第31話 「お前が大嫌いだ!」鉄壁のディフェンス。
ボクは、窓際の席から外を見てた。どんよりとした曇り空や。
クラスの雰囲気が悪かった。
二分されていた。
「志村派」と、それ以外。
ホームルームの時間。
次のクラス対抗「球技大会」の選手選びが行われていた。
競技は、サッカー。
自薦・・・はない。・・・・この田舎町で自ら立候補するヤツなんておらん。
・・・・こんなとき、大阪の学校なら「オレが!オレが!」の大変な騒ぎになる。
この田舎じゃあ「目立つ」は悪や。
他薦で決まっていく。
3年生や。
誰が、どの程度できるかは、なんとなくわかっている。
そんな、美しくもない「譲り合い」の中・・・・・それならばって感じで、志村が「勝手に」といっていい態度で、自分を含めて選手を決めていこうとしていた。・・・つまりは自分のチームを作ろうとしてた。
話を進める志村の目つきが鋭い。・・・・一重やし・笑。
ものの言い方にも、どっか剣がある。
・・・・「志村派」以外の生徒たちから、憤りの空気が流れている。
「反志村」
その急先鋒が、野球部エースの関川やった。
この学校を仕切ってるのは志村のバレー部と、バスケット部。
それと、関川の野球部・・・・この3派閥で動いていた。
歴代、この3競技の部活が強い。けっきょく、部活の強さで学校内の力関係が決まってるようなもんや。
その3競技中、2競技のキャプテンが同じクラスにおるんやからモメて当然や。
だけど、このクラスにはバレー部とバスケット部が多い。・・・・バレー部の志村、バスケット部はキャプテンやないけど、エースがおる。
そして、バスケ部は、同じ体育館の部活だからかバレー部と仲が良かった。
野球部の人数が少ない。関川の分が悪い。
ちなみに、サッカー部はあまり強くないため目立たない。テニス部は男子が強くないためか、あまり力がない。
陸上部は、そういった、学校内勢力図みたいなものに興味がないって雰囲気やった。・・・・要は、目立つ生徒がいないってことやけど。
陸上部の面々は、背が高いわけでもなく、運動神経抜群って生徒がいるわけでもない。いたってふつーの生徒ばっかりやった。
・・・・考えてみれば「陸上競技」ってのは地味な競技や。
「走る」「跳ぶ」
そのふたつを競う競技や。
見ていても球技のようなゲーム性もない。・・・・見てても面白くもない。
競技時間も短い。
走り幅跳び、高跳びは一瞬で終わる。
100mなら10秒で終わる。
中学生で一番長い3000mでも、10分で終わる。
・・・・とにかく地味な競技や。
だからか、陸上部員も地味やった・笑。
・・・だからなのか、そういった学校内勢力図みたいなものとは無縁の存在やった。・・・・そのわりには、生徒会長は陸上部から出ることが多かったけどな。
・・・・・でも、今年の生徒会長は、圧倒的にバスケット部キャプテンの目立ち具合が大きくて、文句なしで長田に決まった。
なんたって、長田・・・バスケット部キャプテンは、県会議員の息子・・・・しかも地元で有名な建築会社の御曹司やった。
県下有数のサラブレッド中のサラブレッドや。
日にちが経つごとに、志村と関川の対立が鮮明になっていった。
けど、人数で関川の負けかな・・・・
ボクは、絵にかいたような「その他大勢」の生徒や。
クラス内の窓際族や。
黙って推移を見守った。
・・・・そもそも転校してきて関西弁を笑われて、喋ることが苦手になっていた。・・・半ば、虐められてたようなもんや。
そこに、トラッキー騒動で、さらに拍車がかかった。
進んで、学校内で気配を消して窓際族になった。
・・・・まぁ、志村は嫌いやけど・・・・大嫌いやけどな・・・・でも、ただ、それだけや。
積極的に刃向かってくって理由もない。
だからといって関川に味方するってこともない。
関川とも初めて同じクラスになっただけのことや。
べつに、どーでもいい。
「そしたら・・・・試合で決めようや」
窓からグランドを見ながら、同じ陸上部の本木が言った。・・・・グランドは、今の時間どこのクラスも使ってなかった。
別に、本木は志村のやり方に怒ったって感じでもない・・・・ニコニコした笑顔や。
本木は、走ってる以外・・・部活以外は、ずーーーっと笑顔や。
たぶん、・・・・たぶん・・・・たぶん・・・本木に深い考えはない。グランドでサッカーしたかっただけなんやないかと思う・笑。
成績は、学年で下からヒトケタだ。難しいことを考えられるヤツやない・笑。
単純に、単純に、このホームルームの時間にサッカーがしたかっただけなんやと思う。
「よし、それでいこう」
ってことで、クラス全員がグランドに走った。
「凡庸」を絵にかいたような担任が職員室に走っていった・・・・なんだ、居たのか?笑・・・・ってくらい影が薄い・笑。
そもそもいたんなら、関川と志村の対決姿勢をなんとかしろよ。
ぼーーーっと見てんじゃねーよ・笑。
担任は、グランドを使っていいのかの許可を職員室に取りに行ったらしい・・・
「凡庸」・・・・事なかれ主義・・・・存在感のなさ・・・・職員室でも、例の音楽教師一派に「パシリ」にされてるって噂や・笑。
ボクは陸上部の部室に走った。
普段は・・・・通学とか、普段は、自分で赤ラインを塗った安物シューズを履いていた。
部活・・・それから、体育の授業では、緑のシューズ・・・・Mラインに履き替えた。
サッカーするってんならシューズを履き替えようって思った。
・・・・本気の証や。
部室でシューズを履き替えて、グランドに向かった。
グランドでは、志村と関川が対峙していた。
志村の隣には、バスケット部のエース・・・・その他・・・体育館部活組が多い。
関川の隣には本木・・・・その他・・・やっぱり、グランド部活組が多い。
今にも、噛みつかんばかりの雰囲気や。
・・・・こんな、学校の主立った主力、一軍メンバーの生徒の中に入れるはずもない。
クラス内の窓際族・・・・ボクと紺野・・・・もうひとり沖永とで、コート中央から離れてゴール前に立った。・・・・もちろん関川チーム。・・・・なんたって志村は嫌いや。大嫌いや・笑。
ゴールキーパーには、身体が大きいというだけの理由で、南原が立たされていた。
南原とは2年生でも同じクラスやった。
ブラスバンドの部長・・・大きな身体で指揮をする姿がカッコよかった。・・・・意外と運動神経も悪くない。ゴールキーパーには適役かもな。
沖永とは、このクラスで初めて一緒になった。
じつは、南原も、沖永も紺野と幼馴染やった。
親同士からして仲がいいらしい。
なんのことはない、紺野、南原、沖永って幼馴染の中に「反志村」ってことで、ボクが加わったって感じや。
空を見上げる。
・・・・・降りそうや。朝から曇りやった。さらに空が暗くなってきてる。
男子生徒が全員、サッカーコートの中に入った。両陣営に分かれた。
女子生徒たちが周りに立って見守っている。
試合開始。
関川がボールを奪って志村陣営に攻め込んだ・・・・本木を含めたオフェンスとパスを回しながらゴールを狙う。
関川のシュート。・・・・キーパーに弾かれる・・・・こぼれ球を志村がキープして、形勢逆転。
志村派数人でパスを回しながら、こっちに攻め込んでくる。・・・・前方のオフェンスが抜かれた。
志村がドリブルしながら攻め込んできた。
こっちのディフェンス、全てが抜かれている。
志村の前には、ボクと紺野。そして沖永。・・・・ゴールに南原。
走った。
緑のMラインで走った。陸上部の本気の走りや。
向かってくる志村の右側に走り込む。・・・・交差する手前から身体を滑らせスライディング・・・・右足を伸ばして、志村の足元、ボールだけを蹴りに行く。奪いに行く。
決まった。キレイにスライディングカットが決まった。
ボールがコート外にてんてんと転がる・・・・・
「・・・・おおおぉ!・・・・」
コート内から驚きのどよめき。
コートの外。女子生徒たちの騒めき。
志村の、狐につままれたような顏。
大阪で、クラスの野球チームに入っていた。ずーーっとピッチャーを・・・エースを務めていた。
んで、クラスのサッカーチームにも入っていた。
サッカーではディフェンスが専門やった。
ゴール前で、相手のボールをカットすることを得意としていた。
スライディングしながら、相手のボールをカットする。・・・・絶対に、相手の足を蹴ることはない。ケガをさせることはない。あくまでボールだけをカットする。
足は速かった。でも、ドリブルするのは得意やない。・・・・ってか、ちゃんとしたサーッカークラブに入ってるヤツらに勝てるはずがない。それに、みんながオフェンスをやりたがる。
だったらと、ディフェンスにまわった。
足は速い。ドリブルしてる相手に負けるはずがない。追いついて、スライディングして、相手オフェンスのボールをカットした。
ことごとくカットした。
クラスのサッカーチームじゃあ「鉄壁のディフェンス」を誇った。
相手チームのシュート・・・・その一歩手前で、相手のボールをカットすることに最大の歓びを感じた。・・・・嫌味な性格そのままや・笑。
ボクが、部活を始める時に、野球か、サッカーを考えたのはこのためや。
形勢逆転。関川が攻撃に転じていた。
・・・・ついに、雨が落ちてきた。
ふたたび、志村のドリブル・・・・攻めてくる。
フォワードが抜かれた。
走った。
志村に向かって走った。
・・・志村・・・・・ボクは、お前が嫌いや!
緑のMラインが走る。
スライディング。カット!
ボールがコートの外に弾け飛んだ。
「おおおおぉーーーー!!!」
コート内。今度は、明らかな歓声があがる。
女子生徒の中から、明らかな嬌声があがる。
隣で、紺野と沖永が目を丸くして見てる。・・・・たぶん、南原もゴールで目を丸くしてんだろう。
女子生徒の中・・・・見ている・・・・高原が見ている。
・・・・べつに、高原に対しての何もない。
ただ、志村が嫌いなだけ。気にくわないだけや。・・・・まぁ、もちろん、高原と毎朝登校してくるのが一番気にくわない。
小学生から「鉄壁のディフェンス」やったんや。
陸上部で、足の速さには、さらに磨きがかかった。
サッカー部でもない志村のドリブルなんぞ屁でもない。
・・・・志村・・・・お前のボールは、全部カットしたる!
雨の中。
攻めてくる。
志村が攻めてくる。バスケ部エースを従えて。
志村の睨みつけるような、鋭い一重の目。
走る・・・・・志村がボクを避けようと、バスケ部エースにパスを回した・・・・・紺野が割って入ってカットした。・・・・やったやん紺野くん・笑。
雨が降っている。
しっかり降ってる。
コート内。
濡れネズミの男子生徒たち。
ボールの奪い合い。
走る関川。走る志村。走る本木。走るバスケ部エース。
コートの外。
傘が開いた女子生徒たち。
・・・・高原が見ている。
侍従の女子生徒に傘を持たせて、高原が見ている。
攻めてくる志村。・・・そして、バスケ部エース。
ボクたちの前。間をとる志村。
束の間の対峙。
志村の前に、ボクと紺野。そして沖永。
志村が笑ってる・・・・笑ってる・・・・
挑発的な笑みに見えた。
・・・・お前ごときが刃向かってくるのか・・・?
志村の一重の目が笑ってる。
志村はボクより背が低い・・・・にもかかわらずバレー部キャプテンや。
・・・毎朝、高原と登校してくる・・・
・・・・なんでや。
なんで、同じ転校生で、ボクは虐められ、志村は許されるんや・・・・・
・・・・わかっている。
ボクの性格の問題やろう・・・「ヘドロ」を抱えたボクの性格の問題やろう・・・・わかってる・・・
・・・・でもな・・・・でもな・・・・
それでも、お前が気にくわない。
・・・・かかってこい志村。
ボクは・・・・ボクは、お前が、大嫌いじゃ!!
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