第21話 「あの子とつきあってはいけません」聖域。


冬。


北陸の冬は寒い。豪雪地帯や。


・・・・もうすぐ冬休みや。

雪の季節がやってくる・・・・・


去年の初夏に、大阪から、この雪国に「夜逃げ」してきた。


雪が、こんなに寒いもんだとは知らへんかった。


大阪にいた時には、ただキレイだとしか思わなかった「雪」が、命すら奪う、自然の驚異だと思い知らされた。



去年の話や。

・・・・・本屋に少年ジャンプを買いに行った。


道路を歩いていた。

普通の町中の・・・普通の道路や。

ハラハラと雪が降ってた。


・・・・そのうち、明るかった空が一気に暗くなってきた。

雪は、瞬く間に「吹雪」になった。


10m先が見えなくなり・・・・気が付けば1m先が見えなくなった・・・・


・・・・そんな優しいもんやない。

足元が・・・・歩いている自分の足元すら見えへん。


町中とはいえ・・・・幹線道路とはいえ、田んぼの中や。

吹きっ晒しの中や。立ち止まることもできへん。

一時を凌ぐ建物すらない・・・・いや、見えへん。


・・・・身体が凍っていく・・・・ジャンパーを着た身体が凍っていく。

帽子を被っていない頭は、すぐに真っ白になった。


手で触ってみれば、「パキパキ」と雪が固まっていた・・・氷になっている・・・


しかも坊主頭や。坊主頭に氷や。頭が冷たくなっていく・・・・


・・・・・遭難する。



町中で・・・・少年ジャンプを買いに行って、ボクは遭難するんやと思った・・・・・


「冬の山は怖い」


ニュースでは聞いたことがある。


「雪が怖い」

・・・・そんなもん、実感したことがない。


雪のどこが怖いねん???



恐怖やった。


歩いているにもかかわらず、身体の全てに雪がこびりついた・・・・凍り付かせた。


止まれば動けなくなる・・・・そもそも、止まれる場所もない・・・

家だけじゃなく、建物ってものがなかった。



歩き続けた。歩き続けた。


道路を歩いているにも関わらず、突然の吹雪のためなのか、車1台通らへん。



・・・・しばらくして・・・・どれくらいやろう・・・・歩いた距離からすれば15分とかやったと思う・・・


しばらくして吹雪は止んだ。


嘘のような青空がのぞいた。


陽射しが差し込んできた。



・・・・・ボクは、遭難を免れた。

死なずにすんだ。


あのまま1時間も吹雪が続けば、間違いなく死んだと思う。



雪の寒さが染み付いた。

雪の恐怖が染み付いた。



・・・・・雪は嫌いや。


雪は冷たい・・・・


・・・・・・田舎は冷たい。



・・・・田舎なんか、大っ嫌いや!!




・・・・また、そんな、冬がやってくる。




田舎が嫌いやった。


排他的な田舎の中学校が大嫌いやった。



中学校では、男子は坊主頭と決まっていた。・・・・「5厘刈」ってな、人権無視も甚だしい坊主頭や。・・・・そして、家に帰ったあと・・・私服でいる時にも「学生帽」を被ることが校則で決まっていた。・・・・・アホちゃうか・・・・ホンマ、アホちゃうかって思う。


・・・でも、それは、なにも、この中学校だけやない。この中学校だけが特別やない。県下全ての中学校がそうやった。


そんで、・・・それが、何の問題もなく機能しているってことからわかるとおりで、都会をにぎわせていた「不良」だの「校内暴力」だのとは、まったく無縁の中学校やった。生徒は全て羊のように教師に従順で・・・・・ってより、もう、全く世界が違うんやった。


・・・・同じ、日本やとは思えんかった。


何が普通になるかで、世の中は決まる。

例えば、コンビニがあるから、コンビニは便利やとわかるわけで・・・・コンビニがある生活とない生活との比較を人は考えたりするわけや。

そやけど・・・・コンビニがなかったら・・・・それが普通で、当たり前で・・・・それを不便とは思わへん。

「コンビニがある世界」ってのを考えることもない・・・・そもそも知らんのやから、考えるはずもない。


この田舎の中学校では「校則」や「教師」は絶対であって、誰も、疑問や、不満を抱くヤツはおらへんかった。

例え坊主頭でも・・・・・私服で学生帽でも、それが普通であって、なんの不自由も、奇妙さも感じてなかった。



・・・・ずーーーーっと、そうやって生きてきたんや。

・・・・ずーーーーっと、何世代も、何世代も、そーやって生きてきたんや。不思議に思うはずがない。



そして、これまでの歴史で、不良だの・・・・素行の悪い生徒が登場したこともない。

だから、そういう世界を誰も知らないために、生徒は従順な羊のような学校生活を送っていた。



坊主頭に私服・・・そんで学生帽を被った男子の群れ。


セーラー服に「紐」をつけて、ズボンを履いた女子の群れ。



・・・・アホくさい・・・・アホくさい・・・・アホくさい・・・・・アホくさい・・・・



・・・・・普通やない・・・・・普通やない・・・・普通やない・・・・普通やない・・・・



・・・・・息苦しい・・・・・息苦しい・・・・息苦しい・・・・息苦しい・・・・




・・・・監獄やな。

刑務所やんけ。



・・・・息ができへん・・・・



そんな中学校の中で・・・・・羊の群れのような生徒の中で、山川 だけが、少し崩れた生徒やった。


山川 とはウマが合った。


2年生になって初めて同じクラスになった。

クラスの中でも、何かウワッついた危なさのようなものを漂わせていた。


・・・・何かが共鳴していくような・・・・心が絡んでいくような・・・・そんな感じがした。


すぐに仲良くなっていった。・・・・っても、別に何をするってわけじゃない。ただ、クラスで話すだけやった。


山川はテニス部やった。


陽に焼けた長身。

真面目に練習してるように見えた。・・・・・というより、不真面目に部活を行ってる生徒なんぞ、この中学にはいやしない。


部活動は生徒の必須であって、義務であって、絶対に、どこかの部に所属させられた。・・・・ほとんど文化部はなくて・・・・遊び半分に行える部活動は全くなかった。

部活をサボる、なんてのは論外やった。


ボクが、1年生の時に部活を免除されたのは、


「弟の面倒をみなければならない」


という理由を学校が認めたからやった。



陸上部。100mのゴールライン部分は、テニス部と隣接している。


部活時間でも、お互いの存在を見ていた。



・・・・そのうちに、お互いの家の行き来が始まった。


山川のお母さんは、ボクに良くしてくれた・・・・・ご飯すら食べさせてくれたんや。



ある時、担任に言われた。



「あの子とは付き合ってはいけません」



担任の、海外になんぞ行ったことはないだろう、英語の女教師に、ヒステリー気味に言われた。・・・・真顔で言われた。


・・・・かりにも、自分のクラスの生徒やで。


・・・・アンタが、それを言って、どーすんねん。


・・・・これが担任教師の言う言葉か・・・・


反発を感じた。・・・・でも、そういう中学校やった。




昼休み。


ボクは、午後の体育のための体操服を、陸上部の部室に取りに入った。


・・・・誰もいない体育館。・・・・通り過ぎて奥へと入っていく・・・・・


用具置き場の入り口に 山川 がいた。・・・・一緒に 朝倉 がいた。

朝倉 はクラスが違う・・・・山川 と仲が良かった。



・・・・・・そして、彼らの手には火のついたタバコがあった。



「なんだ、カズか・・・・」


山川 が悪びれずに言った。・・・・・特別なことじゃない。まったく普通に言った。


「こんなとこで吸ってんのかよ・・・まったく・・・・見つかるぞ」


ボクも自然体に言った。・・・・いや、カッコつけている。・・・・イキがってる。


「もっと、いい場所ある?」と、山川。


「そっちの奥に行け、そこなら誰もこねぇよ」


体育館の奥・・・・・用具置き場になっている。その2階が陸上部の部室や。

だけど、この場所そのものが陸上部の部室のような扱いになっている。だから、普段から陸上部員しか出入りしない。・・・・誰も来ない。



タバコを吸っている生徒を見たのは、この中学校では初めてやった。

大阪の中学校では、先輩は普通にタバコを吸ってた。・・・・男子トイレに入れば、便器に吸殻が溜まっていた。


・・・・そんな中学校から、この羊の群れのような中学校へ来たボクには、数々の理不尽な校則・・・・息苦しさがあった・・・・・


「こんなのはおかしい!」


声を大きく叫びたい・・・・そして、叫んだこともある・・・・・でも、この中学校で受け入れられることはなかった。

反対に、生徒たちから反感をかった。


・・・・だから・・・・・そんな・・・・山川の「タバコを吸う」という行為が、この中学校の全てに対する反逆のような・・・・カッコいいことのように見えた。


もっとも、ボク自身はタバコを吸いたいとも思わなかったけど・・・・少なくとも、注意しようとか、悪いことやっていう意識はなかった。


・・・・・・いや、意識はあった。

それが証拠に、2階、陸上部の部室に山川たちを入れてない。・・・・本当に悪いことだと思わないんなら・・・さらに安全な、2階の部室に行けばいい・・・・・・・


イキがっていた。

この管理されきった、クソのような中学校に腹を立てていた。


ぶっ壊してやりたい。


そう、思っていた。

だから、山川がタバコを吸っているのに、なんとなく共感してしまった。


・・・・だけど・・・・その山川を匿って、陸上部の部室に入れてやることはしなかった。できなかった。



聖域やった。


ボクにとって「陸上部」は・・・・・「陸上部」だけが、絶対に汚してはならない聖域やった。


ボクがボクを保っている最後の砦やった。

ヘドロにまみれた身体の、最後の純水やったんや。

絶対に、ヘドロにまみれさせちゃいけない純水やったんや。


「陸上部」は宝物やったんや。



しばらく、どーでもいい話をして・・・・・そして、教室に戻った。




明日から冬休みや・・・・


ボクは音楽教師に呼び出された。


・・・・そう、生徒指導の、あのオカマ野郎や。

生徒が刃向かってこないと、高をくくって、舌なめずりしながらイビってくる・・・・あの、クソ教師からの呼び出しやった。





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