第33話 悪役令嬢の舞台

「ふふふ」


ソーニャ様の小さな声につられて、つい笑ってしまった。


「何を笑っている」


リヒト様はソーニャ様を後ろ手に隠し、こちらを警戒している。

衛兵が来ないことに本気で狼狽えているようだ。


そうでしたね。断罪してください、としか言ってませんでしたものね。


ここからが本番ですわよ?


「わたくしが国を裏切っている、というのはどのような嫌疑でおっしゃっていらっしゃいますの?」


威圧を込めた微笑みを作り、リヒト様とソーニャ様を射抜くように視線で斬り込む。


リヒト様がスッと目を逸らす。


逃げてはダメですわ、リヒト様


「隣国に宝石を格安で流した嫌疑だ」

「まぁ…。わたくしが…?」

「そうだ」


「では、その証拠とやらを見せてくださいませんこと?」


会場が水を打ったように静まり返った。

楽団も、会場にいる参加者も、リヒト様たちも身じろぎ一つしない。


全員が息を飲んでこの”断罪”を見ている。


「続きは別室で……」


やっとリヒト様が小さな声で返事をした。


「いえ、この場で始められたのですもの。皆様にも見ていただきましょう。その、わたくしの"裏切りの証拠"があるのならば」


「……っ」


押し黙るリヒト様の隣で、青いドレスがかすかに揺れた。



そこに、私たちを取り囲む人々の中から一人ゆっくりと出てくる人物がいた。


隣国の礼服を着こなし、いつも緩くまとまっているだけの鷲色の髪も今日は上品に整えられている。


「隣国というのは私のことかな?」

「…バーナード・ベラータ殿」


バーナード様はいつものように野性味のある男性的なほほ笑みを湛えている。

リヒト様は初対面なのか、更に警戒を強めた。


「確かに、アディール嬢からベラータ公爵家が購入したものがある。ねえ、デニス」


バーナード様に呼びかけられ、脇に寄っていた集団の中からまた一人、前に出て来た。


デニス、と呼ばれた人のよさそうな顔をした少年は恭しく礼をする。


「はい。我がピオニール商会をご利用いただき、ありがとうございました。

しかし、隣国ベラータ公爵様へお取次ぎをしたのは宝石では無く……ガラスです」


「なっ…ガラス?」


リヒト様が驚きの声を上げたと同時に、楽団の方から小さく音楽が流れ始めた。


「はい…!常に流行の最先端を発信するアディール領の新名産である、あの!特殊加工を施したガラス工芸品を!

我が国でいち早く取り扱う許可を、なんと我がピオニール商会が賜ったのです!!


ご覧ください!この会場の天井を彩り、圧倒的な光を放つ照明…製品名は"シャンデリア"と名づけられました!」


まあ!これが噂の!?と令嬢達が食いついた声が多方面から上がる。

楽団の音楽もホールの空気に合わせた曲調とボリュームになってきた。


「このような大きな物を隣国まで!?信じられるか!」


リヒト様は脚本無しで、最も適した台詞を当てて来た。実は天才なのかもしれませんわ。


「そう、私も信じられなかったよ…こんなに大きなものを隣国まで?ってね…

でも私はもうシャンデリア無しの生活は考えられなかったんだ。

どうしても欲しくて欲しくて、何も手につかなかったよ


そんな私の願いを叶えてくれたのがピオニール商会だったんだ!


険しく遠い道のりだったはずなのに、ピオニール商会の輸送商団たちは確かに!確実に!無事に!届けてくれたよ!


これで隣国に戻っても寂しくないよ!毎夜このシャンデリアの下でパーティーだ!」


バーナード様、ちょっと演技がわざとらしいですわ!

でも、令嬢達や奥に居たはずの学園の関係者であるマダムたちはうっとり顔だわ!


「はい!我々の想いは氷の国から砂漠の果てまでお客様の信用を乗せ参ります!ご用命は何なりと。あなたのそばの、ピオニール商会が承ります!」


デニス様はさすが商人というような声の張りだ。

楽団もノリノリである。


聞いているわたくしも、ピオニール商会なら大丈夫という気持ちになってきているわ。さすがだわ…


誰かがパチパチと拍手を送ったことをきっかけに、続々と拍手が増えホールが歓声に包まれた。


「なによこれ…」


ソーニャ様の戸惑う声が耳に届いた。


「ふふ。楽しんでいただけまして?」


ご観覧頂いた皆様に向かってカーテシーをすると、会場はより大きな拍手に包まれた。


呆然とするリヒト様とソーニャ様に、ベン様とノア様が近づき小声で何か囁かれている。

ソーニャ様は何か言い返そうとしたようだが、ベン様が隠し持つ小刀に驚き口を閉じた。

リヒト様は…誰かを探しているかのように視線を遠くへ走らせている。


それに思うところがあったので、小声で教えて差し上げることにした。


「男爵は少し前に捕らえられ、王宮に移されましたわよ。

貴方たちも、この後ご案内いたしますわ」


リヒト様、ソーニャ様は揃って驚いている。


そこへ、人波がザッと左右に別れ堂々と登場してきたのはリチャード様だ。


「おもしろい催し物だった、ありがとう。デニスもバーナードも、さすがだよ」


デニス様もバーナード様も観衆に向かって軽く礼をすると、また拍手が鳴った。


それを良い頃合いで片手を振り止めると、よく通る声で会場に集る皆に話を続けた。


「さて、噂を耳にしていた者も多いだろうが…この度、我が弟リヒトとローズ・アディール嬢との婚約は解消され、正式にローズ・アディール嬢は新しく私の婚約者となった」


リヒト様とソーニャ様が驚愕、といった表情になったのが視界の端で見えた。


なんですって…?

これには悪役令嬢ローズもビックリよ!?!?


ええっっいつの間に正式にリチャード様の婚約者に!?


しかしここでビックリな顔をする訳にはいきません。

驚き腰を抜かすのは舞台の幕が下りてからよ!


とりあえず、ここは少し照れたような恥ずかしいけれど嬉しい…というような表情で聞いておくこととする。


リチャード様から流れるように差し出された手に、条件反射のように自らの手を重ねる。

引き寄せられるように寄り添い、ドレスを摘まみながら膝を折り観衆へほほ笑む。


どこからか、ほぅ……と感嘆のため息が聞こえた。


そのまま終わるかと思いきや、小さくニヤリと口端を上げたリチャード様がその手を口元まで持ち上げキスを落とした。


んにゃ!!!!


いいいけないわ。ローズは女優!ここは舞台!

まだ我慢よローズ!!


鋼の根性で慌てる自分を抑えつけ、ちょっと焦りで潤んでしまったけれど

リチャード様を軽く睨むだけにしておいた……のだが、ぎゅっっと手を握りこまれてしまった。


なぜかわたくしの手を握る力が強くなったわ!

ひええぇ…睨んでごめんなさいいぃぃいい!!


「本当は、私の卒業後に発表する予定だったのだけれど…憶測ばかり流れるのも良くないからね。

今日の舞踏会の目玉である”シャンデリアの披露目”の場を借りて話しをさせてもらった。

リヒトたちも協力ありがとう……おもしろかったよ。皆、彼らに今一度大きな拍手を!!」


わーっと盛り上がる会場。


リチャード様が指揮者に合図を送ると、楽団は待ってましたとばかりにダンスの曲を奏で始めた。


手を引かれるまま、会場の中央へ移動する。


視界の端では、ベン様とノア様に誘導されリヒト様とソーニャ様が会場を後にする。


身を寄せ、音楽とリチャード様のリードに合わせ体を動かす。


リヒト様と同じぐらい…いいえ、リヒト様より長い時間ダンスの練習に付き合ってくださったリチャード様と踊るのは息を吸うように自然だった。


でも、今までとは違って…私の心臓は壊れそうなほど暴れていた。

こんなに近づくと私の心臓の音まで伝わってしまうのではと気が気じゃない。


そして、リチャード様に見つめられているような気がしてソワソワとしてしまうのだ。


「ローズ。俺の方を見て」

「…リチャード様が見過ぎなのです」


そろり、と視線を上げると

またギュッッと手を握る力が強くなった。


ひぇええ!!

わかりました!ちゃんとしますわ!こうですわね!こう!


少しプルプルしてしまうが、ぐっと目を合わせると

今度は腰を強く引き寄せられてしまった。


にゃああああ!!!

ちちちかいですわあぁあ!


「リヒトとは見つめ合って踊ったのだろう?」

「…リヒト様は…っ、目を見ても…こんなにドキドキしませんもの…」


今度はスイッとリチャード様の方が目を逸らしてしまった。


「…そうか」


「わたくしを…視線一つで、こんなにもおかしくさせるのはリチャード様だけですわ」

「…っ」


乙女が照れながら気持ちを話したのに、リチャード様は無言である。

というか、何やら「罠だ」「待て」「都合よく考えるな」と呟いている。大丈夫か。


大丈夫ではなさそうなのに、外から見たら完全無欠の王太子様に見えるのだから不思議である。


音楽の切れ目に合わせ、令息令嬢たちがダンスに加わる。


「わたくしとリチャード様は婚約したのですね」

「あぁ。驚いた?」


「驚きましたわ…でも、これでリチャード様と"特別な方の"ワルツを踊れるのですね」

「もちろん」


"特別な方の"ワルツと称してお父様、お兄様にリフトからのクルクルが好きだった私はもちろんリチャード様にもおねだりしたことがある。

その時、リチャード様は眉を下げ『それは婚約者でないと出来ない』と言われたのだった。

リヒト様はその頃まだ私より背が低くて頼めなかった私は、その時に家族以外の"特別"のもう一つの意味を知ったのだ。


リチャード様に誘導され、中央へ戻る。


人が離れていると気付いた時には、勢いよくリチャード様に持ち上げられ飛んでいた。


輝く光が回る。キラキラと煌き、世界が回った。


どこかで歓声が上がったが……わたしの耳には歓声も音楽も、もう聞こえなかった。


私の視界には優しくほほ笑むリチャード様でいっぱいだった。

揺れるリチャード様の金髪が…思い出の少年のように光を受け輝いて見えた。


音もなく滑るように着地し、ダンスへとナチュラルに戻る。


「どうだった?プリンセス」


見上げたリチャード様越しに輝くシャンデリアが見え、夢のような光景だった。


「王子様とのキラキラ舞踏会…ですわ…!」


思いがけず、ローズの憧れシチュエーション第三位『キラキラ舞踏会』が叶ってしまったわ!!

お兄様!!ちゃんと見てましたか!?

絵師は!観客の中に絵師はいらっしゃいますの!?


「はは、憧れの第三位が叶ってしまったね。そして、二位が二人だけのプロポーズ…一位をそろそろ教えてくれないか?」


「…一位は色硝子で描かれた絵画が輝く教会で婚姻式ですわ」


ふふ、わかった…と笑うリチャード様の顔が近づき私の耳に唇を寄せた


「覚えておくよ。


それでは、そろそろ"史上最高の悪役令嬢"を次の舞台へ招待するよ」


ふわふわと夢見心地だった気分が、キュッと締まる。


「はい。楽しみですわ」


リチャード様のリードに身を任せ、ダンスの輪から外れ会場の外へ歩いて行く。


音楽を背に、王宮へと向かう馬車へと足を進めた。

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