第5話 悪役令嬢の宣言

「──それで”悪役令嬢”は、次に何をするのかな?」

「ローズ、また変なことをして遊んでいるのか。リチャードも一緒になって何をやっているんだ」


ここはリチャードお兄様……いえ、王太子殿下の執務室である。ついでに兄もいる。


「お兄様。わたくしは遊んでなんていませんわ。”また”なんて、よしてくださいませ」


ツンと言い返し、王宮に相応しい香り高い紅茶を一口頂く。紅茶の爽やかな香りが鼻に抜け、舌を潤す。

──なんて優雅で……居心地の悪い空間だろう。


それでは、なぜ(まだギリギリ)第三王子の婚約者でしかない私が王太子殿下の執務室にいるのかと言うところから説明させてほしい。



時は今朝まで巻き戻る。


本日は学園が休みであり、(まだギリギリ)第三王子の婚約者である私が王宮まで王子妃教育を受けに行く日でもある。

順調に行けば、学園を卒業後にリヒト様の妃となる予定だったが、もう全ては破滅へと向かっている。


全てが無駄。幼いころからリヒト様のお役に立てるよう努力してきた全てが水の泡。

これから王宮に行くのも無駄であるし、私の全てが無となり土に還る……


と、絶望の縁で悲劇のヒロインよろしくウジウジとベットの上でゴロゴロしていたが、有能な侍女たちの手により定刻通りに準備が整ってしまった。準備が間に合わなくて、なんて言い訳が一つ潰れてしまった。


仕方がない。ここは一つ仮病でも……と企んでいたら、王宮に向かうお兄様と一緒の馬車に乗せられ、あれよあれよという間に王宮まで来てしまった。


これがいわゆる”強制力”というものではなくて……? 本で読んだことあるわ!


そして、いつもの王子妃教育が行われる部屋に案内されるのかと思いきや、通された先がなんと王太子殿下の執務室だったという訳だ。



我が国の王太子殿下は多忙のはずなのに、ワクワク顔で次の悪役令嬢の活躍の打ち合わせをご所望だ。しかし、先日の初戦で、まさに”試合に勝って勝負に負けた”私の心はズタボロのボロボロなのだ。傷を癒す時間が欲しい。


王室御用達の職人が腕によりをかけて作り出した、見事な意匠のティーカップを音も無く戻す。伏せていた目を開き、姿勢を整え王太子殿下へ向き直る。


「──そのお話しは後程……。本日はお勉強をしに登城したのですわ」

「何をしに?」


麗しの王太子殿下は本日も美形だ。顔が良い。その王太子殿下の顔を見ていると、ふんわりとリヒト様を思い出してしまってつらい。大好きな美形を見るのがツライなんてツライ。


「な、何とは……王子妃教育ですわ……!」

「では、必要ないね」


リヒト様と同系統の王子様系美形に! 必要ないと!! 今、それは禁句ですわ!!!

出し切ったと思っていた涙が、ここぞとばかりに出張ってくる。


「ううぅ……っ」

「あぁ、ちがうちがう。ごめんね。ローズは王子妃教育を完了していると聞いているよ?」


「……はい?」


なんですって? 王子妃教育が、完了している……?

いやいや、まさか。だってまだやることありましたよ? まだ外国語の習熟度だって足りていないですし、やらなければならないこと、学んでおきたい事は山積みですわ!


……まあ、私には必要なさそうなのですが!


あ、また涙が


「今、ローズがしているのは王子妃教育の範疇を超えている。官僚か外交使節団に入りたいなら話しは別だけど」


いつの間にか側に座っていた殿下は心配そうに眉を下げ、私の涙をハンカチで拭ってくれた。

だから! その申し訳なさそうな顔! 昨日のリヒト様を思い出してしまいますから!


「いえ……っ、わたくしは官僚を目指しておりません」


殿下からハンカチをお借りし、思いっきり顔を背けてしまったけれどしょうがない。向こう三年は大好きな王子様系統の美形を見ると辛くなってしまうだろう。私に残された道は騎士のような野性味あるワイルド系美形を愛でるしかないのかもしれない。


「だよね。ローズが目指しているのは悪役令嬢、だものね? それも史上最高の」


殿下の声色が変わった。それは少し、凄みを含んでいて。


「……はい」


突然流れてきた不穏な空気を察知し顔を上げると、そこには魔王よろしく、とっっっても黒く笑う美形がこちらを見ていた。


ひぇッ!!


ま、魔王……じゃなかった、殿下は悪役も裸足で逃げるような笑みで続けた。


「──では今後、その”史上最高の悪役令嬢”の作戦会議をしつつ、休みの日は私の執務の手伝いもお願いできるかな」

「はい!?」


「私もローズの悪役令嬢としての活躍を応援したいんだ。自分のやりたいことをするからには、やることはなやらなければならない。わかるね?」

「それは……わかります……? けど……?」


「では、これは取引だ。私はローズが史上最高の悪役となれるように手伝う。ローズは私の仕事を手伝う。完璧だ。一分の隙もない」


殿下の涼やかな声が執務室に落ちた。

私と、この場を黙って聞いていたお兄様も目が点だ。


この方は何をおっしゃっているのやら……


「いえいえ、殿下……」

「リチャードだ。お兄様、でもいいよ」

「殿下、あのですね」

「リチャード」

「……リチャード様。別にわたくしは手伝っていただかなくとも……」


「昨日は上手くいっただろう?」

「……いきましたけど」


「ローズ一人で、あそこまで見事な悪役になれたかどうか……。ローズはそんなに自信があるのかな?」

「……ですが」

「私が見ていた限りでは草むらに忍んで、ただ見ていただけだったけれど……」

「……し、しかし」

「一人で出来るのなら、いいんじゃないか? ”史上最高の悪役令嬢”」


ぐぅの音も出ない。

確かに、先日のリチャード様監修の悪役令嬢はとても……かっこよかった。想像通りの堂々とした悪役令嬢になることが出来た。リチャード様が協力してくれるならば百人力だろう。そうだとは思うけれど。


「でも、わたくしは……王太子殿下の執務のお手伝いだなんてとても出来そうにありませんわ……」


王太子殿下であるリチャードお兄様に協力して頂いても、私から”王太子殿下”に返せるものが無い。平たく言えば自信が無いのだ。どうせ私なんて婚約者に浮気されて土に還る女ですし……。


「──ほう。史上最高の悪役令嬢が聞いて呆れる。出来ないなら出来るようになってみせる、ぐらい言えないのか」


私の心を見透かしたようにリチャード様は無表情になり、低く冷たい声で言った。その声は本当に呆れているようで、私の傷ついた心を逆撫でた。


「なっ……!」


「威勢が良かったのは口だけか。それでよくもまぁ、史上最高の? ハッ! 惨めな負け犬は良く吠える」


なんですって……?

なんですって……!?


ちょっと私好みの王子様系美形だからって!

ちょっと運良く王家に生まれたからって!!

ちょっと王太子だからってええ!!!


先ほどまでいじけて、しぼんでいた心が怒りによって膨れ上がる。

喉が熱くなり、髪の毛が逆立ち、拳に力が入った。


「──なんて失礼な! 馬鹿にしないでくださいませ! リチャードお兄様に出来て私に出来ないはずありませんわ! わたくしは史上最高の! 悪役令嬢となるのです! 可哀想なわんちゃんはどちらか見せてやりますわ!」


勢いよく立ち上がり、無礼な王太子に宣言してやった。


お兄様は顔面蒼白で口を開け驚いているし、無礼な王太子は目を軽く開くと、美麗な顔が花開くように朗らかに笑った。


「ははは! さすがローズ。惚れ惚れするほどかっこいいな。では、契約成立だ」


わたくし、もしかして魔王の口車に乗せられてしまったのかしら



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