第23話 「キレた」全部終わった・・・・
身体全体から「怒り」が湧き上がってるのがわかった。・・・・殺気すら立ち上っていた。
目の前で「豆鉄砲をくらった鳩」は、口をパクパクしながらあえいでいる。
・・・・そうだ。
アンタたちのような、虎の威をかるクソ教師は刃向かわれたことがない。生徒に逆らわれたことがない。
刃向かえない。逆らえない羊ばっかりを相手にしてきてっからな。
だから・・・・責められると弱えーんだよ。オタオタすんだよ。
「オマエが、タバコを吸ってるのはわかってるんだ!」
なんとか、威厳を取り戻そうと語気を強めて必死だ。オカマ顏が、さらに血色がよくなって、さらにヤラしい顏になってやがる。
「吸ってねーつってんだろーが!」
「見たヤツがいるんだ!」
「・・・・誰だよ・・・・?連れてこい」
「オマエが、タバコを吸ってるのはわかってるんだ!」
「吸ってねーんだよ!」
「見たヤツがいるんだ!」
「・・・・誰だよ・・・・?連れてこい」
力の限り睨みつける。
目つきが悪いのは生まれつきや。さらには、育ちの悪さで熟成された。
「誰だよ?連れてこいよ」
精一杯に威厳を取り戻そうとするクソ教師との睨み合い。
「オマエがタバコを吸ってるのはわかって・・・・・」
「吸ってねーんだよ!」
オカマ野郎の言葉に被せて言葉をぶつける。
このあとも、壊れたテープレコーのように、互いが同じセリフを繰り返す。
何度も何度も繰り返された。
埒があかずに解放された。
部屋を出て、廊下を歩く。
ボクを見る全ての生徒が道を開けた。
・・・・・怒りが抑えられなかった。
身体の全てが怒りになっていた。
「ヘドロ」沸騰していた。
身体の毛穴の全てから、殺気が飛び出していた。
沸騰した「ヘドロ」をまき散らして歩いた。
触れれば切れる。・・・・・そんな生き物になっていた。
ささくれだった。心から棘が突き出ていた。心がハリネズミになっていた。ドクドクと、脈々と殺気が鼓動を打つ。
映画「十戒」のモーゼよろしく、歩く先から生徒たちが左右に分かれた。
・・・・・やってもうた・・・・
ついに、やってもうた・・・・
もう、終わりや。
我慢していた。
堪えていた。
大阪から転校してきて、ここまで・・・・・我慢してきた。堪えてきた。
我慢してきた。
ひたすら堪えてきた。
何を言っても信じてもらえへんかった。
・・・・ケンタッキーがなかった。
「そんな、鶏のから揚げだけ売ってる店なんか、あるわけない」
みんなが笑った。
・・・・コンビニがない。
「24時間やってる店なんか誰が買いに来るの?そんなのあるわけがない」
ファミレスもない。マクドもない・・・・
「そんなのあるわけない。そんなのあるわけない。そんなのあるわけない・・・・・そんなのあるわけない・・・・」
ボクが何を言っても信じてもらえへんかった。
・・・・いつの間にか、ボクは「嘘つき」にされた。
都会では冷笑される、失笑される、テレビで「田舎モン」と指をさされる・・・・この地方以外の人間が聞いたら大爆笑する
「訛った田舎言葉」の生徒たちに笑われた。
関西弁を笑われた。
・・・・我慢した。
我慢し続けた。
高原 舞 が好きやった。
高原と話せるだけで嬉しかった。
・・・・潰された。
高原と話すことを禁じられた。
・・・・我慢した。
・・・・そして、虐められた。
・・・・我慢した。
「オマエがタバコを吸ってるのはわかっている」
・・・・でもなぁ・・・・ウソは、ホンマのことやないのは、認められへん。
我慢できへんかった。
キレた。
クソとはいえ、教師を「ボケ!」呼ばわりした。
・・・・・もう、アカン・・・・
もう、終わりや・・・・
フラフラと、殺気を立ち上らせながらも・・・・廊下をモーゼのように・・・・生徒たちを切り裂くように・・・・夢遊病者のように教室に戻った。
「時田先生が、呼んでるよ。職員室に来いって」
・・・そのまま、職員室へ行った。
職員の引き戸を開けた。入った・・・・
ボクを見つけた時田先生が血相を変えて立ち上がる。
鬼を見た。
鬼の形相の人間を初めて見た。
一直線に向かってくる・・・・
「何ということをしてくれたー!」
言うと同時に平手が飛んできた。
パッシーン!!
ボクの頬が派手な音をたてた。
目の前で火花が散った。
そのまま、往復ビンタが飛んできた。
「貴様一人のせいで、これまでの陸上部の全てが、泥にまみれたわ!」
右!左!右!左!!
往復ビンタが炸裂した。・・・・・文字通りの「炸裂」やった。
・・・・・我に返った・・・・
さっきまでの音楽教師との応酬で孕んだ怒りが・・・・殺気が・・・・急速に冷えていくのがわかった。
・・・・急速に怒りが鎮まり返っていった・・・・
・・・・なんということをしてしまったのか・・・・
・・・・そうやった・・・・ボクは陸上部やった・・・・・
パッシーン!
往復ビンタが走る。
山川がタバコを吸ってる現場に居合わせた。
この中学校には、ウンザリとしてた・・・・
大都会、大阪からの転校生や・・・・タバコ吸うのは大したことやない・・・・そうイキがって平然と喫煙現場に居合わせた。
・・・・アホやな・・・・イキがって・・・・あろうことか陸上部の部室に連れてってしまった・・・・
厳密には部室やない・・・・だけど・・・・陸上部員しか来ないとこや・・・事実上の部室や・・・そこでタバコを吸わせた・・・・
アホや・・・・なんで、そんな軽はずみなことをしたんや・・・何をそんなにイキがる必要があったんや・・・・
時田先生は、鬼の形相やった。
真赤やった。
赤鬼やった・・・・2本の角さえ見えた。
先生とは、一緒におった・・・・陸上部で一緒におった・・・・
そうやから、よけいにわかった・・・・
時田先生が本気で怒ってる。
大人が本気で怒ってる。
・・・・さっきまでのボクの「怒り」や「殺気」なんぞ、子供の遊びや。
大人が・・・・だいの大人の、本物の「怒り」、本物の「殺気」を感じていた。
往復ビンタの派手な音が響いた。
パッシーン!!
ボクの身体が弾かれる。
・・・・ボクは泣いていた。
事の重大さに気づいた。
「貴様を、陸上部へと入れたのはワシじゃ!入部に関しての責任は、全てワシにある・・・・ワシは・・・この伝統を築き上げてくれた・・・・この、陸上部の先輩達にどうやって詫びればいい!・・・・」
・・・・そうやった・・・・
陸上部の伝統に泥を塗った・・・・・
「誰もやらないなら、お前がやれ」
時田先生の教えやった。
みんなが、学校でも、地域でも、家庭でも、その教えを守った。
だから、陸上部は学校でも一目置かれる存在やった。
生徒会をはじめ・・・学校行事でも、誰もやらないことは、陸上部員が率先してやってきた。・・・・学校全体からクラスにいたるまでや。
それが陸上部の伝統やった。
その陸上部に泥を塗った。
・・・・ボクは、陸上部に助けられた。
・・・・その陸上部に泥を塗った・・・・
・・・・止まらない。
涙が止まらない。
ゴメンなさい・・・・ゴメンなさい・・・・・ゴメンなさい・・・・ゴメンなさい・・・
うなだれていた。
足元に涙が落ちた。
涙の痕が染みになっていた。
・・・見つめていた。
涙の痕を見つめていた。・・・・涙でかすむ、涙の痕を見ていた。
嗚咽が止まらない。
声が出ていた。
・・・・・あのとき以来や・・・・
これほど泣くのは、あの時以来や・・・・・
・・・・もう「泣く」なんて、ないって思ってた・・・・
涙は、枯れたって思ってた・・・
まだ、泣けるんやな・・・
涙が止まらない。
嗚咽が止まらない。
往復ビンタが頬を打つ。派手な音が職員室に響く。
・・・・右へ・・・左へ・・・・なされるままに、ボクは弾かれた・・・・
職員室の扉を開けてすぐのとこやった。入口でボクは、ぶん殴られていた。
引き戸は開いたままや。
扉の中で教師達が見ていた。・・・・時田先生の、あまりの形相に誰も何もできなかった。
時田先生の形相こそ「触れれば切れる」鬼の形相やった。・・・・生半可に止めに入れる殺気やなかった。
廊下を行き来する生徒たちが、好奇の目でボクを見ている。
みんな、足早に通り過ぎた。
・・・・かまわへん。
それだけのことをした。
陸上部に泥を塗った。
土田キャプテン・・・・ゴメンなさい・・・
先輩のみなさん・・・ゴメンなさい・・・
・・・・・ゴメンなさい・・・・・ゴメンなさい・・・・ゴメンなさい・・・・ゴメンなさい・・・・ゴメンなさい・・・・
・・・・・叩かれた方がいい。
叩いてもらったほうがいい。
ぶん殴られたほうがいい。
富岡に・・・・村木に・・・・宮元・・・・そして、出水にも泥を塗ってしまった・・・・・ゴメンなさい・・・・
明日から冬休みや。
クリスマスが終わった。
・・・・もうすぐ、お正月や。
窓の外には、葉の落ちた枯れ木が見える。
廊下には冷たい・・・底冷えのする空気が流れていた。
・・・・終わったな・・・・
・・・全部終わった。
・・・・ボクは・・・・終わってしもたな・・・
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