第19話 悪役令嬢の疑惑

わたくしには好きなものがある。

それは、サクサクとふわふわとキラキラである。


サクサクはスコーン。

ふわふわは猫。

キラキラは美形と宝石である。


スコーンと美形と宝石は皆大好きだと思うので、今回は説明を省略させてもらう。


──猫は良い。

何をしても愛らしく、何をせずとも愛らしい。そもそも存在が愛らしいのである。


生きている、そこに在るだけで可愛い。それが猫。

甘える様な素振りを見せた次の瞬間には逃げてしまう。それが猫。

思い通りにならないからこそ可愛い。それが猫。


わたくしを夢中にして離さない。それが猫ちゃんなのである。



今日も今日とて、学園の裏庭の猫様。スコちゃんを眺めている。


「スコちゃん、今日のごはんは美味しいかしら?」


初めて見かけた時は灰色だったスコちゃんは、いつの間にか白くなった尻尾をパタンと一度だけ揺らした。


はあ。なんて、なんて……! かわいらしいのでしょうか。

お母様のお体の件が無ければ、今すぐスコちゃんの可愛らしいお腹に顔を埋めてしまうのに。


ああっ! スコちゃんがお腹をこちらに見せて誘惑しているわ!


なんて柔らかそうなの……!?

そ、そんなわかりやすい罠には引っ掛からなくてよ!

どうせ、自分は許されたのだと愚かにも見誤り触れようと近づけば逃げるのでしょう!?

くっ……! そんなキュルンとしたお目目で見ないで頂戴!!


「どうしてこんなに可愛いのかしら……」

「わかるよ」


スコちゃんと二人だけだと思い込んでいた空間に、あの低く響く美声が聞こえてきた。

完全にスコちゃんに気を取られていたばかりに、ついビクッと体を揺らしてしまった。その拍子にスコちゃんが素早くお腹を隠して警戒のポーズをとった。


ああっ! 驚かせちゃったわね、ごめんなさいねスコちゃん!


これ以上スコちゃんが驚かないよう、ゆっくりと立ち上がり手にしていた扇を広げる。

しゃがみ込んでいた制服の裾を整えるように、クルリと振り返る。

スコちゃんが見えないように隠すのも忘れないわ!


「まあ。バーナード様、ごきげんよう。こんなところでお会いするとは……どなたからか隠れていらっしゃるのかしら」


挨拶のついでに『どなたかに追われるようなことをされていると耳にしている』とほのめかし、こちらの状況(茂みに潜み猫に話しかけていた侯爵令嬢)をうやむやにさせるわ!


バーナード様はフッと軽く笑うと、まるで宮廷内を闊歩するように一歩二歩とこちらに近づいてくる。


「──アディール嬢は猫が好きなのか」


かわされたわ。私の先制攻撃を微笑み一つでサラリと躱し、正々堂々と正面から切り込まれたわ。

見逃してはもらえないようね……!


「……いいえ。鳴き声がするので、たまたま見に来ただけですわ。何事か正体は確認しましたので、わたくしは戻ります。では、ごきげんよう」


いつから見られていたのかしら! もうここでの逢瀬は控えた方がいいわね。

この場から去ろうと体を横に向けると、私の行く手をバーナード様に塞がれてしまった。


「わかるよ。俺もかわいいものは好きだ」

「……そうなのですか」


今度は反対側から去ろうと体を反転させると、また立ちふさがるバーナード様。


なんですの!? 通せんぼですの!? 懐かしいわ!


「俺は可愛らしい女性が好きだ。この国は可愛い子が多い」

「あの」


バーナード様は白い歯を輝かせ、にこやかに話しを続ける。ワイルド系美形に弱い時期だったら立ち止まってお話しを聞いていたかもしれませんが、今日のわたくしは違います! 通してくださいませ!


「しかし、アディール嬢に忠告されたように、この学園の可憐な花達には一切触れていないよ。これから咲く花々は見て楽しむ程度でいい。言いつけを守った従順な蜜蜂に高貴なる白薔薇は褒美をくれるのかな?」

「まだ蕾の花々が守られるのならば、わたくしから言うことは何もございませんわ。では、わたくしはそろそろ……」


なぜだか妖しい雰囲気を醸し出したバーナード様の横を通り抜けようとした瞬間。目の前に腕が現れ、また行く手を塞がれてしまった。

思ったより近くに立つバーナード様を見上げる。


「──ふむ。俺の顔はお好みではないかな? では本題へ移ろう」


空から降り注ぐ太陽を背に受け影になったバーナード様の顔の中で、鷲色の瞳が鋭く光った。


ざわり。お互いの醸し出す空気が変わった。

先ほどまではうららかな気持ちのいい日だったはずなのに、空気が重くなる。


「アディール嬢はなかなか1人にならないから、いつ話しかけようか困っていたんだよ。しかしまあ、やっと1人になってくれたから助かったよ。ありがとうね、"スコちゃん"?」


表情は先ほどの軽薄そうな人当たりの良さそうなものなのに、視線は冷たく鋭い。


「わたくしに、どのようなご用件でしょうか」


軽く頭を傾け、何も思い当たる節は無いとばかりにほほ笑みで跳ね返すように見返す。

バーナード様の様子から察するに、良い要件ではなさそうだ。


「アディール嬢は現在、第三王子であるリヒト殿下と婚約関係にあるのだろう? それなのに、ずいぶんとリチャードと仲が良いと気になってね。何が狙いなのだろうと興味が沸いて」

「狙い……とは」


バーナード様こそ、この話しの狙いはどこにあるのだろう。

警戒心を悟られないよう、反対に歌っているかのような声を出しバーナード様の様子をつぶさに観察する。


「最近、リヒト殿下に近づく令嬢がいるそうじゃないか。まあよくある学生時代のお遊びだと思っていたが、先日の様子を見て一つの可能性に気付いたわけだ。その令嬢はアディール嬢が差し向けたものでは?とね。そして、リヒト殿下に瑕疵をつけてリチャードへ鞍替えを狙ったんじゃないかと思ってね」

「まぁ。そのような恐ろしいこと、わたくしにはとても」


目を軽く伏せ悲しみの憂い顔を作り、本件には心を痛めています。というような雰囲気を出しておく。


「遊ぶだけならリチャードよりも俺の方が愉しませることができると思うが……どうかな?」


バーナード様の、嘲笑を浮かべた顔がぐっと近づいた。

どうやらバーナード様の中では、わたくしはとんでもなくふしだらな悪女になっているようだ。


それは悪役の解釈違いですわ!!


くっ……もしかしたら、私の怒りを誘い本音を話させるつもりなのかもしれないわね。

ふ、残念だったわね! わたくしはそんなわかりやすい罠には引っ掛からないわ!


バーナード様の挑発をヒラリと躱し、逆にどこから反撃しようかと策を巡らす。

私の猫パンチの切れ味は鋭くてよ……お覚悟は良いかしら


「もうリチャードも篭絡したようだし、アディール嬢の狙い通りに事が進んで、さぞ気分が──」


にゃんですって……?


「それも違いますわ」

「え?」


脳内ではバーナード様のワイルド系美形なお顔に鋭い猫パンチを一発入れてしまいましたわ!

しかし、左手の二発目が止まりません!


「リチャード様がわたくしを丸め込み上手に操縦することはあっても、逆はございません」


あのリチャード様が、あの魔王のようなリチャード様が! そうやすやすと私に篭絡されるようなお人だとても……? 馬鹿にしないでちょうだい!!


一度ならず二度までも! 解釈違いは戦争を生むのよ!!


「それに、リチャード様は甘言に惑わされるような方ではありません。あの方は人を見る目をお持ちだわ。なんでも見透かしてしまうのです」


千里眼リチャード様ですもの!


「リチャード様はわたくしに手懐けられるような、小さな男ではございませんわ」


というか、あの方は何をお考えなのか私には計り知れません。

わたくしのことを気にかけているのか思えば……他人の妃になれとからかったり!

わたくしを慌てさせたり、困らせたり、からかうのがお好きなのですわ。


リチャード様を馬鹿にされた怒りなのか、色々と思い出してしまったからなのか顔が熱くなってきたわ。きっと真っ赤になっているのでしょう。恥ずかしいわ!


バーナード様はわたくしの様子を見て、先ほどまでの鋭い目を消すとポカンと気が抜けたようにわたくしをまじまじと見やった。


「……アディール嬢は本当に──」

「あまりうちの可愛い猫をいじめないでもらえるか」


ふわっと、バーナード様とわたくしの間に人影が割り込んだ。

視界が広い背中でいっぱいになる。


「リチャード。ああ、そんな顔をしないでくれ。悪かったよ」


背中が遮ってしまい見えないがバーナード様が言う通り、この背中はリチャード様なのだろう。

なぜだか、この目の前にある背中に抱き着きたくてたまらなくなってしまった。


しゅしゅくじょたるもの、そのような破廉恥な真似は致しませんわ!


でも、我慢できなくて背中をそっと触れてしまった。

右手を添え、吸い込まれるように額を背中につけた。

なんだか、無性に、そうしたかったのだ。


「こ…っ……、こんなところで何をしているんだ」


……リチャード様も何故こんなところにいらっしゃったのかしら?

私が知らないだけで、ここは大人気スポットだったのかしら。


「なんでもないさ。"可愛い猫"が隠れていたから遊んでいただけだよ。ねえ?」


バーナード様がリチャード様の後ろに隠れる私に話しかける声に驚き、リチャード様の背中からパッと離れる。

危なかったわ。リチャード様の背中は魔性の背中ね。


「はい。猫の鳴き声に誘われ、見に来ただけですわ」


リチャード様の背中から横に一歩ずれ、何事も無かったかのように返事を返す。

チラリとリチャード様を見ると、耳が少し赤かった。どうしたのかしら。

リチャード様は私から視線をバーナード様に戻すと少し不機嫌そうな口調になった。


「……バーナードが何を勘違いしているのか知らないが、ローズは今回の揉め事とは無関係だ」

「どうやらそのようだね」


やはり、何か探りを入れられていたようだ。

お二人の言う"揉め事"が何かまではわからないが、疑いは晴れたようなので良しとする。


バーナード様はすっかり気が抜けたような表情だ。鋭さを消した目でリチャード様と私を交互に見て、何やらうんうんと何度も頷いている。どうした。うむ。こうして見ると、やっぱり美形だ。顔が良い。


なぜだか『状況を把握した。完全に』というようなニヤリと顔を作った美形は、舞台に上がった主役のように演技がかった仕草で私の前に跪いた。


「アディール嬢、無礼な真似をすまないね。どうやら俺の勘違いだったよ。まさか、二人が本当にただ惹かれあっているだけだとは……」

「バーナード! また余計なことを」


リチャード様がバーナード様の言葉を遮るように間に入った。

ふむ。確かに。


「ええ。確かに惹かれています。バーナード様には悟られてしまったのですね」

「「えっ」」


バッッッと音が出るほど素早い動きで振り返ったリチャード様。

早すぎて見えませんでしたわ。

あと、二人とも見過ぎですわ。照れてしまいますわ!


二人の視線から隠れるように持っていた扇で顔の半分を隠す。

きっと、また顔が赤くなってしまっただろう。


「リ、リチャード様のお心はわかりかねますが、わたくしの心はリチャード様のものですわ」


おや……リチャード様がまた東の信徒のような顔に……

何やら小声で「騙されないぞ」「罠だ」「待て」とつぶやいていらっしゃるわ。大丈夫かしら。


「……その言い方では、まるで恋をしているかのようだね」


バーナード様のからかうような言葉に、さらに顔が赤くなってしまった気がする。

目も潤んできてしまったわ。


潤んできてしまった瞳を隠すように、目を軽く伏せ逃げてしまう。


「恋かどうかはさて置いて、確かにわたくしはリチャード様をお慕いしておりますわ」


「えっ」


リチャード様がぐっと顔を寄せてきた。近いです!!!


しかし、ここまで来たら言うしかありませんね。


わたくしのリチャード様への想い。


皆様、準備はよろしくて?


リチャード様とバーナード様に向き直り、覚悟を決めたように息を軽く吐く。


「……最近、わたくしやっと気づいたのです。


リチャード様は私の心を震わせ揺さぶり、魅了する……


まさに理想的な指導者なのです!!


わたくしもいつかはリチャード様のような絶対的なカリスマに……え、なんですの。お二人とも」


なぜそんな、『敵を倒したと思ったのに、さらに強い敵が出て来た時の勇者』のようなお顔に。


「大変だなリチャード」

「……思い通りにならないからこそ可愛いんだ」


あら、リチャード様も猫好きだったのね。

趣味が合いますわね。


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