第20話 「追い打ち。追い打ち」真黒に湧く。
校長室から呼び出しを受けた。
担任は50歳手前ってな女教師やった。
英語の教師。
・・・・とっころが、ボクから見れば、「力の限り訛ってる」・笑。
標準語で授業はできないし・・・・メチャメチャ訛ってる・笑。
とーぜん、英語の発音も訛ってる・笑。
どーしても、田舎言葉、方言のイントネーションを引きずって、田舎言葉の訛った英語になる・笑。
・・・・・たぶん、・・・・これまでの人生で、県外に出たことなんかないんじゃないのか・・・・少なくとも海外なんか行ったことないよな???
フトしたときに、女教師特有のヒステリックさが見えた。
んな女教師やった。
手に負えないと判断したんやろう。
校長にゲタを預けたんやろう。・・・・・責任から逃げたんやろうな・笑。・・・・あるいは権力者の校長に媚を売ったか。
・・・・いずれにしろ、校長室に呼ばれた。
・・・・・つまりは、それくらいの大事件になっていた。
「自転車で二人乗りをした」
「トラッキーをあげた」
なんせ、学校、創立以来の大事件や・笑。
校長室。
ソファーに座らされた。
目の前に、担任と、校長が座っている。
・・・・でも、明らかに、校長は迷惑そうやった・笑。
自分に問題を押し付けられた不満。
・・・・なんだ、この転校生は・・・・
校長の雰囲気から、状況の全てを理解してるかも怪しい感じやった。
そもそも・・・・なんというか、・・・・担任も、校長も、「どうする」ってな方向性が決まってないように感じた。
つまり、
「叱る」
のか
「話を聞く」
ということなのか。
何も決まってなくて、
「担任の女教師に言われたからとりあえず呼びつけた」
そんな空気・・・・そして「なんで校長である私が??」ってな、不満いっぱいの校長の顏やった。
・・・・・何を言えばいいのかわからない・・・・・校長も口火をどう切っていいかわからない・・・・ってことやったんやろうな・・・・
「どうして、キーホルダーをあげたんだね?」
校長が聞く。・・・・ようやく発した口火がこれやった・笑。
・・・・・どうして・・・・?・・・・どうしてって・・・・・・どうしてってもなぁ・・・・笑。
「高原さんが、阪神ファンだと言ったのであげました」
・・・・アホくさい。
大人の対応で返答した・笑。
・・・・こいつらは、相合傘を描く生徒と同じ程度のアホさ加減やと思った・笑。
「どうして、キーホルダーをあげたんだね?」・・・・ってか・笑。
「高原が好きだから」
そう、答えれば、校長はどんな顏をしたんやろう。
・・・・・アホくさい。
自転車の二人乗りを注意された。
解放された。
・・・・・アホくさい。
ところが、話はこれだけで終わらなかった。
さらにアホくさい展開が待っていた。
・・・・「抜き打ち」の持ち物検査が行われた・笑。
生徒指導の音楽教師がやたらと張り切っていた。
「オカマ」か?ってなピンクの頬をしている。
刃向かってこないとわかってる相手にだけに、高圧的に出られる・・・・そんな「クソ教師」の典型のようなタイプや。
相手の「生殺与奪」の権利を手中に収めているという、クソのような、残忍な冷笑を向けてくる。
御馳走を前にした、舌なめずりが聞こえてきそうな顔や。
この田舎の中学校じゃあ、これまで刃向かってこられた経験はないんやろう。
この中学じゃあ「頭髪検査」は、生徒指導の教師たちが行う。・・・・・ちなみに時田先生は生徒指導に入っていない。
方法は、男子生徒の場合、教師が人差し指と中指で頭髪を挟む・・・・そこから出たら「今日中に切ってこい!!」や・笑。
生徒たちは、教師たちの言動に一喜一憂する。
・・・・この音楽教師は、生徒たちをいたぶって「楽しんでる」態度がミエミエやった。
校内暴力の盛んな都会の中学校じゃあ、こうはいかんやろうな・・・・
「はい。没収」
学校にオモチャをもってきてはいけません。
トラッキーを没収された。
・・・・・もちろん、高原のトラッキーも。
ニヤニヤと笑いながら、音楽教師が没収していった。
「持ち物検査」の被害はトラッキーだけやない。
・・・・・まさか、トラッキーだけを、狙い撃ちってわけにはいかない・笑。
それだとあざとすぎると、生徒指導の音楽教師は考えたんやろう。
他の生徒のキーホルダーも、マンガ本も没収された。
・・・・その生徒たちの恨みは、全てボクに向かってきた。
・・・・別に・・・・ええよ。
好きにせーや。
小学校で、つまらない理由から虐めを受けたことがある。・・・・それと同じや。
別に、どーーーーーってことはあらへん。
おまえら、田舎モンの仕打ちなんぞ屁でもないわ。
・・・・・「ゴボッ・・・・」
腹の中で音がした。
・・・・・何かが湧いた音がした。
テストが返された。
成績は低空飛行や。
転校して・・・・教科書が変わって・・・・習っていた個所も変わった・・・
教師どもの方言授業のおかげもあって、すっかり授業がわからなくなっていた。
・・・・それでも、最近は「下げ止まっていた」
・・・・それが、また、暴落を始めた。
「ゴボッ・・・・」
腹の中で音がする。
100mを走る。
村木の背中を追った。
ぬかるんでいる・・・・
数日続いた雨・・・・コースがぬかるんでいた・・・・
足が流される・・・・
ゴールラインを駆け抜ける。
スタートラインに戻る。
・・・・体育館が見えた。
・・・・あの中に高原がいる。
高原が、どう思っているのかはわからない。
初めは、目を合わせていた。・・・・そのうちに目を逸らすようになった。
・・・・そのうちに明らかな無視になった。
「GO!」
走り出す。
村木の背中を追った。
・・・・・追いつけない。
いつもと同じや。追いつけない・・・・・
・・・・いや、いつもとは違う・・・・
並ぶことすらできない。
・・・・どれだけ走っても・・・・・どれだけ練習しても追いつけない・・・・
これだけ必死に練習してきても、追いつけやしない・・・・
ボクの進歩より、村木の進歩の方が速い・・・大きい・・・・
・・・・どれだけ、必死になっても、村木には永遠に追いつけない・・・・・
ゴールラインを駆け抜ける。
・・・・・アホくさい・・・・アホくさい・・・・アホくさい・・・アホくさい・・・アホくさい・・・
それでも、高原を責める気にはならなかった。
親に電話を切られた・・・・そこから、全てが「大人の事情」で動いてることはわかった。
子供は、大人の言うことを聞くしかない。
大人の決めたことには逆らえない・・・・・
「転校」と言われれば転校する。
「夜逃げ」と言われれば夜逃げするしかない。
「没収」と言われれば従うしかない。
・・・・・アホくさい・・・アホくさい・・・・・アホくさい・・・・アホくさい・・・・アホくさい・・・・
北風が吹きだした。
・・・・・これから、雪国は寒くなる。
泣きたくなるくらい寂しい冬がやってくる。
去年の冬は、あまりに寒くて泣いた。
隙間風が入り込む、バラック小屋のアパートは、どれだけストーブをつけても暖まりはしなかった。
部屋の中でセーターを着て過ごした。
・・・・どうして、こーなる。
どーして、ボクだけ、こーなる。
・・・・いつだって、そうや。
ちょっと上手くいきそうになれば・・・・・ちょっと楽しそうになれば、いつも、何かが壊しにやってくる。
嬉しそうに、死神が鼻歌を歌いながらやってくる。大きな鎌を持ってやってくる。
・・・・いつだって、2階に上げられハシゴを外される。・・・・2階に取り残される。捨て置かれる。
ゴール。
村木に圧倒的に離された。
・・・・・「ゴボッ・・・・」
腹の中でヘドロが湧いた。
すっかりちキレイになっていたボクの中に・・・・また、真っ黒なヘドロが湧き上がってきた。
頭の中に鉛がある。
頭が重い。
常に血管が脈打っていた。
私服に学生帽の群れ・・・・
刈上げセーラー服にズボンの群れ・・・・・
・・・・・・まるで、監獄やな・・・・・
・・・・泥・・・足が流れる。
・・・・もう、村木の背中を追うこともできない。
ゴール。
フェンスにへばりつく。
汗が落ちる。
オニツカタイガーに汗が落ちる。
スタートラインに戻る。
スパイクの底に泥が詰まっている・・・・足をすくわれる・・・・
泥を落とす。
フェンスを蹴った。・・・・落ちない・・・蹴った。・・・・蹴った。・・・・右、左・・・・蹴った。蹴った。蹴った・・・・
・・・・・アホくさい。
・・・・やってらんねー
力いっぱい、フェンスを蹴り続けた。
・・・・落ちない・・・・泥が落ちない。
・・・・この泥は落ちやしない・・・・・ボクの邪魔ばっかりをする・・・・ずっと、ずっと落ちへん・・・・
ヘドロが身体中に湧いている。
・・・・もう身体中、真っ黒や・・・・
汚い・・・・汚い・・・・汚い・・・・汚い・・・・
真っ黒になっていく・・・・
ジャンボジェットが空を飛ぶ・・・・・
帰りたい・・・・大阪に帰りたい・・・・甲子園に行きたい・・・・
助けてくれ・・・・誰か助けてくれ・・・・・もう嫌や・・・・もう嫌や・・・・
フェンスを蹴る。蹴る。蹴る。蹴る・・・・
「どうしたぁ~カズぅ~~~」
間延びした出水の声。
振り返った。
・・・・皆がボクを見ていた。
「どうした、カズ・・・・数学のテスト悪かったか?」
出水が男前の笑顔で言った。
どっかと笑いが起こった。みんなが大笑いした。
ボクも笑った。
・・・・・村木がスタートラインで待っていた。
・・・・村木が待っていてくれた。
急いで村木の隣に並ぶ。
「GO!」
走り出す。
村木の背中を追う!
「負けるか!」
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