第18話 「壇上の孤独」ジャンボジェットの秘密。



壇上にいた。


体育館。全校生徒集会。

この前の大会の表彰式や。

・・・・生まれて初めて、壇上から全校生徒を眺めた。・・・・こんな感じなんか・・・・



リレーの優勝。

村木、宮元、富岡と一緒に校長先生から表彰状を受け取った。



表彰者の列に並んだ。

・・・どこか、居心地の悪さを感じてた。・・・・居心地が悪いってのは違う気がするけど・・・


表彰されるのは嬉しい・・・でも、素直には喜べなかった。



・・・・ボクに表彰される資格はない。



確かに優勝はした。

・・・・でも、ボクは、バトンを落とした。

ボクがしたことは、みんなの足を引っ張っただけや。



・・・・・ボクが、優勝したんやない・・・・・・・



目の前で、次々に名前が呼ばれていく・・・表彰状が読み上げられる・・・渡されていく。



「高原 舞 さん」



高原が、校長先生から表彰状を受け取る。

・・・表彰者の列に並んだ。

高原の表情が固かった。・・・・そう思ったのはボクだけか。



壇上には華やかな緊張感・・・・高揚感があった。



・・・・ボクは場違いな感じがしていた。



ここに並んでいるのは、各部の表彰者や。

大会で、優秀な成績をおさめた生徒たちや。


・・・ボクは違う・・・・みんなとは違う・・・・ボクは、ここに並んでいい生徒やない。

一緒に並んでいる、村木や、宮元、富岡に対しての申し訳なさを感じていた。


彼らの「鬼神」の走りで助けられただけや。


・・・・ボクは・・・・ここに、居ていい生徒やない。



場違い・・・後ろめたさ・・・・罪悪感と言った方が正しいのか・・・・「ごめんなさい」・・・逃げだしてしまいたい衝動に駆られる。

素直には喜べない。喜んでいいとも思えなかった。


この表彰状を貰う資格がボクにはない・・・・



・・・・高原の表情も固かった。元気がないように見えた。



高原は平均台で3位やった。

・・・・前回は優勝・・・・1年生の時は2位やったよな・・・・それが固い表情の原因なんか・・・


壇上。

ボクと高原、ふたりの空気だけが固かった。ふたりの空気だけが孤独やった。




大会も終わった。

部活も軽い調整メニューで終わった。

天気はいい。穏やかな秋晴れや。

カバンを持って学校を出た。



・・・・なんとなく・・・・なんとなく・・・・なんとなく・・・・気分は晴れない。


ひとりで駅まで歩いた。


駅前には、大きな商店街がある。

アーケードになっていて・・・・ここ、雪国は冬になれば4月頃まで雪に閉ざされる。

屋根がないと買い物はできない。


スポーツ店に行った。

シューズを見て・・・・スパイクを眺める・・・・・グローブを見て・・・・サッカーボールを眺めた。


商店街に一件しかないオモチャ屋さんに寄った。

プラモデルの棚を見てまわる・・・・


・・・・本屋に入った。

ガラス越しの雑誌棚。

少年マガジンがあった・・・・手に取って読む。


ガラスの向こうに行き交う人影が見える。


買うのは少年ジャンプや。

でも、他の雑誌にも好きなマンガはある。

立ち読みして・・・・少年ジャンプを買って帰ろう・・・・・


気になった・・・・ガラスの向こう・・・・自転車を押すジーンズ姿が気になった。


本屋を出る。

通り過ぎた後姿に声をかけた。


「高原!」


・・・・気になった。

どこか寂し気な姿が気になった。思わず声をかけてしまった。


振り向いた高原。驚いた顏。

ジーンズにボタンダウン・・・・少年ぽい服装や。

・・・・やっぱりや。固い顏や。泣いてたんじゃないのか。


2歩。3歩。・・・・高原に近づく。


「乗って!」


高原が言った。


え???


笑顔や。笑顔を作った。高原が後ろに座った。


・・・・はぁ・・・??


それでも、思わずカバンを前のカゴに入れた。トラッキーが揺れた。

前の席に座った。


「水上、進め-!」


高原の手がサドルの後ろを掴む。

とりあえず漕ぎ出す。


「・・・・どこ・・・行くの?」


「いいとこ!」




駅前から高原の指示で県道を進んだ。

・・・・しばらく走って脇道に入った。


防風林が並んでいる。・・・・農道なのか・・・・乗用車が通れるとは思えない。

・・・・空が青い・・・・

そこを抜けたら視界が急にひらけた。


砂利が敷き詰められた広場が見えてきた。・・・・車が3台停められる程度。


自転車を停めた。後ろで高原が下りた。

スタンドを立てる・・・・カバンが重くて自転車が倒れそうになる・・・カバンを取り出した。



・・・・目の前に日本海が広がっていた。



防風林の中。

砂浜までは石段になっている。なだらかに降りていける。

海岸線が、右にも、左にも延々と続いていた。


誰もいない。

地元のヒトしか知らない海岸なんだろう・・・・



波が穏やかや。波の音が心地いい。


風が気持ちいい。



石段に座っていた。隣に高原がいる。


「こっち来て・・・初めてや・・・海・・・来たの」


・・・・上手く喋れない。・・・・頭で標準語に変換してから喋る。

だから、言葉が出ない。時間がかかる。・・・・もどかしい。


・・・・去年は何してたんやろう・・・・


去年の初夏やった・・・・大阪から「夜逃げ」やった。


・・・・去年の夏は・・・・弟とふたり・・・ひっそり・・・息を殺してアパートにおった。

海どころか、どこにも行った覚えはない。



高原が見てる。ボクのカバンを見てる。

笑ってる。高原が笑ってる。・・・トラッキーに触れる。


「トラッキー、メッチャ汚れてきたやんな?」


・・・え?関西弁・・・・?


「ウチも転校生や。5年生ん時な」


・・・・・そうやったんか・・・・・


「もちろん阪神ファンやで。親子3代。生粋の阪神ファンや・笑」


ことさら関西弁を強調して喋ってる。


高原は生まれも育ちも京都やった。

父も母も京都人。生粋の京都人やった。

父の転勤で転校してきてた。


・・・・そっか。京都か。


納得した。高原の「女王」の雰囲気は、これやったんや・・・・


同じ「関西」と、ひとくくりにしても、大阪、兵庫、京都、奈良・・・・それぞれに全く違う。

「京都人」は・・・・京都こそが日本の中心だと思っている。・・・・未だに京都こそが日本の「都」だと考えている。

東京は「仮」の都であって、天皇は東京へ行幸しているだけだと言い張る。

京都御所こそが、真の御所であって、京都こそが真の都や。

全ての都道府県は、京都に傅くものだと思っている。・・・・高原の、どこか気高さ、女王のような振る舞いの原点がそこにあるんやと気づいた。


・・・・・言われてみれば、確かに高原は京都人や。納得した・笑。


関西では「吉本」と「阪神タイガース」には、独特の思い入れがある。

・・・・大阪に住んでいた頃には考えもしなかった。

関西人にとって「吉本」と「阪神タイガース」は、DNAに組み込まれてしまってる。

関西では、日常生活の中に「吉本」と「阪神タイガース」が、どっかりと根をおろしている。

血の中に流れている。


「阪神タイガース」の選手は、我が息子であって、お兄ちゃんやった。

「吉本」は、クラスの「おもろいヤツ」の延長線上にあった。


関西人にとって「阪神タイガース」と「吉本」は、身内や。

身内の子供や、身内の兄ちゃん、姉ちゃんや。



「・・・水上・・・・聞いたでぇ~~~」


メッチャ笑ってる・・・・高原、メッチャ笑ってる・・・・


「バトン、落としたんやて??笑」


・・・・・うっさいわ。


「表彰式・・・・青い顏しとったもんな・笑」


「うっさいわ。高原かって、3位やんけ。青い顏しとったやんけ!」


・・・・気楽や。

関西弁は気楽や。

遠慮なしに突っ込める・・・・



波の音。

陽が落ちて行く。

影っていく・・・・



「・・・・・メッチャ腹立つんや・・・・部活に集中できへん・・・・

パパもママも部活反対やねん。部活なんかやめて勉強しいやって・・・ずーーっと言われてんねや・・・・水上わかるやろ?・・・・こっちには塾もあらへん・・・・」


都会じゃ中学生が塾に行くのは当たり前や。

でも、この田舎じゃ、「塾」という存在そのものがなかった。


「そやから部活止めて勉強に専念せぇって・・・

そやけど、そんなん親の勝手やん!転校させへんかったらええだけやん!

・・・転校するときどんだけ泣いた思てんねん!

・・・・部活やるんはバランスとるためや、そうやないと爆発しそうになるんや!」



・・・・部活がなかったら・・・・ボクが、陸上部を取り上げられたら・・・・

鬱々とした・・・・「ヘドロ」にまみれた去年の自分を思い出していた・・・

爆発しそうやった。

何度も、全てをぶち壊してしまいたい衝動に駆られた。


部活がなければ・・・・陸上部がなければ・・・・ボクは、ボクを保てへんかった。


高原が顏を背けたように感じた。・・・俯き気味・・・・

気づかないふりをして寝そべった。


「・・・ボクも成績落ちたわ・・・・もう諦めた・・・先生が何言ーてるかわからへん・・・せめて、ちゃんと標準語で授業やってほしいわ・・・」



・・・・風に冷たさが出てきた。


たぶん泣いてる・・・高原を見ないようにして立ち上がった。


隅に古い自動販売機があった。

ココアとミルクティーを買った。


石段に戻る。


「どっちがええ?」


「ありがとう・・・」


高原はミルクティーを選んだ。缶を開け一口飲んだ。


「あったかい・・・・」


ホッとした顏に見えた。

ボクもココアを飲んだ。



上空から音が聞こえた。

・・・・見上げた。

ジャンボジェットが飛んでいた。

ここからは空港が近い。悠々と飛んでいた。


思わず、目が追ってしまう・・・・


「大阪・・・帰りたい・・・・・?」


高原が言った。


・・・・そうだ。

ボクがジャンボジェットを見ていたのは・・・・・あのジャンボに乗れば大阪に帰れるのか・・・・そんなことを思うからやった。

空にジャンボが飛んでいれば、すぐに見上げた・・・・時間が止まった。


「私もそうやったよ・・・・」


高原が鼻声で言う。


そっか・・・・

いつか、高原が言った・・・ボクが飛行機ばかりを見ている・・・・まぁ、わかるけどね・・・そう言った意味・・・・そうやったんか・・・・


・・・・高原はさっきも泣いてたんやろう・・・・親とケンカしたのか・・・・泣いてた理由。・・・・平均台3位の理由もわかった・・・・



テレビのチャンネルが2コしかない・・・少年ジャンプの発売日も遅れてる・・・マクドがない・・・ケンタもない・・・

なんで今どき坊主頭やねん・・・しかもチョー坊主頭やで・・・・

ふつーに喋ったら笑われる・・・

冬には雪が降り積もる・・・・

阪神タイガースも吉本もない・・・・



「甲子園で・・・・たこ焼き食べて・・・うどん食べて・・・・風船飛ばして・・・・六甲おろし歌いたいわ・・・・」


溜息のように高原が言う。


・・・・カバンからトラッキーを外した。

高原に渡した。


「ええの・・・・?」


「ええよ。まだ何個もあるんや。やるわ」


高原が微笑んだ。・・・・そして笑顔になる。


「水上・・・・感謝しいや。・・・・ここ私のお気に入りの場所やねん。・・・誰にも教えてない。教えたの水上だけやで」


うんうんうん・・・・頷いた。



陽が沈んでいく。

二人並んで夕陽を見ていた。


風が冷たい。


暗くなってきた。

自動販売機の電気だけが光ってる。


隣のゴミ箱に、ふたりで空き缶を捨てた。


カバンを自転車のカゴに入れる。前に座った。

高原が後ろに座る。


高原の腕が躊躇なく腰に回った。


走り出す。


「水上・・・・」


「なんや・・・?」


「私・・・ホンマは甘いの苦手やねん・・・・今度からコーヒーのブラックにしてや」


「わかったー・笑」



・・・・高原が好きやった。


転校してきたクラスで、ひとりだけ違っていた。ひとり違う「光」を放っていた。


ふとした時に目で追っていた。


気づけば好きになっていた。


・・・目が合った。


高原は群れない。いつも笑っている。


部活となれば「孤高」になった。

高原の部活での頑張りが眩しかった。


・・・・どこか、自分を惨めにさせた・・・


陸上部に入る背中を押したのは高原の姿やった。


陸上部で走る・・・・100mのコースから体育館が見える。


・・・・その中で、高原が頑張っている。


それだけで頑張ることができた。



防風林の中。

電気のついた二人乗りの自転車。・・・・ゆっくり進む。


・・・・話せた。

思ったことがそのまま言葉にできた。

楽しかった。

高原と話しているのが楽しかった。嬉しかった。



空気が清んでいる。

降ってくるような星空やった。

秋の星空が綺麗やった。



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