第18話 悪役令嬢の感知

今日のリヒト様は、図書室にてソーニャ様とお勉強をしている。

それ(ターゲットたち)を物陰(死角)から観察する悪役令嬢こと、わたくしローズ・アディール。


あ! ソーニャ様がリヒト様の手をペンでツンツンしていますわ! なんてあざと可愛い仕草でしょうか! さながら、かまって欲しい子猫ちゃんということでしょうか!

まあ! リヒト様はそれを見て、照れ笑いをしながらソーニャ様の頬をツンとつつきましたわ!


「今はお勉強の時間では無かったの……?」

「デートの場所を図書館に移しただけのようだね」


!!!!!

急に耳元で囁かれた声と存在に、思わず叫びそうになってしまったわ。


「……急に現れると驚いてしまいますわ」

「驚かせているんだよ」


ふふ、とほほ笑むリチャード様。

おかしいわ。私がここに潜んだ時には誰もいなかったはずですのに。


──そう、私たちがいるのはターゲットたちがいる図書館を見下ろす回廊の影。

我が学園の図書館は上にも横に広く、何本もの回廊が天井に通っている。その影から頑張るリヒト様とソーニャ様を見守ること二十分。


その間、お二人は教科書を見るよりお互いを見つめ合う時間の方が長いことはわかったわ。


「よくここがわかりましたね」

「ローズを見つけるのは得意なんだ」

「……昔から、隠れんぼをするとすぐリチャードお兄様に見つけられてしまいましたものね」

「はは、懐かしいね」


リチャード様はリヒト様たちの方を見ている。

いつの間にか、私はリヒト様たちの方では無く隣に立つリチャード様をじっと見ていた。


「……ここ最近、ローズに避けられているような気がしていたのだけど、今日はいいの?」


と、急にリチャード様の流し目光線にあてられた。

私の心臓は動いているだろうか。


つい、勢いよく目を逸らしてしまう。


いいいいけないわ。こんな態度をしていては誤解されてしまうわ!

ええい!女は度胸よ!


「──もう悩みは解決しましたので大丈夫ですわ。それに……わたくし、決めましたの」


どうしても、どうしても恥ずかしくて顔を上げられないので、リチャード様の制服の裾を少しだけ掴む。


「リチャード様に、ついていくと」

「ロ、ローズ……!?」


リチャード様の手がウロウロと彷徨い、裾を掴む私の手を優しく包んだ。

その手のぬくもりに緊張が解け、ゆっくり、ゆっくりと視線を上げる。今は、なんだかリチャード様の空色の目を見たかったのだ。


見上げたリチャード様の瞳は、私の記憶よりずっと熱く、私を見ていた。

それがなんだか、いたたまれなくなる程恥ずかしく、嬉しかった。


「──命ある限り……私の魂は燃え輝くのですわ」

「……ん?………燃え…んん?」


師匠……あなたについて行きますわ……!

なぜだか固まってしまった師匠としっかり目と目を合わせ、大きく頷き合い(?)お互いの目指すべき道が決まったことを再確認し、ターゲット観察に戻る。


「……あ、今度は肩をあんなに寄せ合って内緒話していますわっ! ご覧になりまして、リチャード様? あら……大丈夫ですか? なぜそんな東の国の信徒のようなお顔に」

「いや……。期待した自分が甘かったんだ、と自分を律しているところだ。気にしないでくれ」


東の国には、神の悟りを開くために神の教えを学び、修業に励む僧という信徒がいると本で読んだことがある。なんでも、悟りを開くために楽ではない行動を繰り返すらしい。


自分に厳しいリチャード様……素敵ですわ!


「──おや? これはこれは。こんなとことで逢い引き中かな?」


と、そこに聞き慣れない声が通った。

上品なのにどこか男らしさがあるワイルド系美形が、私とリチャード様が隠れている回廊を悠然と歩き近付いてきた。


隣国からの交換留学生として我が国の学園に通うバーナード・ベラータ様だ。隣国のベラータ公爵家嫡男だと聞いたことがある。

ベラータ様の姿を確認し、略式のカーテシーをする。


「バーナード。急に現れたら驚くだろう」


そう言いながらリチャード様は驚いた様子もなく、爽やかな王太子様顔でベラータ様を迎えた。

そうですわよね!? 急に現れたら驚きますわよね!? つい先ほど、わたくしもそう言ったところですわ!


「はは、気付いていたくせに。アディール嬢、驚かせたね。堅苦しいのはやめにしよう。以前から学園の高貴なる薔薇と讃えられるローズ・アディール嬢とは話してみたいと思っていたんだ、仲良くしてほしい。リチャードと同じぐらいね」


ベラータ様は私の右手を持ち上げると手の甲に唇を落とし、ウインクを送った。


きゃー!!! ワイルド系美形のウインクですわ!

体が震えるほどの美声低音で「ローズ」なんて言われてしまったわ。本当に震えてないかしら。大丈夫かしら。

王子様系統の美形に心が疲れていたタイミングだったら危なかったわね。


扇で口元を隠し、微笑みを返す。


「まぁ……光栄ですわ。わたくしもお友達からベラータ様のお噂は聞き及んでおりますわ。……我が国の華達には優しくしてくださいましね」


ベラータ様は隣国でも中々のプレイボーイだと噂は聞いているわ! 学園内ではお控え頂かないと困るわ!


「はは! アディール嬢には嫌われたくないからね。肝に銘じておくよ。それと、私のことはバーナードと。これから長い付き合いになるのだから」


バーナード様は何とも意味有り気な視線を返すと、邪魔したねと去っていった。


「……なんとも掴みどころのない方でしたわ」

「あれでいてバーナードは気の良いやつなんだ」

「お知り合いなのですか?」

「あぁ。隣国の……元婚約者殿の親戚でね。どちらかというと、元婚約者殿よりバーナードと親しくなってしまったけれどね」


リチャード様の表情は楽しかった日々を思い出すように温かみがあり、バーナード様とは本当に親しいことがわかった。

そのバーナード様とお話しして、気になったことがある。


「リチャード様。あの……少し気になることが」


リチャード様は私の表情を見ると、真剣な表情に切り替わった。


「昔の語学講師の方のお話しを思い出しました。我が国と隣国の政治と統治の歴史の中で、国境を越えても王都周辺の使用言語はほぼ同じとなったのですが、現在も一音だけ隣国独特の音が混ざり残っていると聞きました。ごくごくほんの少しの小さなニュアンス程度のことなので、矯正するのはとても良い耳がなければ難しいと……。先程のバーナード様が私の名を《ロォーズ》と発音なさいましたの。それで、あの語学講師の方のお話は本当だったのだと思い出しましたの」


「……ほう。それで」


リチャード様の声は為政者のそれだった。

やはり、私の魂を震わせるのはリチャード様だけだわ。


「バーナード様は”交換留学”として我が国に滞在されており、隣国からの正式なお客様は現在バーナード様のみ。隣国との関係が変わろうとしている今、二人目のお客様は迎えていないと把握しております。そんな折、ソーニャ様もわたくしの名を《ロォーズ》と発音され、とても可愛らしいと思ったことを同時に思い出しまして……」


リチャード様の魔王のような微笑みから目を逸らせなかった。

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