第48話 「国立工業高等専門学校」受験当日。



・・・・もう、「受験体制」一色だ。


まったく、1分1秒の無駄もなく「受験勉強」へと入っていく。


ほとんどのヤツが、休み時間も問題集を開いて勉強してる。

特に、 上沢高校 受験組は、寸暇を惜しんで勉強していた。


もう授業は関係ない。


自分にとっての弱点の教科を徹底的に勉強していく。そんな時期に入っていた。


教室にはピリピリしたムードが流れていた。



教室。


担任の授業。


教室がざわついていた。


担任の教科は「社会科」だ。


・・・・にもかかわらず「数学」の問題集を開いて勉強してる生徒がいた。


授業を全く無視して自習をしていた。・・・・・しかも、教壇の目の前。担任の目の前の席だった。


高原 だ。

高原 舞 が、教室の一番前の席。教壇の目の前の席で、堂々と数学の問題集を開いて自習していた。



教室がざわついている。


授業時間がもったいないと思っているのは 高原 だけじゃない。


それぞれが、授業とは違って、自分の弱点の問題集をやりたいと思っている。・・・・それを我慢して授業を受けてる。



・・・・でも・・・でも・・・いいの・・・・?  


・・・・さすがにひどくない・・・・?


・・・・先生は、どーすんだ・・・・?



高原は全く動じていない。注意できるもんならしてみろって態度だ。




教室全体の視線が、担任に集まる。

担任の一挙手一投足に視線が突き刺さる。



「静かにしなさい」


やっとの思いで・・・・か細い声で担任が言った。


高原に注意するわけでもない。


担任は、高原のことなど目に入らないように授業に入っていった。

背を向けて、黒板に何やらモソモソと書き始めた。


そんな教室のざわつきなんか、全く気にもとめずに、高原 は数学の問題集に没頭している。


高原の成績は、学年トップクラスだ。受けるのも 上沢高校 特別クラス だった。



・・・・・それにしても、なんだよ、この態度・・・・・なんだ、この弱腰の担任は・・・・・


明らかに、高原の気迫に圧されていた。


職員室でも弱腰なのがわかっていた。


生徒指導部の音楽教師らの言いなり。

3年生、他のクラスの担任からもバカにされてるのがわかっていた。


教室内でも、どっかで「こいつはアホだ」そんな空気があった。


こんな大人になりたくない。こんな大人になったら終わりだ。・・・・・そう思った。



軍配は高原に上がった。


上沢高校 受験組が、一斉に思い思いの問題集を開き自習を始めた。


これ以降、担任の授業中は、暗黙に好きな問題集をしていい時間になった。




昼休み。

音楽室。


教室はピリピリムードだった。


喋ってるヤツなんかいやしない。

休み時間は、黙って、みんなが問題集をやっていた。


特に 上沢高校 受験組は、例外なく常に問題集に向かっていた。


・・・・・でも、ここに、その、ありえない「例外」がいた・笑。


いつもと同じようにギターを弾いてる紺野だ。


ボクは工業高校を受験する。

・・・・それも、自分の意志で決めたわけじゃない。

親族パワーで決められてしまった。


なんだかバカバカしくなっていた。

受験がってか・・・・なんだか、全てがバカバカしくなっていた。

少なくとも、休み時間までアクセク問題集をやる気分にはならない。



紺野とふたりだった。


この学校で、3年生で、紺野とボクだけが、なんだか異次元にいるようだった。

教室の張り詰めた空気から、別次元に生息していた。


「窓際族」・・・・その他のヤツらにも、それなりに「受験」だっていう顔つきがあった。


紺野とボク・・・・ふたりだけに「受験」という表情がなかった。


紺野は、隣で、一心不乱にギターを弾いている。

紺野からは、まったく、上沢高校を受験するという緊張感が感じられなかった。



「紺野、私立どこ受けるんだ?」


ボクは、滑り止めの私立をどこにするのかと思って聞いた。

紺野の、あまりの落ち着きに、ボクは紺野が 上沢高校 は諦めているんだと思った。・・・・・実際どう転んでも受からないレベルの成績だ・・・・だから、一応、上沢高校は受けるけど・・・・でも、それは親父様の顔を立てるだけで、本命は滑り止めの私立なんだろうと思った。


同じ私立に行くんでも、 上沢高校 を落ちたって言ったほうがカッコがつく。

由緒正しい「地元名士」としては、そういう世間に対しての言い訳が必要なのか・・・・不自由な身分なもんだと思った。


田舎じゃ、私立は「名門校」ってわけじゃない。公立に落ちたヤツの救済場所って意味あいが強い。名前さえ書けて、授業料を払えば入学できる「アホ高校」が有名だ。


・・・・それでも、県庁所在地には「普通高校」といってもいいような私立校もある。この辺じゃあ唯一の私立大の付属高校があった。通学するのはちょっと大変だけど。・・・・・・おそらく紺野の本命は、そこじゃないかと踏んでいた。



「いや、私立は受けないよ」


「え?」


「親父がダメやって言うんだ・・・・」


おいおいおい・・・大丈夫かよ・・・


「・・・紺野・・・・じゃあ、上沢高校受かるわけ?」


「オレが、受かるわけないやろー!」


「じゃあ、落ちたらどうすんだ?」


「オレが、落ちるわけないやろー!」


だめだ、こりゃ・・・・


「カズは、私立どうすんの?」


「受けないよ、ウチには、私立に行くような金ないし・・・・それにボクが受けるのは工業だからな・・・・落ちるわけがない」


ボクは笑って答えた。


「そうかぁ~・・・・」


羨ましい・・・とかは思ってない顔だ。・・・・ってか、別にどうでもいいって顔。たぶん、ボクのことなんかに興味はないだろう・・・・・いや、そもそも、紺野の頭の中に、受験のことがあるようには思えない。・・・・・んとにギターのことしか頭にないんじゃないかと思う。


こいつは100%落ちるな、と確信した。


もっとも、ボクも紺野と同じだ。

紺野が受かろうが落ちようが、どうでもいいことだ・・・・・


別に意味はない。

なんとなーく一緒にいる。ただそれだけだ。

お互いの受験のことなど、どーでもいいことなんだ。



「滑り止め」の私立は考えてなかった。


工業高校ごときに落ちるはずがない。


今のボクの成績なら、下郷高校どころか、中場高校にだって行ける・・・・一番レベルが高い、上沢高校すら視野に入ってきている。

そう考えれば、工業高校に行くってことは、楽勝で3ランクは落としてるわけで・・・・最後に「電気科」に変更したことで、さらにランクを下げた。

落ちることなんか1mmも考えていない。



・・・・考えていた。

なんか「手」はないのかと考えていた。


諦めてなかった。

大学進学を諦めてなかった。



調べてみた。


やっぱり、工業高校からの大学進学は無理だった。・・・・まったく前例がないわけじゃなかったけど、それは奇跡のような出来事だった。


最初から奇跡を願うようじゃ話にならない。


・・・・でも、調べていると・・・・



見つけた。



実業系であって、さらには大学進学を・・・・国立大学に進学するのと同じ方法を見つけた。


「国立工業高等専門学校」


高校とはいいながら5年生。・・・・ただし、卒業すれば、大学卒と同じ資格になる。

しかも国立だ。授業料が安い。



ここだ!

ここに行く!



気づいた時には受験まで日数がなかった。



・・・・誰か、こーゆことは教えてくれよ・・・・

もっと早く「国立高専」のことを知っていれば・・・・そう思った。


アホ担任と、・・・・いや、学校と受験対応の話し合いなんかしたことがなかった。・・・・プリント1枚提出しただけだった。

全部、自分で調べて、自分で考えていくしかなかった。



すぐに、アホ担任に話して手続きをとってもらう。


・・・・しかし、わかってきたのはとてつもなく受験レベルが高いことだった。


学校では、「国立高専」向けの特別補習が行われていた。・・・・誰か教えてくれよ。んなの聞いてないよ・・・・


さっそく参加する。


参加してる生徒を見てビックリした。

成績、学年ヒトケタが揃っていた。5人くらいだ。・・・・ボクが参加するのは、まったく、場違いな雰囲気だった。


・・・・・今から、付け焼刃的に受験対策をやって間に合うのか・・・・それでも、四の五のを言ってる時間はない。

とにかくやってみるしかない。


ボクだって、ここへきて 上沢高校 が視野に入ってきたレベルまでにはきている。

なんとかなるかもしれない・・・・いや、なんとかするしかない。


過去問題に手を付けていく・・・・


難しい。


今まで勉強してきた「5教科」とは世界が違った・・・なんというか・・・・・問題の切り口が全く違った。


数学なんか、大きく3問しかない。・・・・1問30点ってことか。・・・・参ったな、こりゃ。



日にちがなかった。



すぐに受験日がやってきた。



受験当日。


・・・・寒かった。

それでも天気が良かった。助かった。


受験は、国立工業高等専門学校・・・・その校舎で行われる。県庁所在地だ。

受験する生徒が最寄り駅に集合して向かう。


ボク以外の生徒は、学年ヒトケタの成績の生徒ばっかりだ。・・・・女子もいる。

みな、全員、上沢高校 特別クラス との併願の生徒ばっかりだ。


アホバカの工業高校と併願してるのはボクだけだ。


最初場違いだと思った補習教室。

それでも、日にちが経つにつれて団結力が生まれていった・・・・ボクも仲間とされていった。



「国立工業高等専門学校」

学校内。

試験会場前。


みんなで顏を見合わせた。

頷き合う。


未来に向かって、いざ、出陣!!






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