第34話 悪役令嬢の佳局 1
「一体、どういうおつもりですかな」
かなり暴れたのか騎士に押さえつけられ口端が切れた男爵が、激しい怒りを内に堪えるようにそう言った。
ヘルディン男爵、ソーニャ様、リヒト様たち御一行は王宮の地下にある、『窓も無く薄暗いものの清潔感はあるちょうどいいお部屋』に案内されていたようだ。
縛られ床に膝をつけ等間隔に並べられている。
それを見下ろしているのが、リチャード様と側近方そして私、悪役令嬢ローズである。
まずは、一番騒がしいヘルディン男爵からお片付けといきましょう。
「ヘルディン男爵。はじめまして…ローズ・アディールと申します」
ご存じかと思うが、ここはまず自己紹介からだろう。
全ての基本は挨拶からだと相場は決まっている。
なぜか馬車を降りてからずっと!腰を抱いている不埒な手をそっと外し、男爵たちに向かって腰を落として丁寧に挨拶をする。
が、挨拶が終わった瞬間に、また引き寄せられてしまった。
破廉恥ですわ!
もしかして、これが婚約者の距離感だとでもいうのかしら!
ハッ
多角的な視点を持つ名探偵ローズ。ピーンと来ましたわ。
わたくしはリチャード様の盾ということですわね!
リチャード様が襲われたら大変ですもの!
わたくしが盾となり槍となり、守ってみせますわ!
あっ、ちょ、盾はリチャード様の前に…リチャード様!?わたくしを隠してどうするのですか!
ハッ
もしかして、盾と言うより私は……隠し刀!?
油断させておいて、ここぞという時に本領発揮の一撃必殺!
必殺技は隠しておくといいますものね。なるほど。
名推理だわ。
「……これはこれは…国を欺くだけでは無く、王太子様をも誑かす稀代の悪女…ローズ様ではないですか。お噂はかねがね…よく聞き及んでおります」
恰幅の良い豪奢な衣装を身にまとう男爵は…髪を振り乱し床に膝を付けていても、まだ余裕を保っている。
むむむ!あからさまに挑発されたわ…
あくまでそういう噂を耳にしただけで、自分が言い出した訳じゃないですよ~というような言い方がいやらしいわ!
でも稀代の悪女…とは、ちょっとカッコイ…いえ、喜ぶところかしらローズ!
気を取り直して、挑発の反応として
ここは悲しそうな顔にしましょうか…
いいえ!やはり『嘲る様な笑み』にしますわ
プライドが高そうな男爵はこちらの方がお好みそうですもの。
「まぁ。誑かすだなんて人聞きの悪い…」
ふわりとリチャード様の肩に頭をもたれるように傾げ、妖艶に見えるように科を作る。
呆気にとられる男爵を煽るように、少し見下したように笑んで見せる。
「お、おっ!王太子様!この女狐に騙されてはいけません!この女は我が国を裏切り、謀っているのですぞ!皆、口々にそう噂しております!火のない所に煙はたたぬもの!即刻、捕らえ調べましょう!」
みるみるうちに男爵は青筋を立てて怒り始めた。
「まぁ、怖い…」
さらに、リチャード様の胸にすり寄るように額を寄せニヤリと笑って見せると
益々顔が赤くなり血管が切れてしまいそうなほど、目が血走っている。
ふっ…男爵は煽られると弱いのですね…!
リチャード様!わたくし、男爵の弱点を見破りまし…リチャード様?引き寄せる演技の力が強すぎますわ!
「またその話しか。…いや、お前はその"演目"の時にはすでに荷車の中だったのだな
この度、お前を捕らえたのは与太話を聞くためでは無い。ローズから盗んだものがあるだろう」
リチャード様はわたくしの腰をギチギチに絞めながら、平然と会話を続ける。
「盗んだ…?殿下、一体何のことだか」
顔色が赤黒くなるまで怒りに満ちていた顔が訝し気に歪む。
きっと頭の中ではどのことか必死に記憶を巡らせているだろう。
「騎士団を派遣し既に調べさせてもらった。お前の屋敷内から出て来た、これが証拠だ」
リチャード様の斜め後方に控えていたお兄様が、前に進み出る。
その手には、あの日リヒト様に渡した白い飾り箱があった。
その箱を部屋の中にいる全員に見えるように、持ち上げた。
「この箱の中身は、お前の娘が身に着けているだろう」
そのリチャード様の声と同時に、ベン様の手によってソーニャ様の拘束された手が捻じり上げられた。
ソーニャ様は苦し気な表情をしたものの、声を出さない。
横に座らされていたリヒト様がベン様を止めようと動いたところをトーマス様の剣が止めた。
一瞬でも動けば斬られてもおかしくない速さで差し出された抜き身の剣を見て、息を飲んだのは誰だったか
リヒト様が動かなくなったことを確認して、話しを続ける。
「舞踏会で気付き、驚きましたわ…わたくしの宝物がソーニャ様の指にはまっているのですもの…」
今度は眉を下げ、悲しそうな表情を作る。
いつかミハエル様に教えて頂いた、『天使の憂い顔』をここで使わせて頂きますわ!
男爵、リヒト様と…ノア様が同時に身じろぎした。
なぜかリヒト様の後ろに立っていたノア様にも効いてしまいましたが、効果はあったということにしましょう。
三人の反応を確認し、そのままリチャード様の方へ顔を上げる。
「あぁ、ローズ…可哀想に」
リチャード様の手が私の頬に添えられる。
ど、どさくさに紛れて耳を触るのはよしてくださいませ!!
「い…いえ、これは盗んだものではありません!リヒト殿下から我が娘にと渡された物!
それを盗まれたと虚偽するとは!この嘘つきの女狐を信じてはなりません!」
先日、私の宝物をリヒト様に“見せてあげた“後からどこにも見当たらず、ソーニャ様の指に宝物があったことを確認するまでのことを“私は知らないことになっている”ので、ソーニャ様の指に収まる証拠を以て男爵邸へ騎士を派遣し捜索することが出来た。
リチャード様曰く、ネズミの巣を見つける時は餌を持ち帰らせるのがいいらしいですわ。
チュウチュウ騒がしいネズミさんが落ち着くのを待ち、ゆっくりと口を開く。
「なぜ、わたくしの宝物をリヒト様からソーニャ様にお渡しするのですか?お二人にはなんの価値もないでしょう?」
男爵を見つめ、キョトンとした顔を作ると男爵は目を血走らせリチャード様に這い寄ろうと体を捻じる。
「価値が無いなどと!これこそ、王家を馬鹿にしていると思いませんか!
これはアムレットストーンですぞ!リヒト殿下の真心です!それをあの女は取り上げられ、我が娘にと殿下自らお授けくださったのです!」
それでは、騎士に床に抑えつけられながらも、声を上げ続ける男爵に大事なことを教えてあげましょう。
「ふふふっ、いやですわ
あれはアムレットストーンではございません。硝子細工ですわ」
「なっ…!」
ベン様がソーニャ様の指から指輪を外し、それをミハエル様が受け取った。
ミハエル様がその指輪をじっと見つめ、息を吹きかける。
「曇りました。硝子ですね」
「なっ、硝子だと…!?」
ミハエル様が男爵へうっとりと美麗な笑みを浮かべ、勢い良く指輪を床に叩きつけた。
すると、青く輝いていたガラスは弾け割れ
散り散りに、足元に、床に
光を反射させながら広がった。
「宝石は息をかけても曇りませんのよ?そして…宝石ならば、床に叩きつけても割れないことは…流石にご存知ですわよね?
これで、ガラスだと証明できたかしら?」
男爵とリヒト様とソーニャ様がそろって唖然とした顔で固まる。
リヒト様ったら、あの時も『宝物です』と言ったのに…やはり聞いていませんでしたわね。
「宝物なんだろう?割ってしまっていいの?」
リチャード様が愉快そうに笑う振動が、身を寄せている私にも伝わってくる。
「あの色はもう、わたくしには必要ありませんもの」
わたくしの首を彩る空色の宝石に指を這わせ
リヒト様の青い瞳を見つめ、そう言った。
意味は確かに伝わったのか、リヒト様の顔色がどんどんと白くなっていく。
割れてしまうまで…
本当にわたくしの宝物だったのですよ?
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