第6話 悪役令嬢の兵法
うららかな昼下がり。
優雅なティータイムをしに学園内にあるサロンまで、お友達の皆さんと廊下を歩いていた時に。またまたリヒト様とソーニャ様が仲良く噴水の縁に腰かけ談笑しているシーンを目撃してしまった。
「ローズ様! ご覧ください、あの光景!」
ええ。ええ。見てますわ。
しっかり、ばっちり、見てますわ。
先日より、お二人の距離が四センチほど近くなっているわね!
「ローズ様のリヒト殿下になんてことを……あの方、お名前はなんとおっしゃるのでしょう」
「確か、マーニャだかミーニャだかですわ」
惜しいわ。ソーニャ様よ!
「ネーニャ様……いえ、ノーニャ様……? とにかく、あのベルディン男爵家の……」
「あぁ。あのベルディン男爵家ですのね。道理で」
この"道理で"には嫌な意味が含まれたやつですわね! ついこの間のリチャード様の演技指導で勉強したわ。本当に日常会話で使うのね。リチャード様は博識でいらっしゃるわ!
「あの方はここ最近ベルディン男爵家に引き取られたと風の噂を耳にしました。なんでも、元々は市井の方だとか」
「まぁ。お母様は元々家に仕えるメイドだった……という噂の方ですのね。道理で」
あ、また出たわ!
クスクスと声を潜め囁き合う姿は内容を知らなければ、とても楽し気に見える。また彼女たちの”噂話”が始まってしまったが、噂話をすること自体は大事なことだと私は思う。噂話が全て本当だとは思わないが、その中にも大事な情報が隠されていたり、またどこからの、誰の視点で、誰が流した情報なのかを推察することで見えなかったものが見えてくることがある。有象無象にある真偽不確かな情報を取捨選択し、世情を読む。これも、私たちの”社交”なのだ。
まあ、しかし。
この流れは非常によくない。私の心情を察した(解釈した)令嬢達がソーニャ様の排除に動く未来が見えるわ……!
「──皆さま、どうか落ち着いて。ソーニャ様はわたくしたちのルールをご存じないのだわ。誰しも、知らない時があって当然です。これから知っていけばよろしいのではなくて?」
目を伏せ、この話題に心を痛めている……という感じを出しておけば流れが変わるかもしれないわ!
「素晴らしいですわ……! 慈悲深きローズ様のおっしゃる通り! 彼女に教えて差し上げなくてはなりませんね」
おや?
「どのような者にもお心を砕かれるローズ様のお優しさに、わたくし感動で胸が震えましたわ! ぜひ、彼女を本日の放課後にでもお呼びしましょう!」
おやおや?
「皆さまも、ご予定はよろしくて?」
あっ!あっ!これ!この流れ知ってるわ。集団で寄ってたかってソーニャ様に脅しをかけるやつですわね。ダメダメそんなことをしてしまえば、ソーニャ様が遠慮なさってリヒト様との距離が開いてしまうわ! せっかく四センチも縮まったのに! あの距離には私の涙が燃料となっているのよ……!
「──いいえ」
私の声に、騒めいていた彼女たちの動きがピタリと止まる。
「ソーニャ様にはわたくしからお話しするわ。このような楽しみなことを……横から取らないでくださいね?」
手に持っていた扇で口元を隠し、リチャード様にご指導いただいた"麗しの威圧笑み"を披露する。
これは、相手に自分の主張を飲み込ませ黙らせたいときに使うと効果的とおっしゃっていたわ。
「……ッ、ローズ様……!」
「……出過ぎた真似を申し訳ありません!」
「いいのよ。皆さんの優しさはわかっているわ。ありがとう」
「「「「「ローズ様…!」」」」」
こうかは ばつぐんだ!
今度は違う意味できゃあきゃあ盛り上がってしまった彼女たちに、早くサロンへ行こうと促そうとした時。先の廊下にいくつかの足音と、つい先日も聞いた美麗な声が響いた。
「──ローズ。こんなところでどうしたんだ」
「……殿下。ごきげんよう」
ここは皆さんがいらっしゃいますからね。
リチャード様とお兄様とその他、側近の方々に向かって挨拶をする。盛り上がっていた令嬢たちも私に習い礼をした。それを慣れた動作で制し、リチャード様が私の方へ近づいてきた。そして側近の方々が阿吽の呼吸で令嬢たちをサロンへと案内して行った。
随分と統率がとれていらっしゃる……。
あれよあれよという間に、ここに残ったのはリチャード様とお兄様、そして私だけとなった。
「ローズ。こんなところで会うなんて、偶然だね?」
「同じ学園に通っているのですから、偶然ではございません」
ツンと言い返したのにリチャード様はニコニコ顔だ。
私は知っている。この顔は猫がおもちゃをいたぶる前のやつよ!
「あぁ。あの二人は今日もこんな目立つところで話しているのか」
リチャード様の視線は庭で談笑する二人の姿に流れたが、ふーんとつまらなそうな表情だ。美形はそんな時も物憂げな美しさが光る。うむ。顔が良い。
「──ローズは、あの二人のことをどこまで知っているのかな」
「はい?」
「まず、敵を攻める時は相手のことを誰よりも詳しくならなくては。戦の基本だよ」
「戦なんて、しておりませんわ」
リチャード様は何を言い出したのだ。
戸惑いがちな私たち兄妹を置いてけぼりにしたまま、頭を緩く振りやれやれといった雰囲気で続ける。
やれやれはこちらのセリフである。
「ローズ……悪役が活きるのは、戦いの中でだよ。」
「悪役が活きる……」
ハッ!まさか
背けていた顔をリチャード様へと戻す。
リチャード様のお顔は、まさに数多の敵と戦い、勝ってきた者のそれだった。
「また、仲が深まるのも戦いの中なんだ」
「…仲が……深まる」
いつの間にかリチャード様の醸し出す強者の雰囲気にのまれ、つい拳に力が入る。
「そうだ。ローズという敵がいるからこそ、あの二人の距離が縮まるんだ」
「私という敵、が……」
己の手を見やる。私の手に……そのような力が……!
「あぁ。二人の仲を邪魔しようとすればするほど二人の想いは深く、強くなっていくものなんだ」
「まぁ……!!」
そうよね。そうよ。別っても別っても離れられないのが運命の相手ってやつよね!
「敵の敵……つまり、ローズの"敵"はあの二人だ。まず、敵のことを調べよう」
「はい……! お任せください!」
黒子の数まで調べてやりますわ!
リチャード様の空色の瞳をしっかりと見つめ、お互い大きく頷いた。
「良い返事だ。調べたら私のところまでおいで。作戦を考えよう」
「はい!」
「ローズ……リチャード……」
お兄様が何か言いたげだったことには気づかなかった。
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