第26話 「救世主現る」小学校6年生。



その男が現れたんは小学校6年生の時やった。

弟はいない。母さんと二人暮らしになっていた。


男は、母さんの勤務先の客として現れた。


・・・・やがて、男はボクたちのアパートに出入りするようになった。


男は、白いベンツに乗っていた。

ベンツは成功者の証やった。誰でもが乗れる車やなかった。

父さんが独立して羽振りが良かった時すらクラウンやった。国産車やった。


大きな白いベンツ・・・・男はそういう地位の人間なんやろう・・・・・


年齢は母さんと同じくらい・・・・・35歳くらいやろう・・・・

いつもキチっとした恰好をしていた。

普通のオジサンやった。


仕事のできる会社員って感じやった。


たまに現れて、おいしいものを食べさせてくれる優しいオジサン。そんな印象やった。



男はナイトクラブ・・・・飲み屋をいくつも経営していた。



「弟が帰ってくる!」



母さんが男の店に勤めを変えた・・・夜の仕事になった。

昼間は家にいることができる。


・・・・それに、弟は、なかなか、叔母さんの家に馴染めずにいた。

旧家のしきたりとか・・・・なんだか、難しいことがあったらしい・・・


それで、家に帰ってくることになった。



その日、ボクと母さんは駅へと迎えにいった。


改札の前で待っていた。


改札を叔母さんに手を引かれ出てくる弟。・・・・見つけた。母さんを見つけた。

叔母さんの手を振り切って走り出した。駆けてくる。まっすぐこっちに駆けてくる。


「お母さーん!」


母さんに抱き着いた。・・・・隣にボクがいる。


「カァくーん!」


ボクは膝をついて、弟を抱きしめた。



その日から、また、母子3人の生活が始まった。


母さんが、夜の勤めになったことで、昼間、ボクが弟の面倒をみることはなくなった。


友だちと遊ぶ時間もできて・・・・・新しい学校でクラスの野球チームに入った。サッカーチームにも入った。

毎日、野球をしたり、サッカーしたり・・・・普通の生活が戻ってきた。



・・・・やがて、母さんは「ママ」と呼ばれて、ひとつの店を切り盛りするようになっていく。


男は、ボクにとって・・・・いや、ボクたちにとって救世主のような存在やった。




ボクは2段ベッドの上の段で布団に入っていた。

風邪をひいて熱を出していた。


喉から、ヒューヒューと笛のような音が鳴っていた。


・・・咳がでた。


一度、咳が出ると止まらない。・・・激しく咳き込んだ。・・・・息が出来なくなる。


「小児喘息」やった。


普段は何でもない。だけど、いったん風邪をひくと、この症状が顔を出す。死ぬほど苦しい喘息の発作が始まる。


咳が止まらず、発作が続く。息ができない。・・・・・寝ることもできない。一晩中、咳が出て苦しむ。


運が悪かった・・・・昨日から咳込み・・・・・どんどん症状が悪くなった・・・・・今日は日曜日や。どこの病院もやってない。




男がやってきた。


「どないした?」


母さんが事情を説明していた。


男が、どこかへ電話をしていた。

会話から相手が医者らしいことはわかった。病院の休みの日曜日。男は知り合いの医者に診てもらえるように掛け合っているようやった。


・・・・・しばらくして、話がまとまったのか、ボクはベンツに乗せられた。


「寒ないか?」


男は広い後部座席で寝転がっているボクに、自分の上着をかけた。


行き着いたのは、大学病院やった。


勿論、日曜日で閉鎖されている。

それでも、職員用の通路からは中に入れて・・・・真っ暗な通路を進んで行くと、一箇所だけ電灯の光の洩れている診察室があった。


ボクは男に抱きかかえられて、そこへ連れて行かれた。・・・・弟を抱いた母さんが後ろから続く。


診察室には白髪の医師がいて、看護婦さんもいた。

・・・・まったく、そこだけが別世界・・・・普段の診察室の風景やった。



・・・・子供心に「すごい」と思った。



ここは、大学病院やった。


しょせんは、子供の風邪や・・・・・ボクにとっては、メチャメチャしんどい喘息の発作やけど・・・・死ぬほど苦しい喘息の発作なんやけど・・・・

それでも、大学病院に来るようなことやない。


・・・・しかも、日曜日や。


子供心に、男が特別な「何か」をしたのはわかった。

「男」は、特別な存在なんや。


日曜日に大学病院を開けさせる「何か」・・・・・男は「力」を持った人間なんや。



日曜日の大学病院。


診察が終わり、真っ暗な通路を「男」に抱かれながら・・・・なんとも言えない安堵感を感じていた。

強い「力」で守られてる感じがしていた。


診察室では「太っとい」注射を打たれた。・・・・メチャメチャ痛かった。


それでも、すぐに発作は治まった。・・・・ホンマにすぐに治まった。不思議なくらいすぐに治まった。


そして、当然として風邪もすぐに治った。




男は「ヤクザ」やった。


もちろん、最初、母さんにはそれがわからへんかった。・・・・そして、それが分かった時には、もう、どうにもならへんかった。


気がつけば、アパートには、一目で「それ」とわかる若い衆が出入りをし、何本も電話が引かれた・・・・男の「隠れ家」へと化していった。


・・・・そして・・・・

押し入れを開ければ・・・・そこには、日本刀だの、散弾銃だのが並んでいた。



「これはアカンやろ・・・・」


子供心に思った。



典型的なヤクザのやりくちやった。


優しい顔をして近づき・・・・自分の女にし・・・・後に牙を剥き出し、家・・・ヤサを自分の隠れ家にしてしまう・・・・



大阪では、暴力団の抗争劇が・・・・「大阪戦争」と、新聞を賑わせていた時期やった。

毎日、毎日、毎日・・・・「大阪戦争」で、死者が何名と新聞記事になる時期やった。



ヤクザには、抗争だけやなく、常に警察からのガサ入れの危険もある。そのためヤサを散らしておく。



母さんは・・・・ボクらは・・・・そんな世界に取り込まれてしもうたんやった。




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