第41話 悪役令嬢の終幕 1

静かな裏庭で一人と一匹。


やっと訪れた静寂に心を休める。


学園の生徒を中心に招待した、あの舞踏会の後から『傷心中の王太子殿下のハートを射止めたのは、まさかの弟王子の婚約者!?泥沼三角関係!?』というような噂から『政略結婚に翻弄された二人の運命がついに結ばれた』というようなファンシーなものまで、大騒ぎのお祭り状態だった。


狙ったわけではないが、同時に我が領のシャンデリアやピオニール商会の名前も売れたことは良かった。


シャンデリアが売れれば、職人の賃金アップ!やる気もアップ!

輝く職人たちを見た職人たちが釣られ、より集まる腕に自信のある者たちの群れ!笑いが止まらないわ!


「ふふふ。スコちゃんもご機嫌ね?」


喉をコショコショとなでると、目を細めされるがままのスコちゃんは今日もかわいい。

かわいい泉が噴き出し動物たちが集まり、生命が芽吹いてしまうほどかわいい。


その、かわいい泉の精霊スコちゃんとわたくしの癒しタイムを邪魔する者の気配を敏感に察知する。


触っていませんよ、というようにソロリと手を外し

背筋を伸ばし立ち上がる。


「これはこれは"稀代の悪女ローズ"の浮気現場に遭遇してしまうとは。俺も罪な男だ」


思った通り、現れたのはバーナード様だった。

バーナード様も、あの日からピオニール商会の広告塔として忙しそうな様子が続いていたが、やっと落ち着いたのだろう。


「…ごきげんよう。バーナード様。浮気ではありませんわ。相手は猫です」


つーん、と顔を背け視線をスコちゃんに戻す。


んな!!スコちゃんがお腹を見せゴロンゴロンと誘っているではないの!

けしからん!お腹もコショコショの刑よ!


「あぁ。でも、リチャードは嫉妬深いからなぁ。猫といえど…オスだろう?」


コショコショしていた手がピタリと止まる。

にゃんですって…?


まぁ…っ

スコちゃんは愛らしさが天井知らずだから、勝手に女の子だと思っていたわ!


「スコちゃんは男の子だったのね!?では…スコ…スコレオン…」


うむ。雄々しく、強そうな名前だわ。


「アディール嬢はネーミングセンスに問題ありだね」


やはり、スコーピオンキングの方が強そうかしら?


ハッいけないわ。

何を仲良くスコ…スコレオンの名付けをしようとしているのかしら。

こんなところを見られたらリチャード様がスネてしまうわ!


そう、わたくしはリチャード様の婚約者なのですから!

パンパカパーン!


「……本日はどのようなご用件でしょうか?ご存じのとおり、わたくしの婚約者は少しヤキモチ焼きなのですわ。

殿方とこのような場所で二人きりなど、心配させてしまいます」


ふふふ、婚約者ですって!

て、照れてしまいますわ!


「はは、二人…ね。陰にも監…隠れた護衛がいるんだろう?なら少しぐらい大丈夫だ」

「……ちなみにどちらに」


それは……初耳だわ。

照れている場合ではないわ。


さっとあたりを見回しても、人影なんて…あ!ピーンと来ましたわ。

だいたいこういう時は壁の影にいるものなのよ。私もリヒト様たちを調査した時にそうだったわ。


見破ったり!


「うーん…真後ろと…あの、壁の影かな」

「ま、真後ろにも…!?」


ババッと真後ろを振り返っても、何も…見えなかった。


なんてこと…これがプロの仕事ってことなのね。

後で隠れ方のコツを教えてもらえたりするかしら。


「まあ、それで本題なんだが最近の"稀代の悪女ローズ"の噂話は大盛り上がりだよ。噂を盛り上げていた本も見つかった」


バーナード様が取り出した本…というか、紙の束には挿絵がついていて

悪そうな顔をした女が、王子とドレスを着た可愛らしい女の子の行く手に立ち塞がっている。


「まぁ…これは、わたくしかしら」

「似てないね。アディール嬢は、こんなにも可愛いのにね?」

「ふふ。でも、どうせならもっと圧倒的美貌の悪女として描いて欲しいわ。絵師をご紹介しようかしら…」


「これを作ったやつはもう投獄されたよ。

中身は、さる国の第三王子に婚約者とは別に恋人の噂が持ちあがる!哀れな婚約者はいつの間にか新しく王太子の婚約者として返り咲くんだが…

第三王子の恋人と目されていた令嬢の家は謀反の罪で取り潰しと当主の処刑。令嬢は行方不明。娼館送りか侯爵家に消されたか…

そんな折に第三王子の落馬事故で重体の報…という、だいたい事実だからややこしい」


もうそろそろ、治療の甲斐なく天に召されたと発表される予定なのだが

この追加情報でさらに、この噂は盛り上がることが予測される。


「あらあら…それにしても、"稀代の悪女ローズ"とはなんですの」


「第三王子にハニートラップをしかけて、自分は王太子の婚約者に収まり邪魔者は消す…さすが、ただの悪女ではないね」


「まぁ…悪役令嬢から大出世ですわね」


「なぜ喜んでいるんだ…っと、危ない」


バーナード様がススッとたっぷりと距離をとり、手を挙げ無実のポーズをとり始めた。


まさか…!


「ローズ。そんなに嬉しそうな顔を他の男に見せるなんて…妬いてしまうな」


リチャード様の気配にプワァと、花々が咲き乱れてしまいますわ!


と、花びらを盛大に撒きながら振り返るとヤキモチの火力では無く


花畑もろとも、辺り一面焼け野原にする勢いで黒いオーラを放出するリチャード様が立っていた。


無実ですわ!火力が過剰ですわ!!

わたくしもスコレオンの手を持ち、上に挙げて無実のポーズだ!


「リチャード、先ほど稀代の悪女の噂をアディール嬢に教えていただけだよ」

「ええ…!そう、そうなのです!わたくし、ついに悪役から真の悪女になりましたの!」

「なるほどね。詳しく聞こう」


リチャード様がチラリと視線を送ると、バーナード様が少しニヤリと笑いわたくしにウインクを贈った。


それを受けるやいなや、顎を掴まれリチャード様に捕らえられてしまった。


「んなッッッ」

「あいつなんて見なくていい。私の方を見なさい」

「み、見てますわぁ!」


視界が100%リチャード様ですわ!


リチャード様100%で見えなかったが、「…じゃあ、ごゆっくり~」と余計な火種を残してバーナード様は去って行った。


誰もいなくなったところで、今度はローズのターンである。


「最近のリチャード様はヤキモチ焼きですわね?」


顎を掴む手に、そっと手を重ね

ヤキモチ焼きな坊やをからかうようなお姉様的な表情を作る。


やられっぱなしのローズではないのですよ、リチャード様!


その"妖艶お姉様"の攻撃をサラリと躱したリチャード様が美麗な顔面で殴りかかってくるように

トロリと笑み、私の額にキスを落とした。


「もう名実ともにローズは私のものだからね」


「名…実…?」


え、今、おでこにチューしました?

え?え?おでこについたのは時限爆弾じゃ無くて、唇よね?


えっえっ、あのリチャード様の薄くて綺麗な唇が私の額に


「違うの?」


あ、今、違うの?って動いた唇が


「いいえ…私の全てはリチャード様のものですわ」


ぐっと腰を引き寄せられ、リチャード様の腕の中に捕らえられてしまった。


私の頭の中は過剰供給でオーバーヒートで何も回っていない。


リチャード様の金の髪が日の光を浴びて、キラキラと輝いている。


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