第20話 悪役令嬢の変相

本日は王宮の庭で月に一度のリヒト様とのお茶会である。

毎月毎月、このお茶会を楽しみに生きていたようなものだが……どうしたものか今日はそんなに心がウキウキ浮足立ってはいないのだ。なぜだろう。


朝起きた瞬間から私の心は”普通”だった。前日も平常通りに眠れたし、やたらと早く目が覚めもしなかった。ましてや感情が高ぶり急に歌い出したり、抑えきれない喜びに踊り出したりもしないし、窓を開け放ち小鳥さんたちに挨拶もしなかった。


会場となる王宮の庭を彩る花々も小鳥たちまで今日は普通である。いたって普通。

以前までこの王宮の花たちはキラキラ踊りだし(幻覚)

小鳥たちに至っては愛をさえずっていたいたではないか(幻聴)


なぜなの。

これには名探偵ローズも頭を抱えるわ。

リヒト様を真正面から見つめながら頂く紅茶はいつも通りの味だし(というかなぜ真正面なのかしら。今まではやや隣程度の距離ではなかったかしら?)リヒト様とのお茶会ではいつも天界からテーマソングが降りてくる(恋する乙女と音楽を生業にしている者だけに授けられるというアレね)というのに!


一体全体、どうしたことでしょう。


もしかして、毎日のようにリチャード様の輝くばかりの美形光線を浴びてしまっているからなの……?

以前まで舐めるように見ていたリヒト様のお顔も、今は普通に見れてしまうわ。

リヒト様も目が二つに鼻が一つで口も一つの普通の人間なのね。


リヒト様は何か他の事──”人”かもしれないが──を思い浮かべているのか、蜂蜜が入った小瓶を指でなぞり物憂げな表情をしている。

以前と違って真正面の対極にある席から眺めているからリヒト様のそんな小さな仕草の意味を考えてしまうのだろうか。


”蜂蜜”に注がれていた視線がゆらりと持ち上がり、カチリと視線が合う。

席に座る私の存在をやっと思い出したのか、すまなそうにまた眉が下がった。


「……ローズは今日も派手な装いだね。そのドレスの端についている宝石の一つでも配ったら飢えずに済む民がいる、と憂いている”生徒”がいるのは知っている? その言葉を思い出していた。ローズはそう思わない?」


リヒト様が喋ったわ!

一応、本日の装いについてから会話を始めるらしい。


「……こちらの装飾のことでしょうか?」


本日の私のドレスは空色のドレスに透明の輝く装飾を品良くあしらっている。その装飾を一撫でし、リヒト様に向けてほほ笑みを作る。


「──こちらは宝石では無く、アディール領の職人たちがガラスを加工したものなのです」



今は昔、我がリベラティオ王国は宝石の名産国だった。

いや、今も近隣国より豊富に採掘は続けられているが、宝石は自然が産んだ限りある資源だ。


年間採掘量の推移を見ても、緩やかに減少傾向にある。

やがて遠くない未来に宝石は取れなくなるだろう。と、私は見ている。


いつかやってくる未来は置いておいて、現在我がアディール領の一角には≪職人の街≫として様々な職人たちが多く住む地区がある。その中には、もちろん現役の宝石加工職人たちや貴金属加工や鑑定士たちも多く住む。


運命の出会いは、その街の孤児院へ慰問に訪れた時のことだ。


その、孤児院としても機能する教会の窓には色付きの小さなガラス片が何色も繋げられ、一枚の窓ガラスとしてはめられており、日に透けて輝く光がなんとも神秘的だった。


他の街の教会では窓ガラスは一般的に使われない。使用されている貴族御用達の大規模な教会でも無色透明が一般的である。

私もこの街に来て初めて、この澄んだ色とりどりの窓ガラスを見た。


シスターに話を聞くと、やはりここが職人たちが多く住む場所ならではの理由だった。


とあるガラス職人が透明なガラス板を作る際、たまたまそばにあった金属屑が混ざってしまい色付きのガラスが出来てしまった。もったいないので、それを自宅の窓に使っていたが子どもが割った。

それを何回か繰り返し、庭の隅に置かれた多色のガラスの破片の山を見た金物職人がガラス同士を金属で固定させ一枚の窓ガラスに仕立てた。


それがなかなかどうして良い出来で、金属の枠が小さなガラス片の間を通っているので割れにくい! 張り切って大きく仕立ててしまったので、寄進ということで教会の窓ガラスとして設置したとのことだった。


なんておもしろい話しだろう! と、興奮のまま早速その職人たちに会いに行きお宝の山(多色のガラスの破片の山)まで見せてもらった。

乙女な私はその中でもリヒト様の瞳によく似た青いガラスの破片に目を奪われ、勢いよくそれを掴みあげたところ傍に立っていた侍女や突然の訪問客に戸惑っていた職人たちに驚愕と恐怖の悲鳴を上げさせてしまった。


しかし私がお宝の山に手を伸ばすことを予測していたのか、同時にこちらに駆け寄っていた護衛騎士の一人に素早くお宝ごと手を取り上げられ、侍女に手を検分され、私に同行していた者たちから尋常じゃない圧を感じた。

悪いとは思っているわ。恋する乙女は猪突猛進なの。


圧から逃げるように後ろで固まっていた職人たちに視線を流せば、なぜだか死を覚悟したような面持ちで膝をついていた。安心してほしい。貴族といえばの理不尽エンドの予定は無い。恋する乙女がゆえに勝手にガラスの山に素手を入れたのは私である。


幼いころからの仲である侍女や護衛騎士に体が震えるほどの圧で叱られたので、手を組み辞世の句を詠み始めている職人に「触れても良いように出来て?」と声をかければ、雄々しく進み出た研磨機を持つ職人の一人が護衛騎士からガラスを両手で受け取ると、残像が残るほど素早い動きで工場へ走って行ってしまった。恐らく妻子であろう女性に「お前たちだけでも逃げろ」と言い残し。もちろん粛清前の猶予のつもりで言ったのでは無いのだが。


その背中を追い工場へ侵入……いや潜入……いえいえ、お邪魔しようとしたら、護衛騎士に話は終わっていないと通せんぼをされてしまった。しかし、護衛騎士は私の"お願い"に弱いので、目と目を合わせて真摯に上目使いでお願いをしたら通してくれた。チョロいですわ!


騙されなかった侍女に捕まってしまい近くで見ることはできなかったが、工場の中で繰り広げられる職人たちの手さばきにワクワクが止まらなかった。


そして、出来上がったもの騎士経由で受け取った私はうっとりと──しなかった。


「丸いわ」


コロンと角が取れ丸くなったガラス片を指でつつきながら、つい不満顔になってしまった。

これではただのガラス片よ。あの教会にあった、日の光を受け発光したかのような神秘的な色ガラスを見た時のような高揚感は無い。


知らず溜息が出た。


「──もっとキラキラと輝くようなものを期待していたわ」


その時の私はよほどガッカリとした顔をしていたのか、先ほどまでは死を待つばかりといった様子だった職人の目に火が宿った。それはそうだろう。突然やってきて生活を脅かした挙句、ぼんやりとした要望しか聞かされていないのに期待外れと評されたのだ。ただの小娘に。


どうせ死ぬならと肝が据わった様子の職人は私の目をしっかりと睨み返した。


それから何度も何度も、これでは無い!もっと光を跳ね返すほどに!と、ここぞとばかりにワガママをぶつけた。最初こそ侍女と騎士を間に挟んでやり取りを行っていたが、途中からはもう情熱のぶつけ合いである。途中から騒ぎを聞きつけた腕に覚えのある職人たちが集まり、あーでもないこーでもないと意見をぶつけ合った。


そして産まれたのが、宝石のカッティング加工技術を用いた美しい青のガラス石だ。

太陽の光を様々な方向へ反射させ、キラキラと輝く様はため息が出るほど見事な出来だった。もちろん感嘆のため息だ。


「まぁ……! なんて見事な出来でしょうか! お願いしてよかったわ……とても素敵。光を浴びて透ける色や、跳ね返す光の見事なこと。ずっと見ていたいほど綺麗だわ」


そうお礼を告げた時の職人たちの表情は、とても誇らしげだった。

それを見て、私も心からの笑顔が出た。


──その後、職人たちからの贈り物が我が邸に届いた。

あの時の私たちの情熱が形となった、カッティング加工をされたガラス石を何個も繋ぎ、華やかに色を反射させる燭台だった。もちろん、私は大喜びでお父様やお母様へ自慢した。一連の出来事と共に。

お母様にはやんわり怒られたが、お父様とお兄様には響いたようだ。


そうでしょうそうでしょう。あの職人たちはすごいのです! 貴族の小娘の我儘だと相手にしない道もあったのに真摯に向き合ってくれた職人たちこそが宝だろう。


それからあれよあれよと話は発展し、今は試作段階だがドレスの装飾に出来るほど細かくガラスを加工する段階になっている。



──話しが長くなってしまったが、今はリヒト様との月に一度のお茶の時間である。


以前はこの時間よ永遠に!と黒魔術でも使う勢いだったが、今は早くこの場を辞しリチャード様の執務室へ行って、このドレスの装飾と職人の技術を自慢したい。


「ガラス? なんだ、紛い物か。紛らわしい」


そもそも、なぜリヒト様はこんなにもツンツンとしているのだろうか。どことなく心が不安定に見えるわ。


「ふふ、我が領の職人の技術をお褒め頂き光栄ですわ」


ハッ……! わかったわ。

名探偵ローズ、ピーンときました。


これがいわゆる、”反抗期”というものなのだわ!


体が大人になる反動で心が不安定となり、他人の指示に対して拒否、抵抗、反抗的な行動をとることが増え

つい攻撃的な言動をしてしまうとお母様のご友人のマダムたちから聞いたことがありますわ。


子供から大人へと成長する過程……リヒト様も大人になろうとしていらっしゃるのね……!!


リヒト様、ファイト!!


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