第38話 【閑話】騎士団長の三男はおバカさん
俺はベン。
普段は中央学園に通いながら、我が国の第三王子のリヒト殿下…いや、心の中では幼馴染のただのリヒトと呼ばせてもらおう。
学園ではリヒトの護衛兼、側近…というか、同じく幼馴染のノアと3人で行動している。
いや…だった、だ。
リヒトは学園に入ってすぐ、ソーニャという男爵令嬢と知り合った。
ソーニャは俺の周りにいる女性たちと違って、表情がクルクルと変わり思っていることがすぐに顔に出る"少女"だった。
楽しい時は弾けるように笑い、怒るときは顔を真っ赤にして怒り、よっぽど"人間らしい"と思った。
俺の父親は現騎士団長で伯爵位を賜っている。
我が家は軍人家系だが、貴族としての歴史は古い。所謂、昔からの忠臣だ。
王族の近衛や騎士団幹部の職に就いたり、将来の道は生まれた時からなんとなく決まっているものだ。
リヒトもノアも…いや、3人より一足早く"貴族"の仮面をつけたのはローズ嬢だ。
ローズ嬢も昔はリヒトたちと一緒に何度か遊んだことがあるが、ローズ嬢が本格的に王子妃教育に取り掛かった頃から疎遠になった。
リヒトとは王宮で月に一度会っていたらしいが、リヒトもローズの話をあまりしなくなった。
最近のローズ嬢は元気かと聞けば、リヒトは気まずそうに「ローズはとてもよく頑張っている」とだけ言っていた。
まあ、ローズ嬢なら頑張るだろうなと思う。
俺たちが木に登れば、ドレスだろうがついて来ようとするし
リヒトの二番目の兄…レイノルド様にリヒトが”可愛がられ”れば、自分より高位で大きい相手だろうが向かって行ったものな。
幼い頃の思い出に、フッと笑みがこぼれる。
そうだ。
あの頃のローズ嬢はまだ、"人間"だった。
今のソーニャのように、何を考えているのかがすぐにわかった。
だから、学園に入学する時に正直楽しみにしていたんだ。
ローズ嬢とまたみんなで仲良く過ごせるのではないかと、少し期待していた。
でも、久しぶりに会ったローズ嬢は、もう既に立派な高位貴族の女性になっていた。
綺麗な整った顔に、計算された仕草。
扇で口元を隠したり、何を考えているのかわからない表情。
明らかにリヒトが冷たくしても、傷ついた顔もしなければ怒りもしない。
人形のようだった。
最初から決められた動作や反応しか返さないのではないか、とも思った。
まぁ、これはローズ嬢に限った話ではない。
貴族女性は皆、"理想の淑女"に沿って行動することを求められるのだから。
こういった背景もあり、リヒトがソーニャと楽しそうに過ごすのも
まぁ、理解はできた。
ソーニャは表情に出るからわかりやすい。腹の探り合いや、遠まわしな物言いも無い。
言葉の裏を考えないでいい関係は楽だ。
騎士団では遠まわしな物言いや比喩的な表現は好まれない。
戦場では早く、正確に情報を伝えなければいけないからだ。
貴族的なやり取りとは正反対の位置にある。
貴族としてのマナーやルールは理解していても、やっぱり何が言いたいのかすぐにわかった方が楽だなと思うんだ。
だから、俺もソーニャと話す時は楽しかったんだ。
*
いつの間にか、リヒトとソーニャの仲は良すぎるものになった。
これはまずいのではないか?
何度かリヒトに忠告したが「学園にいる間くらい見逃せ」との返事だった。
まあ、確かに、リヒトは学園を卒業すればローズ嬢と婚姻する運びとなる。
学園にいる間の"遊び"ぐらいはとやかく言うものではないのかも…しれない…
リヒトはソーニャを愛妾にでもするつもりなのだろうか。
それとも、卒業間近になったらソーニャとは切れるのだろうか。
今はリヒトもローズ嬢も変わってしまったけれど。
思い出すのは、幼い頃のローズ嬢がリヒトに描いてもらった絵を大事そうに見つめる姿だ。
あの時のリヒトは、暖かくローズ嬢を見つめていた。
俺は二人を見て、二人を守りたいと思ったんだ。
納得できないという俺の表情に気づいたのか、リヒトは眉を下げて俺に頼みごとをしてきた。
「ソーニャの周りに気になるものがある。なるべく、ソーニャの言うことを否定しないで聞いてやってくれ。俺が不在の時はその行動を見届けてほしい」
ソーニャの周りに気になるもの????と、頭の中は疑問でいっぱいだったが
考えてもわからないことを考えるのは苦手なので、考えるのはノアに任せて
俺はとりあえずリヒトの頼みごとを聞くことにした。
必然的に今までより、ソーニャと親し気な立ち位置になってしまったけれど
俺にはリヒトのような個人的な気持ちは全くないので大丈夫だと思っていた。
ソーニャの話しを聞けば聞くほど、ローズ嬢は変わってしまったことがわかった。
ソーニャを孤立させようとしたり、あまつさえ学業で不正を行うとは許しがたい。
まだ学園にいる間に、ローズ嬢を改心させないといけない。
使命感からだったんだ……
結果から言うと、俺が馬鹿だった。大馬鹿者だ。
兄にも、父にも、婚約者のブリトニーにも死ぬほど怒られた。
兄と父からの制裁は…ここでは割愛する。一言で言えば地獄だった。
ブリトニーは同じく伯爵家の4番目の娘で、将来は武功を立てて騎士位になれるかどうかの3男坊の俺と婚約を交わしてくれるほどの女だ。
それなのに、俺はブリトニーに…ソーニャは友達だからと…はぁ…
ブリトニーに「私が男友達と仲良くペタペタ触ってきゃあきゃあ遊んでもいいのね!」と怒られてやっと気づいた。
絶対嫌だ。ムリ。ブリトニーに触った奴の手は斬る。ムリ。
「しかも、ローズ様がカンニングですって!?あんたの目は飾りなの?!
あんたたちが、あのミーニャだかマーニャにデレデレしている間、ローズ様はずっとお勉強されていたのよ!
それに、あんたたちが起こした騒ぎのフォローまでされて…普通、ローズ様はフォローされる側のお人なんだからね!?
侯爵家のお姫様よ!?未来の王族よ!?はぁ…ローズ様と同じ年に生まれてよかったわ…4番目だけど…」
ブリトニーはローズ嬢とよく行動しているから、欲目では……?と思っている俺の表情に気づいたのか
ブリトニーによる『ローズ様のここがスゴイ!5分でわかるローズ・アディール侯爵令嬢』は、5分どころか1時間たっても終わらなかった。
*
「あなたたちには覆面捜査をお願いするわ」
リヒトがソーニャに煽られ、ローズ嬢にアムレットストーンを返却するよう告げた日。
俺たちは今までのことを兄貴たちに全て話した。
そうすると、今までの人形じみたローズ嬢はそこにはいなかった。
ローズ嬢は、あの日の…第二王子のレイノルド様からリヒトを守っていた時のように…
母猫が子猫を守るときのように毛を逆立て「二人の仲を邪魔して割り込んで木っ端みじんにする」と息まいている。
ローズ嬢は人形になった訳では無いのだ。
その様子に俺もノアも呆気に取られていたのだが、次に飛び出て来たお願いにも呆気にとられた。
「ふくめん…そうさ…」
今の、マヌケな声はノアだ。俺ではない。
「ええ。リヒト様とソーニャ様の情報を教えてくれてありがとう。そこで、あなたたちには引き続きお二人の味方をしてほしいの」
「みかた…」
これは俺だ。知能が低下したわけじゃない。
ローズ嬢が何を言っているのか理解し難いのだ。
俺たちのポカーンとした表情に気づいたのか、ローズ嬢は『しょうがないわね、おバカさんたち』とでもいうような表情で頭を緩く振った。
確かに大馬鹿者である自覚はあるので異存はない。
「このまま、あなたたちには二人の味方のフリをして情報を流してほしいの。それはあなたたちにしか出来ないわ」
「いや、そんなリヒトを裏切るような真似…今すぐ二人を引き離せばいいんじゃないか」
ローズ嬢はもう一度『全くもって悲しいほどにおバカさんね』というように憐みのこもった目を向けてきた。
確かに大馬鹿者ではあるが、そんな目を向けられるほど可哀想な馬鹿では…くっ…
「直情的に"やめろ"と言って聞く耳があるのなら、こんなことにはなっていませんわ。
それに、今ソーニャ様を遠ざけても、第二第三のソーニャ様が現れるだけです。
幸か不幸か、学園にいる間に起こった出来事で済ませられるうちにもう少し知りたいわ。
ソーニャ様の後ろにいらっしゃる方…ですとか」
確かにそうだ。
ソーニャの裏には父親である男爵がいる。
男爵の狙いも知りたい。それに背後にいるのは男爵だけではないかもしれないのだ。
ローズ嬢の目はこちらを見ながら『出来るか?』と問うている。
「出来る」
即答していた。
「これは裏切りではない。リヒトを…守るためだ」
ソーニャたちの企みを暴き、リヒトの目を覚ませるんだ。
「ふふっ。さすがベン様ですわ」
そう言ったローズ嬢の笑みは
幼い頃の、蕾が花開くような可憐なものでは無く
真っ白な薔薇が咲き誇るように清廉で…それなのにどこか妖艶なものだった。
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