第28話 悪役令嬢の浮気

本日の授業はダンスレッスンである。


今更ダンスレッスンですか?ネタが甘くないですか?なんて声が聞こえて来そうなので、説明しよう!


貴族ともなれば、ダンスのレッスンは各自、講師を雇い幼いころから嗜んでおくものである。


上手くて品行方正な講師は稀なので、いかに好みの講師を確保出来るかがキーポイントである。


しかし。高名で品行方正な講師直々にマンツーマンで教わっていても、カバーできないポイントがある。


それは、実践経験である。


実際にダンスを踊るときは何組も同時にダンスホールで踊ることとなる。


そうすると、男性側は相手をリードしつつ、

他の方にぶつからないように気を配らなければならない。もちろん、女性側も相手の意図した方向に軌道を合わせつつ踊らなければならないのだ。


これは各個人でそれぞれ練習しても身に付かないので、卒業後の社交界デビュー前に学園で練習を行うのだ。


「はい、以上の説明で不明な点はありますか?ないのであれば、次へ進めます」


学園のダンス講師であるマダム・テンツァーの声が、広いホールに響いた。


学園の中心部にあるホールに集められた1年生の緊張している空気をピシピシと感じるわ…


高位貴族はだいたい幼い頃から婚約者が決まっているけれど、その他の令息令嬢は学園に未来の花婿花嫁を探しに来ていると言っても過言ではない。


これも、プレお見合いの一環なのだ。


婚約者がいない方々のソワソワした熱気をピシピシと感じるわ…!


「では、最初にこの曲でワルツを時計回りで…あぁ、どなたか前に出てお手本を披露してくださらないかしら」


マダム・テンツァーの狙いを定めたような視線をピシピシ感じるわ…というか、もう最初からわたくしをロックオンしていたわ…!


「では、リヒト殿下とアディール嬢にお手本をお願いいたしますわ。お二人は中心へお願いいたします。では、殿方はお嬢様方をダンスへお誘いして、ホールへ並んでください」


リヒト様がスッと立ち上がり、わたくしの前まで歩を進め優雅に手を差し伸べた。その差し出された手に、羽の様に自らの手を重ねる。

引き寄せられるように立ち上がり、ドレスを摘まみながら膝を折りほほ笑む。


ほぅ……とどこからかため息が聞こえた。


そうでしょう。そうでしょう。

この「王子様とお姫様仕草」、とても練習したの!


イメージは魔法でお姫様となり念願の王宮の舞踏会へ潜入した不遇な生い立ちのヒロインに心を鷲掴みされた王子様がダンスに誘うシーンよ!


懐かしいわ。


あの頃のリヒト様には「またお姫様ごっこ?」と呆れられたのよね。でも、なんだかんだと律儀に付き合ってくれたリヒト様はやっぱり優しかった。


リヒト様がお忙しい時には、リチャード様が「ローズがやりたいなら付き合うよ。お姫様」とおっしゃってくださって、みっちり練習したものだ。


ふふふ!お姫様、ですって!


リヒト様のエスコートに歩調を合わせ、指定された場所まで歩く。


背後で男性方の「べ、べつに言われたからしょうがなく誘うんだからな!」という甘酸っぱい空気と、「こっちよ!こっちに来て!誘って!!」という獲物を狙う圧を感じるわ。


「…懐かしいな」


ごくごく小さな声が聞こえた。


「こうしてローズと踊るのは何年ぶりだろう」

「…ええ。先ほどの”王子様のような”エスコート、さすがでしたわ」

「何度もやったからね」

「本物ですしね」


小声でやり取りしながら

ふふふ、と笑い合うと、幼い頃に巻き戻ったような懐かしさに胸がきゅうっと反応した気がした。


背後では、ペアになった方々が着々とホールに並んでいく。

甘酸っぱいソワソワした空気の中、一つだけ鋭い視線が私に注がれていた。


違和感を察知し、視線を流す。


「ワルツか。もちろん、”普通の方の”ワルツを踊るよね?」

「ええ。もちろん、”普通の方の”ですわ」


視線の主に見せつけるように、リヒト様の肩に手を乗せ、身を寄せる。


視線を絡ませ、お互いがお互いしか見えないかのように、ほほ笑み合う。


音楽がかかると、自然と体が動いた。


クルリ、クルリと回りながら全体を見渡し移動を繰り返す。


音楽が終わりに近づいた時、リヒト様がわたくしの耳に口を寄せ、小声で呟いた。


それを受けた私は、ニッコリと笑顔を返したのだ。



「“リヒト様とローズ様は息がピッタリで対の人形のようでした”?


それに、


“見つめ合う様がもう、一つの絵画のようでしたわ”?


ローズ……浮気なんて悪い子だね」


ここは学園の応接室。

本日の授業が終了したので、ルンルンで帰ろうとしたところを爽やか笑顔のリチャード様に声をかけられ


改良した小麦で作ったスコーンが届いたから試食しないか?と誘われホイホイついて行ってしまったのだ。


罠だった。


ソファーに腰かけるやいなや、ソファーの背に手をついた魔王リチャード様の腕の檻に閉じ込められてしまったのだ。


にゃあああああ!!!


近いわ!しかも罠だったのね!あ、でもテーブルの上にはスコーンらしきものがあったわ、でも今の視界99%がリチャード様よ!


残りの1%が何か確かめようと視線を逸らしたら食べられてしまうやつよ!これは!


「浮気だなんて、おかしなこと…ダンスをしただけですわ」


どなたに聞いたかわかりませんが、息がピッタリなのは当然よ!それぐらい練習しましたからね!


というか、婚約者とダンスをしてなぜ浮気になるのかしら?無実よ!


どうやってこの緊急事態から逃げようか頭をフル回転させていると、リチャード様がトロリと微笑みながら頭をコテン、と傾げた。


あああざといわ!!わたくしの心臓、誰かに握られてない?大丈夫?ギュンッッってなったわ?


「見つめ合って内緒話をしたらしいじゃないか。


親しそうに、


顔を寄せ合って」


リチャード様の大きな手が私の頬に添えられる。


ひぇえええええ!

過剰供給よ!!!!


「ちちちがいますわ!”普通の方の”ワルツを踊っただけなのです!!」


「”普通の方の”ワルツ……あぁ、なるほど。『舞踏会から逃げてお姫様と二人になりたい王子』か」


「はい……最後にリヒト様が『ここで内緒話をして、お姫様を庭園に誘い出してから二人だけの内緒のプロポーズだっけ?』と、細かいところまで覚えていてくださって…」


ちなみに”特別な方”は『ダンス中に、もう君しか見えない!とリフトからの大回転』だ。


その頃は、お父様とお兄様に持ち上げてもらってクルクルと回ってもらうのが大好きだったのだ。


「懐かしいね」


魔王の空気が薄れ、リチャード様も昔を思い出しているのか優しい表情になった。


「はい。それにしても、昔からわたくしの脚本は輝いていますわ!わたくしの好きな物語では、お姫様の瞳に映るのは自分だけでありたいと二人だけの庭園へ連れ出し、二人だけの空間でプロポーズをするのですわ!はぁ……今も憧れのシチュエーション第二位から揺らぎませんわ…」


どさくさに紛れ、頬に当たるリチャード様の手の平の方に頭を傾げる。


「……っ」


一瞬、手がピクッとしたけれど離れずそのままなので、借りたまま目を閉じ頬を乗せておく。

なんだか落ち着くわ


「……第二位って、一位は何?」


声が近づいた気配に、くわっと目を開くと、

先ほどより近くにリチャード様がいた。


急に目を開けた私に驚いたのか、パッと離れたリチャード様の隙をついて腕の中から抜け出すことに成功したわ!


「内緒ですわ!」


フンス!と勝利の笑顔で振り向くと、リチャード様はソファーの背に肘をかけて悪そうな顔をしていた。


「それにしても舞踏会、ね……いいじゃないか。

お姫様を舞踏会に招待するよ」


そう言って差し出された手に、それが当たり前であるという風に手を乗せてしまうのだった。

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