第34話 「絶対、お前なんかに負けたくない!」それぞれの陸上競技場。



陸上競技場は飛び込み競技用のプールと隣接していた。

・・・・それだけやなく、野球場、テニスコート、体育館・・・・弓道場・・・いろんな運動施設・・・・全ての運動施設がここに集結されていた。


周りには木々が立ち並ぶ。


「森の中にある運動施設の町」


・・・そんな雰囲気や。




陸上競技場には誰でも入ることができた。


ましてや「市大会」の行われている、この時、誰でもが入ることができた。

正面の大きなゲートも解放されている。


誰でも入れるため、高校生になったOB、OGの観客も多かった。



・・・・そして「陸上競技大会」は・・・・・中学校の部活の大会の中で、他の部活よりもスケジュールが早く開催された。・・・・なぜだかは知らない。この北陸だけのことなのかもしれない。


でも、そのため、学校をあげての「壮行会」では、陸上部だけが単独で行われた。

他の部活は、合同で「壮行会」が行われたけど、陸上部だけ単独で行われた。

これが、けっこー目立つ・笑。


陸上部員だけ・・・・選手だけが、体育館の壇上に上げられて、出場種目と名前を紹介される。


なんだか、変な独特の緊張感があって・・・・そりゃそうだ。

全校集会で、全校生徒を前に、ひとりひとりが、出場種目と名前を呼ばれる。

変な話、大会当日よりも緊張する・・・・・かも・笑。


ボクは大丈夫やったけど・・・・あまりの緊張に立ち眩みを起こして、へたりこんだ部員がおった・笑。



そんな、一足早い陸上部の「大会」ってことは、陸上部員以外の中学生にとっては「単なる日曜日」でしかない。だからか、意外と、観客席に中学生も多かった。



陸上部のOBが何人かいた。

県下で「陸上強豪校」の工業高校に進学した、前キャプテンの土田さんが、数人のOBと観客席にいた。


・・・・もちろん、途中で挨拶に行った。


大会とは無縁の、緊張感のない笑顔で激励された。



・・・・そして・・・


高原 舞 がいた。


陸上競技場の正面。大きなゲートの脇に高原が立っていた。・・・・ボクの出場する200m決勝を観ていた。


・・・・この時、ボクは知らなかった。

後から知った。



・・・・そして、もうひとり。

ボクに気づかれずに、そっと、ボクの中学陸上、最後のレースを観ている人がいた。


・・・・母さんだった。


母さんは、普通に仕事の日やった。

スーパーで、普通に働いていた。


母さんは、少し休憩時間をもらって、ボクの中学最後のレースを観に来ていた。


母さんの働くスーパーからは、自転車で10分くらいの距離やった。


朝の支度の時には、まったく、そんな話は聞かなかった。

変に気を使わせてプレッシャーになっても・・・・ってことだったんやろう。


・・・・それでも、中学最後の大会や。


母さんは、黙って観に来てたんやった。



・・・・・すべて、後から知ったことやった。




200m、決勝が始まる。


ジャージの上下を脱いで出水に預けた。


・・・・ユニフォームは「黒色」や。

ランニングの縁取り、トランクスのベルト、裾の縁取りが黄色や。


中学陸上部や。

白、青といった健康的な色使いのユニフォームの多い中、「黒色」は異色や。・・・・かなり目立つ。


これも、時田先生の戦術やった。


昔、戦国時代・・・・武田の「赤備え」・・・・「赤色」で、敵軍を恐れさせたのと同じように、「黒色」に、他者に対しての威圧感を込めていた。



スタートブロックを持ってコースに入る。木槌で、親の仇のように地面に打ち付けた。スタートラインに固定した。


・・・・胃が収縮し、吐き気がこみ上げる。

立っているのも辛い。

歩くことも苦しい。

・・・・ましてや、これから、全力で200mを走らなきゃなんない。



・・・・逃げ出したい・・・・・



足に力が入らなかった。

「浮足立つ」ってのは、このことなんやろう。

傍から見れば、真っ青な顔をしていたに違いない。



ボクは1番外側のコースや。第8コースや。・・・・それは、ボクが、予選通過順位最後尾であることを示している。


・・・・別に・・・当たり前の結果・・・・悔しさも情けなさもない。

・・・・そんなことを考える余裕すらない。


村木が、第2コース、内側から2番目にいた。つまりは予選通過順位2位。


・・・・そして第1コース・・・・予選通過順位1位・・・・スタート練習をしているその後姿・・・・・どこかで見た・・・・・記憶の中にあるクリクリ天然パーマの後姿・・・・



・・・・振り返った顔・・・・鷹見やった。



そうや。あの・・・ボクが「走り幅跳び」で、初めて大会に出たときに、優勝をかっさらっていったヤツや。



「鷹見・・・・」



あそこからボクの陸上生活は始まった。


お前に負けたことが悔しかった。

あのとき・・・・才能だけで優勝したような鷹見が許せなかった。


「絶対、お前なんかに負けへんわ!」


ボクは誓ったんや。



・・・・どうしてそう思ったんやろう・・・・・・・自分にそんな力も、才能もないのに・・・



優勝した鷹見。  予選落ちのボク。



・・・・たぶん、鷹見はボクの事なんか知りもせんやろう・・・・でも、無性に腹が立った。




・・・・ボクは・・・ボクは、これまで・・・頭を押さえつけられるように生きてきた。・・・・有無を言わさず、首根っこを押さえられるように生きてきた。

ボクの思いや、考え・・・・努力なんか、歯牙にもかけない無頓着さ・・・・ボクの考えなど意味がない、無駄なんやと・・・・そんな横暴な力でボクの人生は決められてきた。翻弄されてきた。



仮死状態で産まれてきた。・・・・小児喘息で入退院を繰り返した・・・・家は没落した。・・・・両親が離婚した・・・・転校させられた。・・・・虐められた・・・・・孤立した。・・・ヤクザの中で生活した。・・・・・そして、夜逃げした。・・・・転校。孤独・・・・虐められた・・・・


・・・・どうしてボクだけこうなるんやろう・・・・

どうして、ボクだけ、こんな目に合うんやろう‥‥



普通の生活がしたかった。


・・・・普通に、父さんがいて・・・母さんがいて・・・・弟がいて・・・・学校へ行って・・・・野球をして・・・・そんな、普通の生活がしたかったんや・・・・


・・・・虐められた。

異邦人は、どこへ行っても虐められた。

どこへ行っても、余所者は虐められた・・・・



・・・・普通に学校へ行って・・・・普通に勉強して・・・・普通の生活がしたかったんや・・・・



羨ましかった・・・・

普通の生活をしてる子供たちが羨ましかった。


何の疑問も持たず・・・・世の中に何の疑問も持たず、毎日を過ごしてる子供たちが羨ましかった。


毎日、何も不安に思わず・・・・当たり前にご飯を食べられて・・・当たり前に学校に行き・・・・当たり前に勉強して・・・・当たり前に友達と遊んでる子供たちが羨ましかった・・・・

当たり前に、子供が、子供らしく生活してるのが羨ましかった・・・・


「ヘドロ」が巣食っていた。


心の中に「ヘドロ」が巣食っていた。



何もなかった。

誰もボクのことなんか、気にもとめてくれなかった。

誰もボクと向き合ってくれなかった。

誰もボクを助けてくれなかった。


・・・・・弟と別れさせられた。

離れ離れにされた。・・・・・生き別れにさせられた。


弟を養子に出す手伝いをさせられたんや・・・・・



全ては、頭ごなしに決めつけられた。

一方的に決めつけられた。

大人たちが一方的に決めてきた。


・・・・子供のボクは、ただ、従うしかなかった。


「ヘドロ」を抱えて流されてきた。・・・・右に弾かれ、左に蹴られ、後ろに倒され、頭を押さえつけられて生きてきた。



・・・・・気づけば、雪国の田舎町にいた。

誰一人知り合いのいない・・・・・誰一人友達のいない雪国にいた。

・・・・言葉の通じない田舎町にいた。


・・・・虐められていた。


「嘘つき」やと虐められていた。


・・・・どこにも居場所がなかった。

逃げるところも、隠れるところもなかった。



・・・・そんな生活の中で・・・・そんな生活の中で・・・時田先生だけがボクと向き合ってくれた。



「陸上部に来んか?」



初めて、ボクという人間を認めてくれた言葉やった。



・・・・嬉しかった。



世の中で、初めて認められた。

初めて、必要とされた気がした。


初めて、大人が向き合ってくれた。



・・・・だから、頑張ったんや。



陸上部では、誰もボクをバカにしたりしなかった。


誰もが「普通」に接してくれた。

みんなが「仲間」として迎えてくれた。



・・・・だから、頑張ったんや。



ボクには才能がない。


・・・・それでも、時田先生は・・・・そんなボクに・・・・なんとかしようと、懸命に「陸上理論」という武器を持たせようとしてくれた。


素質がないなら・・・才能がないなら・・・できる限りの努力をして・・・戦う武器を手に入れ立ち向かうしかない。

才能のないものが、素質のないものが・・・・それでも「学ぶ」ことで、武器を手に入れ戦うことを教えてくれた。



「陸上部」だけがボクの居場所やった。

ボクは「陸上部」に救われたんや。



・・・・・だから、頑張ったんや。



初めての大会で、・・・・・鷹見・・・・お前を見た。



お前は、何も考えずに跳んでいた。



ボクが、時田先生から教わった数々の武器・・・・そんなものに意味はないと・・・・無視して・・・嘲笑うように跳んでいた。

頭ごなしに・・・・無頓着に跳んでいた。


・・・・それは、ボクの今までの人生を翻弄してきたものと同じや。


ボクなんかを歯牙にもかけず、横暴に・・・・理不尽に蹴散らしていく。


腹が立った。

無性に腹が立った。



・・・・・ボクは負けた。

完膚なきまでに負けた。


そうや・・・・それは、お前に負けたんやない。・・・・・お前と戦う前に負けた。


ボクは、・・・・先生から与えられた「武器」を使いこなせなかった。

・・・・戦いの舞台に立つ前に負けてしまっていた。


お前に負けたんやない。

お前が悪いわけやない。

お前に腹を立てるのは逆恨みや。



・・・・それでも、傍若無人な、お前の振る舞いに腹が立った。


お前は、ボクだけやなく、ボクたち陸上部の代表の富岡すら叩きのめした。



バカにされたような気がしたんや。


出水を・・・富岡を・・・・陸上部を・・・・


なにより時田先生をバカにされたように感じた。

唯一のボクの居場所を汚されたように感じたんや。



ボクは、時田先生に素質をかわれて、そして、武器を与えられて戦いの場に臨んだ。・・・・にもかかわらず負けた。

戦う前に負けてしまった。

ボクのチンケな素質など無意味だと、ボクなんかが考えるだけ無駄なんやと・・・・嵐のように、お前が勝っていった。

・・・何をどうしても・・・どうしようが太刀打ちできないもの・・・・どうしようもないもの・・・・鷹見・・・・それでも悔しい。腹が立つ。

どうしようもならないものなら・・・・ならばこそ腹が立つ。



「絶対に、お前に負けたない」



・・・・勝てるなんて思ってない。


才能も、素質も違いすぎる。

村木にすら、100回走って100回勝てない。

・・・・そんなボクが、お前に勝てるはずがない。



・・・・だから、


「負けたない」


なんや。


お前に「勝ちたい」・・・やない。


「負けたない」なんや。


どうやれば勝てるか・・・・勝てるとは思ってない。

だけど、負けたない。



お前なんかに、・・・お前なんかに、絶対に負けたないんや。



・・・・あの時は負けた。

完膚なきまでに負けた。・・・・でも、今なら、どうや、ボクは練習してきたんや。

 

それでも練習だけはしてきたんや。

才能はなかった・・・・それでも、時田先生の教えを・・・・与えられた「武器」を・・・・考えて、考えて・・・考える限り考えて練習してきたんや。


時田先生からの「武器」を、ボクは、ボクなりに・・・・自分のものにしようと・・・・懸命に努力してきたんや。


村木にへばりつき。

出水に助けてもらった。

毎日毎日・・・・毎日毎日・・・・毎日100%の力を振り絞って練習してきたんや。


雨の日も・・・・雪の日も・・・・夏の炎天下も・・・・・吐きながら走った。


・・・・・自分なりに頑張ってきたんや。



第8コース。予選通過最後尾に立つ。



「お前なんかに、絶対に負けたない!」



第1コース。予選通過最上位の鷹見を見て思った。



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