第47話 「受験高校を決める」・・・言えなかった。



校庭に枯葉が舞っている。

秋も終わった。冬の風が吹いている。


昼休み。音楽室。


いつも通りの昼休み。

いつもと同じ「窓際族」メンバー。


紺野と東が椅子に座ってギターを弾いている。


高柳、南原、沖永が何やら喋ってる。



・・・・ボクは、紺野の隣で窓の外を見ていた。・・・・立っていた。



ついに12月に入った。

受験先の最終決定をしなきゃなんない。




「下郷で決まりか?」


紺野に聞いた。


「いや、オレ、下郷行かんわ・・・」


「え?・・・じゃあ、どこ行くんだよ?」


「上沢高校・・・・」


「か、か、上沢ぁ~~~~~~?」


目が点になってしまった。



・・・・・はぁぁぁぁ~~~~~~~?????



話を聞いていた全員が、素っ頓狂な声を上げた。


こ、・・・・紺野くん・・・・・上沢高校って・・・・学区で一番の進学校だよね?

毎年何人か、東大生出すくらいの高校だよね?

県下でも、ちょートップクラスの進学校だよ?


・・・・ねぇねぇ、紺野くん・・・紺野くんってば・・・・・知ってるよね・・・????

ひょっとして寝てる???・・・・ねぇ? 紺野くん、ひょっとして、お昼寝中・・・・・・・・???

紺野くん、起きてぇーーーーー!!!

紺野ぉーーーーー起きろぉーーーーーー!!!


変な夢見てるぞ。起きろぉーーーーー!!!



紺野の成績はよーく知ってた。・・・・お世辞にも「頑張ればなんとかなる!」・・・・んなレベルじゃない。

ギターを弾きながら紺野が続ける・・・・


「いやぁ~・・・・下郷、伝統ないやろ?・・・・親父がなぁ・・・・そんな高校ダメやって・・・行くんなら、上沢高校行けって・・・・」


確かに、紺野の家は、由緒正しい「地元名士」の家系だ。そういう意味なら、下郷高校の設立2年目っていう伝統のなさは、確かに問題なのかもしんない・・・・でも・・・でもね・・・これは受験なんだよ??

紺野・・・・これは、そーいう問題じゃないだろ???

・・・・・んで、この受験の最終局面で・・・・それに・・・・なにも下郷高校がダメってんなら、まずは中場高校だろ・・・???

・・・・・なんで、いきなり2ランク上の 上沢高校 になる・・・???



「・・・・・親父がって・・・・・紺野・・・じゃあ、受かんのかよ?上沢高校に?」


「オレが、受かるわけないやろー!」


「じゃあ、落ちんだろ?」


「オレが落ちるわけないやろー!」


相変わらず、ギターを弾きながら答える。


・・・・・こいつはアホだと真剣に思った。・・・・まず、落ちるだろうな・・・・そう思った・笑。



まぁ・・・紺野のことはいい・・・・それよりも自分の「受験」だ。



・・・・この前、叔母が訪ねてきた。

母さんが仕事でいない間に訪ねてきた。


・・・・なんでも、法事のとちゅうだとか・・・・

ボクに話があるという。


アパート。

お茶を入れて出した。

テーブルを挟んで向かい合う。


「カァくん・・・・高校はどこに行くの・・・・?」


叔母に聞かれた。


「下郷高校です・・・・」



叔母は、母の妹だ。・・・・・末っ子だ。

母さんたちの兄弟姉妹では、唯一大学受験まで経験していた。・・・・頭が良かったらしい。母さんたちの時代は、高校受験すら、まだ多くはなかった。

そんな時代に・・・・女の人で「大学受験」・・・・しかも、京都大学を受けたというから驚きだ。


学校からは「受かる」と言われていた。・・・・そうじゃないと受験はしないだろうな。

・・・・結局は、落ちてしまって、専門学校に行ったんだけどね。

それでも、一族で唯一の「大学受験」経験者だった。

つありは、一番「学がある」ってヒトだ。


「下郷高校には、なんで行きたいの?」


「行ける高校で、一番上だと思うからです・・・・」



・・・そっか・・・・母さんが叔母に頼んだんだと理解した。



私には受験のことは、わからない。だから話を聞いてやってほしい。



「カァくんは、大学には行くつもりなの?」


「・・・・いえ・・・・考えてません・・・・」


「じゃあ、高校出たら働くつもりなんやね?」


「はい・・・・そうです・・・・」



叔母がお茶を飲む。

ボクもお茶を飲んだ。・・・・・コーヒーカップだった。・・・・コーヒーも、お茶も、ぜんぶ、このコップで飲んだ。


窓が揺れていた。

窓が、冬の風に揺れていた。

ゴォ~~~~・・・・っと、地鳴りのような風の音がする。



「普通高校出ても、就職なんてないよ・・・・就職するなら、工業か、商業の方がいいよ。求人だっていっぱいくるし・・・・・」


「・・・・・・」


「工業か、商業なら、どっちが行きたい?なんか興味のある仕事とかはあるの?」


「・・・・・・」


ストーブの上でヤカンのお湯が沸いていた。

湯気が出て・・・ジィーーーーーっとヤカンの鳴く音が聞こえる。




冬の校庭を見ていた。

小さな渦を巻いて枯れ葉が舞っている。


隣で、紺野がギターを弾いてる・・・・・



高柳が、人生の一大決心をしたように立ち上がった。

オリンピックの選手宣誓のように宣言する。


「決めた!!商業か、工業で迷ったけどな・・・・・オレは工業に決めた・・・・工業化学科に決めた!」


商業高校も、工業高校も、偏差値は変わらない。

女子は工業に入りやすく・・・・男子ばっかりなんで。

男子は商業に入りやすいらしい・・・・女子が多いから。


・・・・そか、高柳は工業高校に決めたのか。


「じゃあ、受験、一緒に行こうな」


振り向いてボクが言った。


「窓際族」みんなが少し驚いた顔をしていた。


・・・・カズは、下郷じゃなかったのか・・・・・・中場高校だって行けるだろ・・・・?


「いや、工業に決めたんだ」


笑って言った。




・・・・言えなかった。


ボクは、下郷高校 か、その上の 中場高校 を考えていた。


将来のことを考えれば、絶対に大学に行きたかった。

絶対的な学歴社会のこの時代。「大卒」という肩書きがなければ・・・何をするにもスタートラインに立てない。そう思っていた。


ボクは・・・・小学生の・・・あの弟との別れを経験したとき・・・絶対に成り上がってやる・・・・絶対に成功してやる・・・・・こんな貧乏生活から抜け出してやる、そう誓った。


でも、現実は、そういった家庭のドタバタから、成績は悪化の一途だった。それでも、ここんとこは落ち着いていた・・・・成績も上がってきてた。

・・・・だから・・・・高校三年間を必死に勉強すれば、その遅れを取り戻せると思った。


・・・・だけど「大学へ行きたい」と母さんには言えなかった。・・・・苦労しているのはボクだけじゃない・・・・一番苦労しているのは母さんだった。


こんな世の中で・・・女の人が一人で子供を育てていくってことが、どれだけ大変なことか・・・・

・・・・・そんな母さんの姿を見てれば、とても、大学へ行きたい・・・・お金を出してくれとは言えなかった。


・・・・だから・・・・ボクは・・・・高校三年間を必死で頑張って、なんとか学費の安い公・国立大に行きたいと思っていた。

3年間必死に勉強して・・・・国立大に行けそうになったら、母さんにお願いするつもりだった。・・・・国立に行けそうになかったら、その時は就職すればいい。

でも、そのためには、今行ける、一番上のレベルの高校へ行かなきゃなんないと思っていた。


「大学に行きたい」


言えなかった。


行きたいと言えば、母さんに無理をさせると思った。


公・国立大が、ダメだった時・・・・私立にでも・・・・母さんは無理をしてでもボクを大学に行かせるんじゃないかと思った。


・・・・いや・・・・問題は、その無理が出来なかった時だ・・・・

母さんに、私立は無理だ・・・・お金がない・・・・「やっぱり大学は行かせられない」となった時・・・・

母さんを悲しませると思った。


・・・・そんな無理はさせられない。

・・・・母さんを悲しませたくない。


ボクは工業高校に行くことに決めた。


「建築科」に決めた。・・・・・意味はなかった。工業高校・・・・いや、全ての実業高校の中で、一番偏差値が高かったからだ。


せめてもの意地だった。




自転車を走らせた。


日が暮れていく・・・・・


風が強い。

北陸の冬。風が強い。


防風林の中を自転車を走らせた。

・・・・・抜けた。視界が開けた。


自転車を停めた。



目の前に広がる日本海。



誰もいない。


冬の日本海なんて誰も来やしない。



風が強い。

波が荒れてる。波が高い。


春や、夏の海とは全く違う。

人間を寄せ付けない。



・・・・ジャンボが飛んでいた。

ジャンボジェットが飛んでいた。



陽が沈んでいく・・・・


波の弾ける轟音が響く。

怒ってる・・・・・海が怒ってる。

防波ブロック・・・・テトラポッドを超えてくる波が怒っていた。

海から風が押し寄せる。轟音を響かせ風が吹く。向かい風だ。




・・・・後日。叔母から電話が入った。


「調べてみたんだけど、建築科って就職良くないらしいよ」


・・・・そうなんですか・・・・



知ったことか。



ボクは「電気科」へと進路を変更した。

意味はない。次に偏差値が高かったからだ。それだけだ。



・・・・もう、知ったことか。



これで、ボクの「受験勉強」には意味がなくなった。


成績的には、もう十分だったからだ。


「落ちる」ことなんぞ、クソほども考えたことはなかった。




・・・・それでも・・・・受験生とは違ったイライラを抱えた。



もう、知ったことか。クソったれ!!



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