしょうし

わたくしをお部屋に帰してください! 助けてー! スコッティー!


レイノルドお兄様が一歩、二歩と近づいてくる。

主役である王太子殿下の白い礼服と対比するような黒い礼服が近づいてくる。


レイノルドお兄様は声を低くひそめるように、リチャード様に囁いた。


「はは。親愛なる"お兄様"には特別に教えてあげるよ。『聖女』を連れてきた。まだ内緒だよ」


お二人とも、わたくしの存在を忘れていらっしゃるのかしら。

内緒のお話を聞いてしまったわ。

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