第40話 【閑話】悪役令嬢の兄は心配性 3

「死を選ばせる?!」


つい、声を荒げてしまった。

それもしょうがないだろう。


今はリチャードと側近仲間二人、そしてその弟二人と我が妹ローズで内密の作戦会議をしている。


最初は親友の弟でもあり、我が妹ローズの婚約者であるリヒトが行う「断罪」について話していた。

いや、断罪…というか宣伝の演目…というのだろうか。


ローズはリチャードが先日開催を決めた、舞踏会の余興にあわせて

リヒトとソーニャ嬢、そして男爵が絡む本件をまとめて片付けようとしている。


リヒトから聞いた男爵の描いた筋書きでは

『第三王子は現在の婚約を破棄し、新しく男爵家の娘と婚約を結びなおす。その既成事実として、今回の舞踏会を利用する』というものだった。


確かに、舞踏会という公衆の面前で婚約破棄とあわせて大声で断罪されてしまえば、事実はどうであれ無傷では済まないだろう。


我が家は侯爵家で向こうは男爵家。通常通りなら相手にもならないが、表面的にはリヒトが主導したと見える…また厄介だ。


おそらく、男爵家の本当の狙いに関わっていないまでも、我が侯爵家の足を引っ張りたい家もこの機に付け込んでくるだろう。



ローズはこの機会を利用し、我が侯爵家の黒い噂を払拭するため”断罪”を決行するらしい。


「噂の的である第三王子と婚約者であるはずの侯爵令嬢、そして男爵令嬢が舞台の中央で繰り広げる愛憎劇。しかも、内容は実は皆さまが耳にしていた黒い噂。そして、他人の不幸。皆さま、絶対に聞きたがりますわ。


舞台へ注目を集め、新製品の紹介と宣伝。それをするだけで、ただ無実を訴えるよりはるかに早く広く黒い噂なんて払拭できますわ」


そう、トロリと小首を傾げた妹の表情は…少しリチャードに似てきた。

これをローズに指摘すれば「師匠にまた一歩、近づいてしまいましたわ…」なんて頬を染め言うだろう。


その断罪の狙いはそれだけではない。

ローズいわく、舞踏会でリヒトがローズを「断罪」するシーンを餌に男爵をおびき寄せる。


不在になった屋敷に騎士団を向かわせ、内部を調べ証拠を確保する。


断罪シーンに必要不可欠な役どころであるソーニャ嬢を自然に男爵から取り返す目的も叶う。



…よし、断罪の件は理解した。

ローズはすでに他にも役者として隣国の貴族であるバーナード・ベラータ殿、そしてデニスにも話を通したらしい。


さすがはローズ。お兄ちゃんに似て仕事が早いぞ。

しかし、この会議前に役者を手配するなんて、やり方が強引だな。そこは父上か…母さんか…



いやいや、まだ話の途中だった。

猫のような目を爛々と光らせ、リヒトに『死を選ばせる』と言った妹ローズに向き直る。

とりあえず落ち着いて話を聞こう…


「なぜそんなに回りくどいことをするんだ?」


ローズの大好きな優しい兄である俺は、努めて優しくローズに問いかけた。


「リヒト様にご自身のしでかしたことの結果をお見せするためですわ」


ローズは至極真面目な顔で両手の握りこぶしを上げたり下げたりしている。

きっと、ローズの頭の中でリヒトにパンチでも食らわせているのだろう。

人のことを叩いたこともないような白い柔らかそうな拳が鈍い速度で動く。


その拳を、いとも簡単にリチャードに掴まれてしまい、離せともがいている姿がイラズラが見つかった猫のように愛らしい。


やっと手を取り戻したローズは何事も無かったかのように、スッと佇まいを戻す。

いや、この部屋にいる全員が見ていたぞ。


「リヒト様は視野が狭くなり、ソーニャ様のことしか見ておりません。

その行動が、そのソーニャ様を死に近づけているというのに。


このままリヒト様がこちらに相談なさらなかったら、もっと…大事だったのです。行く先は戦争ですわ。


リヒト様自身が死を体感するのが先か、愛する人の死を見届けるのが先になるかわかりませんが、その工程を経てからで無いとわたくしは認めません」


自分の意見が採用されるまで動かないぞ!と言うように今度はツーン!と顔を背けてしまった。そんな顔をしてもうちの妹はやっぱりかわい…いや、まてまて。


「いや、認めないと言ったって」


「そもそも甘くないか?ソーニャ嬢は脅されていようが、やっていることは重罪だ。それにリヒト本人は隣国や男爵の思惑を知らなかったにしろ、それも本来なら死を賜ってもおかしくないだろう。それを平民…としてでも生かしておくのか?後々の揉め事の種になるぞ」


トーマスは厳しい顔つきで口を開いた。

普段この男はこんなに口数が多くない。自分の考えを相手に悟られるのを防ぐためだ。

そんな男が、ローズの前でこんなに口を動かすとは。ローズと意思疎通し、齟齬を防ごうとしている。今後のために。


「やり辛いのでしたら……家のツテを使いますが」


ミハエルの家…ザーロモン侯爵家は、代々国教を支えてきた家系だが王家と影を繋ぐ窓口でもある。

この秘密をローズの前で話すということは。ミハエルはローズを"認めた"ということだろう。



「いいえ。これは優しさからではありません」


ローズの、さも愉快だというような声に

少しざわついていた場が一転、ピンッと張り詰めた空気になる。


「死で償うなど、おかしなことを」


ローズの隣で黙って場を静観していたリチャードの片眉が上がる。


「残されたものは生きている限り、その痛みを感じ続けるのです。

黄泉の国で反省し後悔するのもよろしいですが、わたくしは現世での罪は現世で、ご自身で償って頂きたいわ」


そう笑んだローズの笑みを見て、以前ローズが言っていた『史上最高の悪役令嬢になるための訓練』の結果はここで来るのかとストンと胸に落ちた。


「生かすことで、本人は反省…すると?」


リチャードが口端を上げ、ローズの髪を一房持ち上げる。


「一度、死と結果を体感いただいた方が…ただ幽閉するより反省するきっかけにはなると…」


その髪がクルクルとリチャードの指に巻かれ遊ばれる様子につられるように、ローズの視線もそこへ誘われる。


「リヒト様は…来世では画家になりたいそうです」


「それは…なればいいと思うが…」


俺も、なぜかそのリチャードの指で遊ばれる髪から目を離すことが出来なかった。


「そうです。なりたいのなら、なればよろしいのです。

その画家の夢も王子であろうと叶えられるはずですのに、リヒト様の中では王子のままだと思うように出来ないことに位置付けられているのです。


平民の画家…というか、労働階級の民の生活は私たちが想像するより過酷なものですわ。


貴族の家ならば使用人が全て行っていたものも自らの手で行い、己が稼いだ賃金で生活するのです。怪我や病気で働けなくなった者は収入が途絶えるのです。わたくしはこれを…恥ずかしながら、ガラス職人のところへ足を運ぶようになるまで…自身の目で見るまで…本当の意味では理解していなかったのですわ」


視線を落とし、自分を恥じるローズの顔を見て…俺は妹の成長を感じていた。

ローズのような貴族の令嬢が貴族街へ下りたり、慰問などで教会へ行っただけでは知り得なかったことだろう。


ローズはそれを知ることで、自分の世界を見る視点を増やしたのだ。


「話しがそれてしまいましたわ。

リヒト様は…平民になって画家になることを夢見ていらっしゃいますが、平民で悠長に絵を描いていられるのは稀です。貴族がパトロンについている画家ぐらいでしょう。


リヒト様はキャンバスや絵の具の値段もご存知ないのだわ。それを誰が用意しているのかも」


リチャードも、トーマスもミハエルも。ベン、ノアも。

全員がローズの話に耳を傾けていた。


「きっと、鳥籠から出た開放感に喜ぶでしょう。出た瞬間は。しかし、籠の外は自由だからこそ…自分次第なのです」


うつむいていたローズの顔が上がった。


「なんて。わたくしも所詮、籠の鳥。生意気なことを申し上げましたわ」


その表情は、すっきりと晴れていた。



「頼られたら援助でもするのかな?」


リチャードがからかうようにローズの髪で遊ぶ指の動きを再開した。


「ふふふ、腕の良い画家でしたら…。ご自身の生活を建て直し、画家として腕を上げることが出来たのなら……考えなくもないですわ」


ローズの視線がリチャードへと戻ったのを確認し、リチャードは指に巻き付けた髪へキスを落とした。


なんてキザな仕草だ。

こんなの通用するのは……ローズだ。ローズには効いているようだ。


「ローズは芸術にうるさいからね」


「良いものは良いと評価されるべきですわ!」


一気に二人の空間になってしまった。側近たちは目くばせし合い存在感を消す。

俺たちは家具だ。


「ローズは趣きのある絵を描くよね?」


おや?


「まぁっ。ご覧になられたのですか?」


おやおや?

この流れは…


「ああ。昔、ライオンの絵を描いてくれたね。大切に保管しているよ」


あっっっ!!

リチャード!!違うんだ!それは!!


「昔……リチャード様に差し上げたのは猫の絵ですわ……」


先ほどまで桃色に染まり、瞳を輝かせていたローズの雰囲気がスッと戻る。というか落ちた。

これは内心、しょんぼりしているときのローズだ!


リチャード含む、存在感を消していた俺たちもピキンと固まった。


「……猫」


一瞬、リチャードに視線を送られたが、そこはしっかりと見返しておく。

あれは猫です。ローズが描く四足のものは大体、猫です。


ローズは大体何でも出来る子なのだが、絵だけは…個性的…なのだ。


リチャードは音も無く立ち上がると、流れるようにローズの前で軽く膝を折った。

手を優しく差し出すと、ローズも自然にその手に己の手を重ねた。


ローズの指に軽くキスを落とし、王道の王子顔で見上げる。


「……なかなか趣きのある猫だったね。私はローズの描く絵を好ましいと思うよ」


その王子様風仕草は、昔からローズのお気に入りだ。ここで使うとは。

まぁ…致し方あるまい…!


みるみるうちに、ローズの顔が染まっていく。


もう瞳は夢見るように光り始めている。


ここまで来ればもう安心だ。


静かに固まっていた俺たちも、緊張を解きゆっくりと目を見合わせる。




お兄ちゃんの心配は尽きない…




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