第7話 悪役令嬢の初恋

「では、こちらの資料をご覧ください」


目の前のソファーに優雅に座るリチャード様に一枚の紙を差し出した。

隣にいるお兄様ものぞき込む。

お兄様は後で!


**************


ソーニャ・ヘルディン(16)


・母親が死去したことにより、ヘルディン男爵に引き取られた。

・珍しいピンクブロンドがキュートで、蜂蜜色の目がこれまたプリティ。

・動物と草花をこよなく愛する心優しき少女。

・貴族に関わるようになってから日が浅く、ちょっと周りを驚かせてしまうけれども

 持ち前の愛嬌でカバー!さすがソーニャ様!

・入学式の日。転んだところをリヒト様に助けられ、心惹かれるように。



リヒト・リベラティオ(16)


・我がリベラティオ国の第三王子。類まれなる美形。芸術家肌。

・王家特有の輝く金色の髪!そして青い目!そして彫刻家も肩を温めてから取り掛かるほどの美形。

・穏やかで優しく素直で少年の心を忘れない美形。あざとすぎ。

・ちょっと自分に自信が無くて、でも褒められると伸びる可能性大!素敵!

・入学式の日、助けた乙女の優しい笑顔に心を掴まれた。


**************


「……ローズ」

「はい。力作です!」


資料から目を上げたリチャード様の視線を受け、フンスと自信満々で膨らんだ胸を突き出す。リチャード様は半目だが、きっと私の探偵能力に驚いているに違いない。


「……ローズがあの二人をどう見ているのかは、わかったよ。それと、リヒトのことをどう思っているのかもね」

「まぁ!わたくしの心の内が見えまして!?」


ひゃっと顔を手で隠したが遅かっただろうか。乙女は恥ずかしがり屋なのだ。


「──リヒトのどこをそんなに好いていたのかな」


リチャード様は片手で資料をヒラヒラと揺らしながら、からかうような目で見てくる。


「資料に書いてある通り、好きにならない理由がございません!」


ふぅんと聞いているのか聞いていないのか、リチャード様が私の隣に腰かけた。


「穏やかで優しく素直で少年の心を忘れない美形! ちょっと自分に自信が無いところもいいですね。グッときます」


リチャード様はそのまま私の手を取り、大きな手ですっぽりと包んだ。


「あ、あと……顔ですね」


私の声は震えていないだろうか。歓喜の方で。私がこの魔王の誘惑に耐性を持っていなかったら卒倒しているだろう。


「──穏やかで、優しい、美形ならここにもいるじゃないか」


リチャード様はひどく艶っぽい表情で私の手に一つ、キスを落とした。


んんんにゃにゃにゃにゃ!!

私がこの魔王の誘惑に耐性を持っていなかったら(本日二回目)


「にゃ、にゃめ、ダメです! リチャードお兄様はダメです!!」


シュバッと囚われし己の手を奪い返し、魔王から距離を取る。

いいいかん! 魔王の毒牙にかかるところだったではないか!!


「子どもには、私の魅力は早かったかな?」


ふふ、と笑うと先ほどまでの艶っぽい表情を変え、いつもの"リチャードお兄様"に戻った。ホッとして、警戒を解きいつもの距離に戻る。


「ま、またからかいましたわね! それに、私はもう子どもではありません。立派な淑女ですわ」

「はは、そうだね。──もう子どもではない」


リチャード様はまた、あの魔王顔で私の髪をひと房持ち上げキスを落とした。

んにゃ! 油断させておいて卑怯なり!


「リチャード。妹をからかう時は俺がいないときにしてくれ」

「お兄様! 止めるのが遅いわ!」


というか、そのセリフはある意味止めてないわ!

向かいの席で気まず気な顔の兄が、やっとその場を諫めてくれた。


「……いや、これは随分、気を利かせた……というか……」

「パトリックは心配性だね。こんなことろで何も起こらないだろう。ね?」

「あぁ……そう、だな」


お兄様、今日はちょっと挙動不審ね。もしかしてお腹がすいていらっしゃるのかしら。


「ローズ。私では”ダメ”でリヒトは”良い”理由はなんだ。言ってみなさい」


リチャード様はなぜか元の位置に戻らず、そのまま私の髪をクルクルと指に巻き付け遊び始めた。


「リヒト様は……本当に、お優しいんです。わたくし、幼い頃はこの髪の色が嫌いでした」


リチャード様の指に巻かれる、白っぽい銀色の髪を見つめる。


お兄様の髪は濃い銀色なのに、私の髪の毛は日の光の下で見ると白っぽい銀色に見える。それが老婆のようだとからかわれてから、なんとなく自分の髪の色が嫌いだった。


その日も庭の木の下で、頭からスカーフを巻きかくれんぼをしていた。

隠れている最中に髪を隠していたスカーフの結び目が緩んでしまい、結び直そうにも自分では直せなくて困っていた。


スカーフの端を両手で握り、泣き顔なんて見せなられないと止まらぬ涙のせいで、出てこれなくなってしまった私を見つけてくれたのが金の髪の少年だった。日の光を跳ね返し、キラキラと輝く金の髪はとても綺麗だった。


「──その少年は、私の髪を綺麗だと言ってくださったのです。流れ星の軌跡のようだ、と! なんて詩的で素敵な喩えでしょうか! 乙女のハート鷲掴みです! それが私の初恋ですわ。それから私はリヒト様のことをお慕いしているのです。リヒト様の助けになれるように、恥ずかしくない妃になれるように、いつか好いてもらえるようにと……リチャード様?」


リチャード様は両手で顔を隠し、うつむいている。耳が赤いぞ。人の惚気話しを聞いてなぜ照れる。


兄は手で口を隠し、とんでもないものを見つけたかのような目を向けている。なぜだ。


「あ、弟の惚気話しは照れますわね。失礼いたしました。それに、このお話しはリヒト様には内緒にしておいてくださいませね」

「なぜ」


まだリチャード様は復活していないのか手を顔から離さない。


「……リヒト様はこの出来事をお忘れですもの。しかし! リヒト様はそれにしても顔が良い! だからいいのです」

「なんだそれは」


ふー、とやっと復活したリチャード様を見る。

リチャード様もお顔は良いんですけどね。なんせ魔王なので。



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