第29話 「ヒガミ」敵の敵は友・・・か?
北陸だ。
冬は雪に閉ざされる。
「雪国」っていうと、一般的に・・・・何となく、年末から・・・・12月とかから雪が積もってるのを想像する。・・・ボクもそうやった。
でも、じっさいには、雪が降り積もってくるのは年が明けてからや。
例年、成人の日くらいから積もり始める。
だから、都会のヒトたちが想像するようなロマンチックな「ホワイトクリスマス」なんてのは・・・・まぁ、ない。
それに、「雪」って、生活してみれば、厄介なだけで、ちーーーっともロマンチックなもんやない。
冬の間、全てが雪に包まれているので、家の中は湿気だらけになる。
窓は、湿気で常に「汗」をかいてるし・・・・・押入れの中も、壁とかが常に湿気ってる。布団とかにカビが生える。
・・・・どころか、外には雪が降り積もっていて、ずーーーーっと地面は濡れている。・・・・道は泥濘や。
自転車に乗るのも一苦労や。
・・・・・そんなことで、学校のグランドは使えない。
体育の授業も体育館がほとんどで・・・・・この時期、グランドを使う「部活」は、場所に困る。
体育館は、バレー部、バスケット部、体操部・・・・が使っている。まったく余分な場所はない。
陸上部は、廊下にマットを引いての、腹筋、背筋の筋トレがメイン。
走る方では階段ダッシュがメインメニューや。
窓から見える景色は真っ白だ。
吹雪いている。
・・・・・また、積もるんやろう・・・・
ボクは、校舎の階段を駆け上がる。・・・・階段ダッシュや。
階段を駆け上がるのは、ストライド(歩幅)を大きくしないとできない。
しかも、失敗すれば、躓くわけで、緊張感を持って、なおかつ、一定のストライドを保つ必要がある。
さらには、「駆け上がる」ために、ジャンプ力が鍛えられる。
普段、グランドで使わない筋肉のトレーニングになる。
3年生は部活を引退。受験勉強の真っ只中や。
1年生、2年生だけの部活。
新キャプテンの富岡を中心に練習が行われている。
マットの上での腹筋、背筋・・・・
冬の間は筋力強化の時期や。
走るのとは違った苦しさがある。
3年生はいない。
それでも、和気あいあいといった雰囲気で冬は過ぎていった。
桜が咲いていた。
窓際の席。教室の窓から桜が見えた。
・・・・まだ、雪は残ってる。
建物の日陰・・・・陽の入らない場所には雪が残っている。
それでも、グランドには雪はない。
春の日差しがグランドを照らしている。
3年生になった。
始業式や。
教壇に担任が立っている。・・・・40歳前後か・・・男・・・社会科の先生やった。
可もなく不可もなくって感じか。
一見して教師とわかるような・・・・凡庸な感じ。
休み時間。
窓際。
・・・・なんとなく、2年生で同じクラスやった生徒同士が集まっていた。
陸上部の本木とは、また同じクラスになった。
他に5人くらいの生徒が一緒にいた。
・・・その中に、紺野がいた。
別に仲が良かったわけやない。
いれば喋る・・・・その程度の仲や。
・・・・いや、元々は紺野が嫌いやった。
スーッとした顔立ちが、いかにも育ちが良さそうやった。・・・・事実、紺野の家は地元の名士やった。
ここ北陸は「繊維工場」が盛んだ。
紺野家は、代々続く大きな工場を経営していた。
お父さんがPTA会長・・・・小学校、中学校・・・・全てでPTA会長を歴任されている。・・・・もちろん聞いた話や。ボクは、中学校から転校してきたからな。
ボクは・・・自分の育ちからくる「ヒガミ」なんやろう。・・・・そういう、何かに恵まれた人間を毛嫌いしてしまう。
考えてみれば、あの・・・初めての大会から、勝手にライバル心を燃やした鷹見に対しても・・・・素質に恵まれてるって部分が気に入らなかったんやろう。
いずれにしろ、2年生で同じクラスになった時、ボクは紺野を気に入らなく思い、そんな気持ちは伝わるものなのか、紺野もボクを気に入らなかったんやと思う。
それでも、あの「タバコ事件」の山川が仲を取り持つようなカタチで喋るようになり、今では普通に話すようにはなっていた。
・・・・ただ、それでも「暇つぶし」って程度でしかない。
一緒にいれば話す。それだけ。
あえて・・・・例えば、休みの日に、わざわざ一緒に遊びに行こうって仲やない。
ボクにとっての友達は・・・・出水や、富岡や、村木や・・・・陸上部の面々やった。
「親友」だといっていい。・・・・ボクは、そう思ってる。
出水や、富岡、村木・・・・・陸上部のヤツらとは・・・・・・
「生きるとは何か」
そんな真面目な・・・・だけど、普通じゃ照れてできないような話を真剣に話すことができた。
本当の・・・・本物の友達やと思っていた。
「親友」・・・・軽々しく呼べないほどに硬い絆を感じていた。
このあとも・・・・このあとの人生でも・・・・一生、友達でいたいと思っていた。
そして、そうなっていくんやろうと思っていた。
・・・・・高原 舞 とは、また同じクラスになった。・・・・・3年間同じってことになる。
あの「トラッキー事件」以来、話してない。
・・・・直後には、お互いに「無視」すらしあった。
ふたりの一挙手一投足が、まわりから監視されてるような感じやったからだ。・・・・・ふたりして、絶対に視線を合わせなかった。
今でも喋らない。
・・・・・それでも視線を合わせないってことはない。
たまに目が合うことはある。・・・・・意味はない。たまたま・・・・偶然・・・・それだけ。
そんなとき、高原は笑顔を見せる。・・・・・意味のない笑顔や。・・・・・ボクにはわかる。その笑顔にボクへの気持ちがあるわけやない。
・・・・・気持ちがないからこそ、笑顔が向けられるんやないかと思う。
あの・・・・あのふたりで自転車で行った・・・・海岸で見せた笑顔とは全く違う。
あの時の高原は、もうおらん。
・・・・あとは、何人か見知った顔がある。
「志村けん」がいた。
初めて同じクラスになる。
有名コメディアンと同姓同名の、この男は、そのキャラクターもコメディアンと似ていた。
学校で知らない生徒はいない。
学校イチの有名人といっていい。
志村も転校生やった。
小学校6年生のときに、この田舎町に転校してきていた。
そして、転入したクラスで数日を過ごし・・・・・ところが、その隣のクラスに好みの女の子を見つけると、机を持って強引に隣のクラスに転入したというヤツや。・・・・・ホンマかよ??
二枚目とはいえない。・・・・それでも、愛嬌のある顔立ちと、明るい性格で、ヤツのまわりには常に笑い声が絶えない・・・・だから、学校の中で、どこに志村がいるかすぐにわかる・・・・そんなヤツやった。
一人で廊下を歩いているときでも、歌いながら歩いている・・・・本人は、鼻歌気分で歌っているんやろう・・・・でも、傍でも十分聞えるほどの声量・・・・しかも、それがひどい音痴やったりする。
天真爛漫な、向日葵のようなヤツや。
明るい志村は自然と人を集めた。・・・・・いつも、生徒の輪の中心にいた。
学校では、とにかく目立った存在やった。
この中学校には・・・・・この中学校の「体育祭」には、この中学校ならではの、延々と続けられてきた伝統行事があった。
それは、全校生徒での「騎馬戦」やった・・・・男子のみの参加。
1学年が14クラスもある。
全校生徒男子だけでも、840名といった人数や。
その全員が紅白に分かれての騎馬戦が、この中学校の伝統行事やった。
騎馬総数200騎を超えての騎馬戦は、まさしく圧巻の一言や。
騎馬戦では、3年生を総大将として、各学年にも大将が配置される。
各騎馬は、総大将、各大将の指揮の元で合戦を行う。
例年、その「大将人事」は、生徒全員の注目の的や。
生徒会長なんぞより、よっぽど注目の人事や。
その学年大将に、志村は1年生の時選ばれていた。
・・・・・ボクはといえば・・・・1年生の時は「馬」やった。・・・・・もちろん、2年生の去年も「馬」やった。
志村は、運動神経が抜群やった。
体力測定では、各項目が群を抜いていた。
部活はバレー部。・・・・身長は低いのに。
バレー部の中でもひと際低い・・・・・160cmにも満たなかった。
にもかかわらずバレー部のキャプテンを務めている。・・・・・どれだけ人望があるかがわかる。
しかも、成績優秀・・・・学年ヒトケタだ。
どこの学校にもいるやろう、ちょっとした、身近なスーパーマンやった。
むしろ、二枚目じゃないことと、背が低いことが、嫌みや、強引な感じを消してしまう。・・・・それが、なおさらに人気に拍車をかけているんやろうと思う。
・・・・・だから、当然のように、ボクは志村が嫌いやった。・・・・いや、「大嫌い」やって言っていい。
おそらく・・・・志村の行動は、ヤツの全ては天然なんやと思う。・・・・・廊下を大声で歌いながら歩いたり・・・・
でも、それがボクには、いかにもわざとらしく見えた。・・・・・それが、本当に、天然、持って生れたもんやったら、それはそれで、また嫌やった。
能天気な、天真爛漫な、向日葵のようなヤツ。
明るい・・・・太陽のような存在は、みんなに好かれる・・・・・でも、太陽も、その強烈な明るさゆえに嫌う人間もいる。・・・・明るさを好まない・・・・明るさを「眩しい」・・・「うっとうしい」・・・・敵対心をもってしまう種類の人間もいるんや。
光は影を生む。
・・・・・いや・・・・ボクが、一番、志村を嫌いやった理由は・・・・
一番、志村を気に食わなかった理由は・・・・・
志村が転校してきて、気に入った「女の子」のためにクラスを変えたという話・・・・・
その「女の子」とは 高原 舞 のことやった。
今では、毎朝、ふたりで仲良く通学してきていた。
誰も何も言わない。
誰も茶化したり、囃したてたりしない。
誰も、黒板に相々傘を描くなんてバカなマネはしない。
もちろん、志村に敵意を向ける生徒もいない。・・・・・表向きはってことやけど。
先生からも・・・・どの先生からも好かれてるように、贔屓すらされてるように見えた。
ボクの「トラッキー騒動」はなんやったんやろう・・・・
何をしても、成績優秀な志村なら許されるというんか。
同じ転校生で、同じようなことをしても・・・・ボクは「虐め」の対象になり、志村なら受け入れられるんか。
・・・・・この違いは何なんや・・・・・
・・・・わかっている。
性格の違いなのはわかってる。
ボクの性格が歪んでいるのは自覚していた。
・・・・でも、それは、・・・・ボク本来のものやない。・・・・ボクのせいやない。
ボクの性格を歪めたんは、ここまでの生活のせいや・・・・ここまで育ってきた環境のせいや。
明るく、天真爛漫・・・・何の悩みもない志村が気に食わなかった。
・・・・それを自分自身のヒガミやと自覚していた。
光は影を生む。
ボクは影だ。影の住人や。
教室の隅・・・・窓際からクラスを眺めていた。
早くも、志村はクラスの中心になっていた。
男女問わず、志村の周りにはヒトの輪ができる。
笑顔の輪が広がる。
・・・・なんとなく、ボクたちは、窓際に追いやられたような恰好になっていた。
「窓際族」・・・・んな感じや。
隣に紺野がいた。
「気に食わないな」
紺野の目が言っていた。
地元名士の子息とはいえ、成績は低空飛行。・・・・ボクと変わらない。
運動神経は、お世辞にも良いとはいえなかった。・・・・部活も、運動部の中で最大限ヤル気のない・・・・厳しくない卓球部に入っていた。
毎年の騎馬戦で、紺野も「馬」ばかりやった。
敵の敵は味方。・・・・・か。
・・・・んな、大層なもんやないけどなーーーーー笑。
それでも、クラスの中心から外れているボクと紺野は、喋る機会が増えていった。
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