第42話 「1年生の挺身」単騎の信玄。



凶暴な獣たちが一塊となって、我が防御陣に殺到する。突撃してくる。


目前で、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。


・・・・・・が、しばらくして、敵軍の圧力が弱まってきていた。



敵軍には組織的な攻撃がなかった。


敵軍は、体制を整える前に戦闘に引きずり込まれ、そのままズルズルと突撃してきただけだ。

よって、組織立った突撃ではない。各騎がバラバラとなって突撃してきただけだ。

しかも、各学年の混成部隊となってしまっている・・・・だから、戦闘局面では、3年防御部隊の我軍のほうが、戦闘能力としては圧倒的に優位だった。・・・・ここは狙ったとおりだった。


しかも、いったん退いた河本隊が、休養充分、そして本領発揮とばかりに群がる敵軍の中を走り回っていた・・・・・見事な統率だ。まるで一匹の大蛇のような動きだ。


圧倒的に数としては敵軍有利だった。・・・・しかし、組織的に攻撃してないため遊兵がでていた。

つまり、ただ単に「我本陣」という砂糖に群がる蟻のようなもので、敵軍には、戦闘に参加できずに、敵を求めて、ただ、「我本陣」のまわりを意思も統率もなく、右往左往する騎馬が数多くいた。


「我本陣」に攻めかかる敵軍は、3年防御部隊が包囲し叩き潰した。

まわりで右往左往する敵騎は、河本隊の各個撃破の餌食となった。

あきらかに組織力の勝利だった。

みるみる敵軍が消耗していった。


形勢逆転となりつつあった。


敵の総大将長田は、自陣から動こうとせず戦況を見つめていた。

信玄公の周りに数騎の親衛隊がいる。



「退けー!退け――!ピィ~~!ガガガ・・・ピッピィ~~~~・・・・」



攻撃を凌ぎ、ようやく冷静さをとりもどした時、信玄公の歪んだ声とハウリングが聞えてきた。

・・・・おそらく、かなりの前から叫んでいたのであろう・・・・・


やがて、敵軍は、潮が引くように退き始めた。


敵の3年隊が見事に退いた。


・・・しかし、1、2年隊の指揮系統は壊れているのであろう。右往左往している。その中を、河本隊が・・・・大蛇が身をくねらせるように暴れまわる。

会田隊の仇とばかりに、全ての騎馬を蹴散らしていく。


河本隊が、残敵、全てを掃討し本陣に退いた。



戦場が掃き清められたように綺麗になった。



敵軍。

ほぼ無傷の敵の3年隊が、突撃体制をとろうとしている。



・・・・・完全に後手後手にまわった。・・・・・いや、先手をとったがための失態。



なんとか敵を退かせた。・・・・が、しかし、我軍は会田の1、2年隊を壊滅させていた。


残ったのは3年防御部隊。そして河本隊。いずれも隊としては機能している。・・・・しかし、烏合の衆だったとはいえ、敵の圧倒的な数の前に消耗が激しい・・・・・・

我が軍の残は、総数、30騎。


敵の残数は、50騎といったところか。


ただ、敵の3年隊は、ほぼ無傷だ。

・・・・・次に・・・・目前に控える・・・・あの3年隊が組織的に突撃してくれば、もはや、数の減った我軍の防御部隊では守りきれまい・・・・・



さて、どうしたものかな・・・・?



「組織力においては我軍有利かと・・・・・」


横井が進言する。

横井は、総参謀長として、大将騎馬の前足、首の部分を担っていた。



で、あるな・・・・・


「信玄公は、直情型のお人柄・・・・必ずや、最後は、自ら向かってきましょうぞ・・・・・」


・・・・そこしか、勝機はあるまいな・・・・



おそらくは、次の攻撃が総攻撃となろう。



「敵の組織力は脆い」

だとすれば、信玄公の抑えが利かず親衛隊の騎馬さえもが突撃してくるにちがいない。・・・・いや、それどころか信玄公の性格を考えれば、信玄自らが突撃してくる局面があるのではないか・・・・


いや、必ず信玄は向かってくる。・・・・で、あれば、信玄が単騎になる局面が必ずやある。


それが、本当の最終局面。


そして、そこを突く。・・・・もはや、これしか我軍の勝利はない!



敵軍。3年隊の隊列が整った。後方中央に、武田信玄公の姿。



一瞬の間。睨み合い。



次の瞬間、敵軍の総攻撃が始まった。


我が眼前、一列となった3年防御陣に襲い掛かってくる。


ドッカーーーーーーン!!!


すさまじい衝撃力。


さらに、組織化されてないとはいえ、敵の1、2年隊がそれに呼応するように突撃してくる。


・・・・その敵陣の中を、河本隊が暴れまわる。


敵は、我が防御部隊と河本隊とに挟撃された格好となる。

しかし、いかんせん我が軍が数において圧倒的な不利。

防御部隊、河本隊が果敢に戦うも、敵の損傷と同じ数だけが打ち減らされていく。



耐える。・・・・・それしかない。



そして、我軍の3年防御部隊がよく守る。


1騎たりとも、防御陣を突破させない。


土煙!肉体のぶつかり合い!砂埃が汗にのる!


「河本―!河本――!」


力の限りの大声で叫ぶ。

敵の攻撃の中を河本隊が走り回っている。・・・・しかし今回は敵の攻撃は組織立っている。しかも敵は3年隊が主力だ。

このままでは、頼みの綱の河本隊を全滅させてしまう。


「河本―――――!!! 河本―――――!!!」


河本が気付く。


「下がれ―!」


軍配を振り、あらん限りの大声を張り上げる!


河本の顔には不平も、不満も、疑問もない、あるのは、漢として「戦う」という高揚感だけ。


河本隊が下がった。

河本隊に束の間の休息が与えられた。・・・・汗。各騎が肩で息をしている。



3年防御部隊のみが、敵を受け止める格好となった。



数的には圧倒的に不利。それでも、よく戦う。

敵の攻撃は、最初こそ組織立っていたものの、すぐに、遮二無二突撃を行うだけとなっている。防御陣が、その敵騎を、いなし、包囲し、殲滅していく。


防御陣は薄い・・・数が少ない・・・・1騎、2騎とその防御陣を突破してくる。しかし、すかさず両脇を固める親衛隊が、待ってましたとばかりに蹴散らしていく。

親衛隊は、柔道部から剣道部から、とにかく屈強な兵たちで構成されている。

3倍程度の敵ならば簡単に叩き潰してみせるだろう。



「さあ、動け・・・・・・」



信玄が動くのを待っていた。


絶対に、信玄は我慢できなくなる。

敵軍は、わが防御陣を突破できない。単発の突破で、わが親衛隊の餌食となっている。

その状況は信玄公を苛立たせているに違いない。


地元有名企業の御曹司。

バスケット部キャプテン。

成績優秀。

完全無欠の生徒会長。


・・・・恵まれた家庭環境。

・・・・・しかも、長身・・・・・イケメン・・・・・


ワーキャー・・・・と、女どもの嬌声の的・・・・


・・・・その長田のプライドが、この状況を許さないに違いない。



「動きますな・・・・・」


横井の声。


長田の真赤な身体が揺れている。

「風林火山」の旗印が揺れている。

親衛隊騎馬が揺れている。

抑えの効かない馬のいななきが、ここまで聞こえそうだ。



「河本―!」


河本と目を見合わせる。河本がボクの意を汲んだと頷く。・・・・部活で一緒にいるのは伊達じゃない。

河本隊が態勢を整える。


「・・・・さあ、動け・・・・・動け!・・・・動け!・・・長田ぁーー!!!」


もう、我3年防御部隊も限界に来ている。

「体力的に」ではない。フラストレーションが限界にきている。


3年隊は防御備隊として「待ちの戦」をしてきた。

・・・・ただただ、攻められ、突撃されるだけの「戦」を行ってきた。


3年隊は攻撃をしたいのだ。


防御ではなく攻撃。


走りたくなっている。

駆け出したくなっている。


敵軍に向かって凶暴なエネルギーの開放を望んでる。


・・・・そして、それは・・・敵の親衛隊とて同じに違いない。走りたくなっているに違いない。


いや・・・・・全ての騎馬が凶暴なエネルギーへと化そうとしていた。


最終章が近いことが、ここまで生き残った全ての騎馬に分かっていた。



― 動いた!! ―



長田の周りにいた親衛隊が動いた。・・・・それが長田の命令によるものか、各騎の凶暴なエネルギーのなせるものかはわからない。


とにかく、動いた!


敵の総大将、長田が単騎となった!!待っていた勝機!



「いけー!」



軍配を振った。

叫んだ!ありったけの声!

河本隊が瞬時に動いた。弾かれるように動いた・・・・・駈ける。・・・・一直線に裸単騎となった長田を目指す!


河本隊に気付いた長田。・・・・一瞬、前進して親衛隊と合流するか下がるか・・・逡巡した。・・・前進すれば河本隊に近づくことにもなる。


恐怖から長田は自陣へ走った。単騎だ!


一直線に追う河本隊。


敵の親衛隊がそれに気づいて下がる。・・・・その親衛隊ともみ合っていた我3年防御部隊の一部がつられるように追ってしまった。


・・・これまで、ひたすら防御に徹し・・・・フラストレーションを溜め込んでいた、その開放が今なされた。

わが3年防御部隊が、下がる敵軍に一気に追いすがる!

しかし、それによってできた防御陣の崩れから、敵が雪崩をうって入り込んでくる!


我が親衛隊が鬼神の働きを見せる。

怯まない。一歩も引かない。雪崩の敵騎、数として圧倒的な敵。それでも、全てを叩き潰していく。



・・・・ついに、本陣が乱戦となった。



もう、命令も何もない、あるのは生存本能の本音。


痛ければ、わめく。殴られれば殴り返す。狂乱の嵐!



目前!!

ついに、親衛隊の間隙を縫った敵が迫る!!


目前に敵、敵、敵・・・・そして、敵!



その時だった。


・・・・その時だった。


我らが騎馬の右から・・・・右から1騎の騎馬が走り寄った。・・・味方だ。

我が騎馬の前に立ちはだかる。敵軍との間に立ちはだかる。


・・・・1年生の騎馬か・・・まだ幼さすら見えた。

その騎馬が、すっくと立ち、仁王立ちとなって我の前に立ちはだかった。


すぐに敵軍に木端に弾かれた。


・・・・また、一騎が、敵軍との間に立ちはだかる。


すぐに蹴散らされる。


それでも、右から、左から・・・・後ろから・・・・我軍の残っている全ての騎馬・・・・名もなき1年生・・・2年生の騎馬がその一団に立ち向かう。

全ての残兵が、我が騎馬と敵軍の間に立ちはだかる。

その身を挺して盾となる。


もはや、生き残ることなど誰も考えていない。


・・・・ここで、命を使わずして、いつ使うというのか!!



― 最終章 ―



自らの命が終わることを覚悟してでも


「我らが総大将、謙信公には指一本触れさせぬ!」


その気迫のみ。

しかし、1騎、また1騎と圧倒的な数の敵に弾かれるように潰れていく。

・・・そもそもが、1年隊、2年隊の残兵たちだ・・・・太刀打ちできるはずもない・・・



ついに、わが本陣は完全に敵に囲まれていた。完全に包囲されてしまった。・・・・徐々に、徐々に・・・・その包囲網が縮まっていく。


しかし、その中を狂犬のように親衛隊が暴れまわる。強い!

親衛隊1騎が、同時に3騎を相手に立ちまわる。

それですら、互角の戦いを演じる。



しかし、あとは時間との戦い。おそらく敵陣も同じ状況。



目の前に砂嵐。砂埃にまみれた身体に汗の筋。


右に左に漢たちが飛ぶ。


ぶつかる肉体の音が響く。


突っ込む者。倒されて跳ぶ者。

1年生も、2年生も、3年生も、学年も、クラスも、成績も、何もない。

この一瞬はすべて平等。動ける者の勝ち。生き残った者の勝ち。野蛮な力こそが絶対的な正義。


目の前で、狂乱乱舞の戦が展開されている。

騎馬どうしの戦いが展開されている。

騎馬が守り、騎馬が突撃を繰り返す。


もはや何もない。

秩序も、指揮も・・・・全ては各騎馬の本能の戦い。



・・・・・ボクは・・・・ボクは、・・・・自分が一歩も動いてないことに気がついた。


あの、口上を述べて自軍にもどり・・・・この場所で指揮をとってから一歩も動いていなかった・・・・・・

柔道部、横井たちによっての大将騎は、どんな局面でも動揺せず、安心感があった。

そして、自陣に入り込んだ敵は、すべて親衛隊が片付けてくれた。


最後の・・・最後のこの局面・・・まわりは敵だらけとなっていた。

数は圧倒的に不利。

それでも、親衛隊をはじめとした、残った騎馬たちが、敵の騎馬に体当たりをしてでも・・・・自らの命と引き換えにしてでも、ボクを守ってくれた。


そのおかげで、不利な状況が続いたにもかかわらず、逃げ惑うこともなく、ボクは一歩も動かず、この場所に居つづけることができた。



周りは、屍だらけだった。

潰された騎馬の屍だらけだった。


潰れた騎馬の生徒たちは、その場で体育座りをして戦況を見守っていた。

その顔は虚ろな表情だった。

悔しさも、うれしさもない顔。

力の限り戦い・・・命を使い切った・・・・終わったという安堵感。


1年間の漢の「祭り」が終わったという安堵の表情。


放心状態の顔だった。



味方は次々とボクを守って敵の目前に立ちふさがった。

次々と敵に体当たりをして屍と化していった。



・・・・その屍の中にボクはいた。



気づけば、親衛隊も残り4騎。あとは、全てが屍だった。


・・・・ふいに、新手の敵が駈けてくるのが見えた・・・・・


敵の親衛隊・・・・・・最後尾には長田が駆けている。


全てを悟った。


敵総大将に向かっていた全ての味方がやられたのだろう。


・・・・会田・・・・河本・・・・・よくやってくれた・・・・・


すまんな。・・・・・そして、ありがとう。



残った敵、全てがこちらに駈けてくる。


ボクの背中、「毘沙門天」の旗印を目がけて駆けてくる。



・・・・ボクにも、ここまで、動かなかったというフラストレーションがあった。身体の中に凶暴なエネルギーが渦巻いていた。


「横井・・・・ありがとう・・・世話になったな・・・・」


横井の肩をポンと叩いた。


「いや・・・・楽しかった。呼んでくれて、ありがとうな」


前を向いたまま横井が言った。



両脇を見る。


頷く親衛隊4騎。


「いくぞ!」


軍配を振った。5騎で駆けだす。


「うおおおおぉーーーーーーーー!!!」


全5騎の雄たけび!


風にたなびく純白の「毘沙門天」の旗印。

狙うは、武田信玄・生徒会長・学校主流派の長田の首ひとつなり――――――!!



敵包囲網を突破する!!


先陣2騎で、包囲網を切り裂く、1騎が3騎を相手にして包囲網を打ち破った!!


突き抜ける3騎。


目前。眼前に敵親衛隊。その後ろに、武田信玄公・長田。


・・・・止まらない・・・・止まってなるものか!!


一気に3騎でぶち当たる。


前を走る2騎の親衛隊が、敵親衛隊全てを相手にする。

狂犬。獰猛な狼が、敵親衛隊に牙を剥く。噛みつく!!

敵親衛隊が割れた。



眼前。

武田信玄公。背中でたなびく「風林火山」の旗印。

ついに、長田を単騎にした!




瞬間の対峙。

火花の散る鎧兜の眼光と眼光。



我が背中でたなびく「毘沙門天」の旗印!!


いざ!掴みかかる!!



・・・・・と・・・・・あっさり、後から倒された。・・・・・

後ろから引っ張られた。


馬が崩れていく・・・・


スローモーションで倒れていった・・・・


「毘沙門天」・・・・旗印が奪われた・・・・




・・・・空が見えた。

快晴の・・・・体育祭日和の空が見えた。



・・・・・えい、えい、おぉ~~~~~・・・・・・



武田軍の勝どきが上がっている・・・・聞こえている・・・・・


負けた・・・・長田に負けた・・・・




ボクの上杉謙信は終わった。

・・・・上杉謙信から中学3年生に戻った・・・



・・・・・アカン・・・・まだ、数学の宿題やってへんやん・・・・



・・・・空が、青かった。




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