第35話 悪役令嬢の佳局 2
白くなっていくリヒト様と割れてしまった青いガラスを見て、込み上げてくる感情をやり過ごす。
私達の間にあった、幼い日の友情も思い出も時間も
ガラスと一緒に砕け散ったような虚無感が胸にじわじわと滲む。
すると、慰めるように…
いつの間にか冷えていた手を温かく包み込まれた。
つられるように顔を上げると、リチャード様の空色の瞳が熱くこちらを見ていた。
「では、次は私から贈らせてもらうよ」
そう言って、熱く長い指が私の薬指をゆっくりと撫でた。
大丈夫です。泣いてませんわ。
そう気持ちを込めて、ほほ笑みを返すと
小さな小さな声で、リヒト様に「ローズ」と呼ばれた気がした。
「……偽物だったわけですな!アムレットストーンを…王家の指輪の紛い物を作るとは!これは反逆罪だ!大罪だ!アディール侯爵家一族郎党処刑だ!」
男爵はまだ諦めていないようだ。
「あら…アムレットストーンは指輪なのですか?」
リチャード様にそう問いかけると、撫でられていた指にキスを落とされた。
「いいや、指輪だったかな?
まあ、誰も知らないことだ。お前が知らなくても無理はない」
男爵の方へ視線を流したリチャード様は王太子の顔を止め、あの魔王の顔でニヤリと笑った。
「なっ…では、箱は…箱には王家の紋章が刻まれています!この紋章を偽作すること自体、罪の証拠!」
「この箱は本物ですわ。リヒト様から昔、誕生祝いの品を頂いた時の箱です。覚えていらっしゃいますか?懐かしいわ…」
リヒト様も思い出したのか、項垂れていた顔をハッと上げ箱をまじまじと見つめる。
忘れていましたわね…。
わたくしは嬉しかったというのに。
「…その中に入っていたのは飴細工の指輪でしたの。キラキラとした飴が宝石のように輝いていましたわ。その飴を食べた後に残った指輪の台座に、我が領のガラス細工…リヒト様の瞳の色を模したガラスを填め宝物として大切にしていたのですわ」
本当は数年ほど、その台座のみを宝物にしていたのだが
時を経て、あのガラス職人たちと運命の出会いを果たしたあの日に、乙女な私が見つけたリヒト様の瞳の色に似たガラス片を!指輪職人におねだりにおねだりを重ね、何度も足を運び本物と遜色なく作ってもらったのが、あの指輪だったのだ。
物は言いようだ。最初に食べ終わった飴細工の台座のみを宝物にしていたのは乙女の内緒である。
あまりダラダラと男爵と遊んでいる時間は無いので、お片付けの仕上げといきましょう。
「先程から国を欺く悪女だの、偽作に偽証……果ては反逆罪などと言われてしまうなんて…
わたくしは国に忠誠を誓っておりますのよ?
……それに、もし」
鋭い流し目を送り、男爵の動きを止める。
男爵は石のように固まり、今から何が起きるのかと警戒している。
そして、男爵の視線を引き寄せるように扇を優雅に閉じて見せた。
「わたくしが何か」
目を逸らさず、一歩、一歩と男爵の方へと近付く。
足を進めるごとに、割れたガラスが靴と床の間で擦れ不快な音を奏でる。
「するのならば」
身じろぎ一つしない男爵の喉に、トンと扇を当て太い血管を撫でるように辿る。
「こんなものではございません」
そして、扇で頬を撫でた。
男爵は目を見開き、まるで剣を突き立てられたかのように動かない。
1、2、3、4、5
たっぷり時間を置き、扇を下ろしニッコリと笑いかける。
「覚えておいてくださいませ」
男爵と、なぜかソーニャ様の後ろにいたベン様から息を飲む音が聞こえましたが、効果はあったということにしましょう。
「お話しを戻しますが、その紛い物のガラスを王家の物と偽る行為……王家に対する侮辱ではなくて?
それと、あなたには騒乱罪に…反逆罪の嫌疑がかかっていますわ」
「なっ…なぜ、お前がそのようなことを!第三王子に捨てられる哀れな女風情が!それとも、既に王太子様をその体で籠絡済みか!?調子に乗るのもいい加減に」
聞かされた言葉に弾かれるように反応した男爵が、口の端から泡を撒き散らしながら激昂する。
騎士に肩を踏まれ床に這いつくばりながらも言葉を止めない男爵は、もう異常なほど興奮していた。
その男爵を止めたのは、辺りを凍らせてしまいそうなほど冷たい怒りを湛えた
リチャード様である。
「何を勘違いしているかわからないが、ローズは正式に私の婚約者となった。
私は弟とは違って、新しい婚約者を宝物のように大切に想っていてね。婚約者に降りかかる事を自分の事のように感じるんだ。
良い事も、悪い事も」
リチャード様は多分、わたくしにとって嬉しいことをおっしゃっているはずなのに怖くて喜べないですわ……!!
「婚約…者…」
わたくしとリチャード様を行ったり来たりと視線を彷徨わせる男爵に構うことなく、冷たい声は続く。
「…ヘルディン邸を捜索した折、その白い箱と…他にも、隣国と共謀しリヒトを旗頭に騒動を起こす計画が書かれた文書が見つかった。詳しい話は騎士団にて聞かせてもらおう」
騎士たちが動き、男爵を引きずり立ち上がらせる。
「な、そんなもの私は…っ、いや、ちがう!騙されたのだ!殿下!私は騙されただけなのです!」
なおも弁解を続ける男爵に構わず、騎士たちは任務を粛々と遂行する。
「反逆罪は一族郎党処刑…だったかな?」
「先程、男爵自らそうおっしゃっていましたわ」
「結構」
私達のやり取りが聞こえたのか、扉が閉まった後もしばらく男爵の声が聞こえていた。
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