第49話 「高校受験本番」分岐点。



関川の部屋にいた。


紺野と同じで、由緒正しい「地元名士」の家柄。

でも、紺野とは正反対っていってもいい。野球部のエースで、成績は学年で1番とか2番。


常に行動に自信が満ち溢れている。

マウンド上での度胸も良かった。カッコよかった。

何事にも動じない・・・・んな感じだ。


クラスが志村によって支配されていこうとしたとき、正面切って反対というか、対抗したのは関川だけだった。

他の男子生徒は、ブチブチ文句は垂れても、正面切って志村と事を構えようってほどの強さはなかった。・・・・ボクら「窓際族」が、その典型だ・笑。


・・・・まぁ、ボクたち「窓際族」は、そんな・・・・なんていうんだろう、学校のスターさんたちと事をかまえるなんて、恐れ多くてできないって、最初から避けてる感じもある・・・・どーでもいいや・・・んな感じもある。


関川は、性格もよくて、後輩、同級生、みんなから慕われていた。・・・・だから、ふつう、ボクの性格なら、紺野や志村に対してと同様、気に入らないはずだった。・・・なのに、関川にはそういう感情がおきなかった。

それどころか、勉強のわからないところを教えてもらっていた。

そこから、テスト勉強を一緒にするようになって・・・・今では受験勉強を一緒にやるようになっていた。


「国立工業高等専門学校」


学校内の補習を受けて、さらには、関川にわからないところを教えてもらった。


「国立高専」の受験問題は難しかった。


・・・・なんというか、問題の切り口が違った。


これまで勉強してきた「5教科」の受験問題は、直線的に問題が解けた。

でも、「国立高専」の問題は・・・・俯瞰で考えるというのか・・・・大所、高所から問題を考えないと解けないようにできていた。


・・・・これには、関川も新鮮だったらしく、「過去問題」をふたりで・・・なんだか力を合わせて解いていくような感じだった。



「国立工業高等専門学校」


受験結果は、すでに出ていた。


見事に落ちた。



いかんせん、「国立高専」の存在を知ったのが遅かった

・・・・せめて、あと3ヵ月・・・・あと2ヵ月あったら・・・そんな思いはあった。


それでも、まぁ、受かることは難しいなぁ・・・・んな感じだった。



落ちたのはボクだけだった。


他の連中は全員合格してた・笑。


・・・・まぁ、ボク以外の生徒は、みーんな成績が学年ヒトケタって生徒たちだった。上沢高校 特別クラス との併願だった。

受かって当然だ。・・・・ようは、そーゆーレベルの学校だったってことだ。


それでも、合格したみんなに「残念だったね・・・・」と、本当に・・・・本心から言われた。

誰一人として、茶化す生徒がいなかった。


・・・・少なくとも、紺野よりは、よーーっぽど、ボクのことを気にかけてるように思えた・笑。


みんな、本当に残念がってくれた・・・・大丈夫・・・・?・・・・・そんな心遣いが嬉しかった。


・・・気がつけば、関川をはじめ、成績優秀な生徒たちに助けられていた。


ボクが、勝手に拗ねてるだけで、毛嫌いしてるだけで、成績が優秀な人間は、人間的にも優秀なのかもしれない・・・・んなことを思ったりしていた。


・・・・いや、一緒に受験した生徒たちだけからじゃなく、ふつうのクラスメイトからも「残念だったね」と声をかけられた。


落ちるのも悪くないな・・・んなふうに思ったくらいだ・笑。



ボクは、・・・たぶん・・・・みんなが思ってるほどのショックはなかった。


今のボクのレベルでは、やっぱり高すぎる受験レベルだった。


すっぱりと気持ちの整理はついていた。



さて、あとは、工業高校に向けての受験だけだ。

こいつは楽勝で受かる。

もう「受験勉強」の必要はなくなった。


関川と勉強する意味もなくなっていた。


・・・・とはいえ、だからって、全部やめるってわけにもいかない・・・・


いや、何より


「勉強が面白くなっていた」


ウソみたいな話だけど、勉強が面白くなっていた・笑。



受験勉強が関係ないとは言っても、学校は「テスト三昧」の日々だ。


毎日のようにテストをやらされた。・・・・そして、関川と勉強してるうちに、成績は、どんどん上がっていった。

ってより、勉強が面白くなっていた。

今じゃあ、5教科で300点代後半が普通で・・・・調子がよければ400点代に届いた。



関川の部屋で勉強した。・・・・わからないところを関川に教えてもらった。

関川の部屋でオヤツを食べた。・・・いつも紅茶で、・・・・そしてクッキーや、時にはケーキが出てきた。

休憩時間には、高級オーディオで音楽を聴いた。


・・・・迷惑じゃないの・・・????とも思った。

でも、関川にも、お母さんにも毎日いらっしゃいと歓待されていた。



高校受験当日。

今日から2日間の日程だ。


・・・・雨が降っていた。

2日間とも雨の天気予報だった。


自転車で工業高校に向かった。

ボクの家から工業までは、片道15分ってとこだ。

駅を抜けて、両側田んぼの道を走る。


工業高校で高柳と合流した。


・・・・特別な緊張はなかった。・・・・ってより、緊張の「き」の字もなかった・笑。


緊張って言うんなら、100m、200m、陸上の大会のほうが、10,000倍も緊張した。


「受験」・・・・そんな意識すらなかった。

落ちるなんてことを、チリほども考えていない。・・・・もっとも「合格」ってことも考えていない。

全くの日常・・・・そんな感じで受けることができた。


・・・・何よりよかったのは「国立高専」の受験を経験したことだった。

高レベルでの「受験」ってやつを経験していた。

それによって「受験」という雰囲気に慣れていた。そんな気がしていた。


スラスラ解けた。

これまでにも散々テストを繰り返してきた。ぜんぶが、どこかでやった問題ばかりだった。


2日間の受験は、ボクにとっては可もなく不可もなく、なーーーんにも考えずに終わった。




2日間の受験が終わった。


家に向かって自転車を走らせる。


雨が降ってる・・・・気温も低い・・・・雪になるかもしれない。

すでに霙になってる感じがする。



駅を抜け住宅地に入っていく・・・・



目の前に見慣れた姿。自転車に乗ってる。


お互い止まった。


関川だった。

毛糸のマフラーにダッフルコート。

ボクも、母さんが買ってくれたばっかりのダッフルコートだ。


「どうだった?」


笑顔で聞いた。ずっと一緒に受験勉強してきた仲だ。そして、ボクにとっては、なんの問題もない受験だった。

とうぜんだけど、受験の問題は、公立校は、全て一緒だ。同じ問題だ。合否の点数が違うだけだ。


・・・・気づいた。

関川の異変。

顔色が悪い。

雨に濡れてるだけかと思っていたが・・・・


「ダメやった・・・・ダメやった・・・・」


濡れてる顔は、雨だけじゃないのかもしれない。


「オレ・・・・ダメかもしれん・・・・」


こんな顔の関川を見るのは初めてだった。

いつだって自信に満ち溢れ、相手バッターをねじ伏せてきた関川。

兄貴のように、ボクに勉強を教えてくれた関川。


・・・・その関川の顔じゃなかった。


それでも関川が落ちることは考えらえなかった。


関川は、特別クラス・・・・しかも、1番で合格して、新入生徒総代として答辞を読むことを義務として課せられてきた男だ。

1番を逃すならまだしも、「不合格」ってことは考えられなかった。


「そんなことないだろう」


ボクは、まだ笑顔で応えた。



霙になっていた。

学生帽、ダッフルコートが霙に打たれた。




合格発表の日。


「窓際族」・・・いつものメンバー、そして、そのほか数人が、それぞれの受験校に、張り出される合格発表を見に行った。・・・ボクは高柳と一緒に見に行った。


後で東の家に集まることになっていた。

両親がふたりとも働いていて家にいなかったからだ。



「合格祝いをやろうぜ」



工業高校。

ボクは合格していた。

別に感動もなく、そのまま学校に報告に行った。

そして、そのまま高柳と東の家に向かった。

東の家には、徐々に、みんなが集まってきていた。


いつものメンバーだ・・・でも、雰囲気がいつもと違っていた。

いつもの、中学生としての明るさってのがなかった。


受験が終わった。合格発表が終わった。あとは卒業するだけといったこの時間、ボクたちはもっと明るい開放感に包まれていてもいいはずだ。



・・・・数人が、この日発表のあった公立校に落ちていた。それでも、みんな、滑り止めの私立高校には合格していた。


やっぱり受験ってのは、ボクたちにとっては大変な出来事だったんだ。

個人差はあったとしても、それぞれに苦しい毎日だったのは間違いない。

その毎日が終わったということは・・・・とても明るい開放感に包まれるってな、そんな甘い状況じゃなかった。

やっと終わった・・・・心底からの気だるさ、倦怠感・・・・そして、この1年の生きる目的・・・・全てを注いだ目的ですらあった受験というものを失った、空虚感、脱力感・・・・・


「おめでとー!」「かんぱ~い!」

そんな言葉もなく、静かに、グラスが回っていった。

みんなで飲みたいジュースを買って集まった。


コーラ、スプライト、ファンタ・・・・・やっぱ、炭酸が多いな・笑。


そこかしこで、抜け殻になってしまったヤツらの、気だるい話声が流れていた。


ボクは、横になってコーラを飲んでいた。隣には、黙って柱にもたれ、ギターを弾いていた。

東の部屋にもギターがあった。

紺野だけは、いつもと変わらないように見えた。気だるさもなく、静かにギターを弾いてる。

・・・・まるで、受験のことが頭にないようなあの日と同じように・・・・今日は合格発表のことなんか頭にないような顔だ。


いつもの日常の紺野がいた。



紺野は上沢高校に合格していた。



関川が上沢高校に落ちた。・・・・そう噂が駆け巡っていた。


関川は、最後の最後に 特別クラス から普通科へと受験を変更していた。・・・・にもかかわらず落ちた。


上沢高校 特別クラス ・・・・さらには1番で新入生徒総代を務めるはずだった関川が落ちた。


下郷高校 にしか入れないと言われた紺野が 上沢高校 に合格した。



アホ担任は、ひとりの生徒の受験先を間違えて提出してしまっていた。


職員室は大騒ぎになっているらしい。

連日、職員会議が行われてるらしい。


・・・・その後、どうなったかは知らない。知りたくもない。



もう、学校に行く気にもなれない。


アホ担任の顔など見たくもない。関わりたくもない。



しばらくは何も考えたくない・・・・・



とにかく終わった。


ボクの中学生活は終わった。


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