第19話 「重大事件勃発!」アホくさい。



・・・・部活が終わった。


部室で着替えて教室に戻る。



「陸上部」で、最後に練習を上がると決めていた。

だから、教室に戻って来るのが遅い。

誰もいなかった。


カバンを片付けて・・・たら・・・・高原が戻ってきた。

高原も、遅くまで部活をやってる。


教室にふたりっきりや。



「新しいのに変えたんだ」


ボクのカバンのトラッキーを見て高原が言う。

・・・・思わず引き込まれてしまう笑顔や・・・でも、能天気な笑顔やない。どっか、冷笑ってのか、なんか、見下されてるような・・・・上手く言えないけど・・・


いいなぁ・・・って思う。


トラッキーは、シーズンによって微妙に違う。

それで、甲子園に行くたびに買っていた。

だから、何個もある。



突然、窓の外が光った。

・・・・稲光や。・・・・冬への合図だ。



ふたりで暮れた・・・・真っ暗になった空を見てた・・・・


窓に細かな雨粒・・・・

ずっと曇ってた。



「降ってきちゃったね・・・・」


そう言った高原の横顔を見ていた。

肩にかかる髪。クリっとした大きな瞳。長いまつ毛・・・・


・・・・なんでもない話ができた。

高原とは普通に喋れた。

考えなくていい。

無理に標準語に変換しなくていい。

思ったままを話せた。


・・・・なにより、話してるだけで楽しい。



「高原さーん」


入口から声がした。

いつもの高原の侍女だ。


「傘あるの・・・・?」


ちょっと心配そうな顔だ。


「うん。部室に行けばあるやろ・・・・それで帰る」


部室には、傘が何本も転がってる。


「うん。・・・・じゃあね」


手を振って高原がカバンを持って出ていく。


・・・・トラッキーが揺れていた。



雨が降っていた。


秋雨・・・・かなり降ってきた。


部室で傘を探して、ひとり帰る。


トラッキーが雨に濡れていた・・・・





・・・・最初、静かな「騒めき」がクラスで起こっていた。




ボクの汚れたトラッキーが高原のカバンについてる。

ボクのカバンには新しいトラッキーがついてる。



クラスが、どう反応していいか、わからないといった騒めきやった。


・・・・しかし、徐々に騒ぎになっていった。



田舎の中学校に「男女交際」はない。皆無や。



男子中学生は「坊主頭」や。・・・・それも「五厘刈」といった、人権無視も甚だしいといった坊主頭や。

日曜・・・・休みの日に遊びに行くんでも、学生帽を被るのが校則で決まっていた。・・・・念を押すで。「学生帽」やで・笑。


・・・・・ジーパン履いて、ボタンダウンのシャツを着て・・・・んで、「五厘刈」の坊主頭・・・・これだけで、メッチャおもろい・笑・・・・・さらに、その上に学生帽やで・笑。


ファッションセンスとしては「ここはどこ?」ってなセンスや。


最初、その校則を言い聞かされた時は「ウソやん?」って思った。

・・・・んで、何より、町中で、全ての中学生が、それを守ってるのを見た時、寒気がした。

日本じゃないと思った。民主主義の・・・近代日本じゃあり得ないと思った。


女子は「オカッパ」や・・・・もう、ウソみたいな・・・マンガ「サザエさん」のワカメちゃんが、そのまんまや・笑。


・・・・高原は、肩ギリギリまで髪を伸ばしていた。

よく「髪を切りなさい」と怒られてた・笑。



ふつーの女子は、刈上げで、首筋から後頭部にかけて青々としている。・・・・オッチャンのヒゲソリ跡がそこにある。


制服はセーラー服や・・・・けど、リボンやなかった、スカーフやなかった。・・・「紐」やった・笑。


・・・そう、あの、お爺ちゃんとかが、シャツの首にかけてる、あの「紐」・・・・あれは、何なん・・・?ネクタイの代わりなんか・・・???


まぁ、どーでもええわ。

とにかく、セーラー服に「紐」やった。


・・・・そして、「ズボン」が有りやった。

女子の制服に「ズボン」が有りやったんや・笑。


雪国の冬は寒い。

・・・・それで、女子生徒の「ズボン」が許されていた。

クラスの1/3くらいが「ズボン」を履いていた。



・・・・ええか?セーラー服の上着に、「ズボン」やで・笑。


・・・いや、ズボンはええねん。

寒いから、無理にスカート履かんでもええと思う。

問題は、そのデザインや。

小学生が履くような・・・・「Theズボン」といったデザイン・笑。

ファッションセンスのカケラもないデザイン。


・・・・写真だけ見れば戦時中か?ってな、少年少女の群れが学校で動いてた。


セーラー服のズボンは、戦時中の写真の、セーラー服にモンペそのまんまや。


・・・・そんな田舎町で、中学生の「男女交際」なんてあり得なかった。


・・・・それどころか、男子生徒と女子生徒が話すことすらなかった。




「これって水上くんから貰ったの?」



休み時間。

高原の侍女の生徒が真面目な声で聞いた。


・・・・・なぜ?・・・わからない・・・・どういう意味なの・・・・?・・・・不思議・・・・・・なぜ・・・??


一気に、クラスの、全ての会話が止まった。

シーーーンと、水を打ったような静けさに包まれた。


侍女の声は、クラスの全員の代表質問やったんやろう。



「そうだよ。もらったのよ。・・・欲しいの?まだ、いくつかあるって言ってたから、欲しいんだったら、水上にお願いしてみれば?」


高原が女王様で言った。



そこからクラス中が大騒ぎになった。



黒板に相合傘の落書きがされた。



アホくさい・・・・



放っておいた。

誰も消さない。

相合傘の数が増えていった。



・・・・・アホくさい。



子供もええとこやった。


都会・・・・大阪育ちのボクの感覚としては、小学校3年生くらいかって感じやった。


・・・・じっさい、見た目も小学校3年生くらいやった。

女の子は、みんなホッペが赤いんや・笑。


大阪なら「好き」だの「嫌い」だのと騒ぎ立てるのは小学校3年生までやった。

4年生になれば、男女のグループ同士で遊園地だの、プールだのへと遊びに行く。

家の行き来もあって、お互いの「誕生会」なんてな交流も盛んになる。


気になる・・・・好きな男の子を呼ぶのは「誕生会」主催者の女の子の特権やった。

そんなふうに、オープンに・・・・大人に・・・・静かに「男女交際」が始まっていく。



・・・・「クラスの騒めき」・・・・そこから、学年全体の大騒ぎになった。



誰かに二人乗りの自転車を見られてた。

この田舎町で・・・・中学生の「男女」が二人乗りするなんて、あり得ない大事件や・笑。



しかも、二人乗りを見られたのが海岸近くやった。

・・・・そこから、話に「尾ヒレ」がついていった。



・・・・その辺には、ラブホテルがいくつもある。


・・・・そして、ふたりは「関西」からの転校生。


「都会の子」や。



最初は、高原とクラスで普通に話せたのが、気づけば、学校のどこでも話せなくなった。

常に、ふたりは好奇の目にさらされていた。

学校全体・・・・全校生徒がボクたちを見張っていた。



話せなくなった。



それでも高原とボクは目を合わせていた。・・・・何かを話さなきゃ・・・お互いの目が、そう言っていた。



高原は、侍女たちに囲まれて、守られていた。


・・・・ボクはひとりやった。

いや、本木と野田がいた。


全ての生徒が遠巻きにボクを見る中、このふたりは、普通に話していた。


「何かが起こってるの?」


そんな感じで、話題には触れてこなかった。

・・・何を言えばいいのかわからないってのもあったんやろう。

それでも、二人の態度はありがたかった。



・・・・何か話さなきゃ・・・・



高原の家に電話した。


品のいいお母さんから、お父さんに電話が代わった。・・・・そして「もう電話してこないように」とやんわり言われて切られてしまった。



・・・・アホくさい。



大事件になっていた。



「自転車で二人乗りをした」


「トラッキーをあげた」



・・・・それが、重大事件になっていた。

殺人事件かってな大事件になっていた。



・・・・アホくさい。



話は、さらにアホくさくなっていく・・・・・



・・・・校長室に呼ばれた。



・・・・なんと、校長室から呼び出しを受けてしまった。



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