第17話 「鬼神の疾走」ボクの居場所。
木槌でスタートブロックを打ち付けた。
・・・・気づいた。
ヤツがいた。
第4走者。・・・・アンカー。
村木がいた。
・・・・そこにヤツがいた。
鷹見だ。・・・・そう、あの天然パーマや。
そうや。ボクが「走り幅跳び」で惨敗した時の優勝者。
ボクが、勝手にライバル心を抱き、陸上にのめり込むきっかけを作ってくれたヤツや。
今となっては、鷹見に対しての「悔しさ」はない。
そんな、個人に対しての悔しさ・・・・そんなものはない。
「悔しさ」「悲しさ」「嫉妬」・・・・そんな感情が全くなくなっていた。
以前のボク・・・陸上部に入ったばかりの頃は・・・・身体の中に「ヘドロ」が沈殿していた。
世の中に対しての、どーしょうもない「恨み」のような、どす黒い感情を抱いていた。
・・・・そんなものがなくなっていた。
きれいサッパリ流れ切った。
陸上部の練習場に、汗になって流れていった。
ただ走る。
それだけでよかった。
陸上が面白かった。
何かひとつを解決すれば・・・練習によって超えていけば走りが変わった。
速くなった。
それが楽しかった。
自分を自分で変えていけることが、すごく楽しかった。
毎日、毎日、毎日・・・・村木にへばりついて走った。
素質の違いを思い知らされた。・・・・格の違いを思い知らされた。
だから、選手に選ばれたことだけで嬉しくて、結果には、何の思いもなかった。
鷹見がいた。
・・・・それでも「負けたくない」
そう、思った。
鷹見に勝てなかった。
鷹見ひとりに勝てなかった。
富岡は走り幅跳びで2位やった。・・・・優勝したのは鷹見や。
宮元は100mで3位やった。・・・・2位は鷹見やった。
村木は200mで2位やった。・・・・優勝は鷹見やった。
ボクたちは、全員で、鷹見ひとりに負けていた。
スタートダッシュの練習を行なう。
繰り返す。
時間や。
シャンとした。
・・・さっきまでの緊張感は、どこかにいった。
鷹見の姿で緊張感が消えた。
「負けたない・・・・負けるわけにはいかへん」
・・・・たとえ、鷹見が相手であろうと負けるわけにはいかない。
諸先輩が連勝記録を築いてきた、伝統の競技や。
負けない。
競技場。スピーカーを通して、各選手の紹介が行われる。
名前を呼ばれた。
片手を上げて応える。
・・・・・ドク・・・・・ドク・・・・ドク・・・・
緊張はない。
それでも心臓は早鐘を打つ。
スターターのピストルが挙がる。
「位置について!」
「お願いします!」
最大限の気合。目一杯の大きな声。一礼。
スタートブロックに足を乗せ、位置につく。
「よーい!」
腰をあげる。
静寂。一瞬。全ての音がなくなる。
号砲!!
飛び出した。スターターと呼吸が合った。ドンピシャのタイミング。
10m、20m、30m・・・・オープンコース。
徐々に徐々にインコースに入っていく。
曲線コースが終わる。
直線コース。
前には誰もいない。トップや!
第2走者の富岡が見える。
・・・・よし!1位でバトンを渡せる!
あと、10m、8m、7m・・・・5m・・・
!・!・!え?!何だ?・・・・!!!
しまった!落とした!バトンを落としてしまった!!・・・・
だからって・・・だからって・・・バトンを落としたからって、死ぬほどの全力疾走が急には止まれない。
急停止をかけた。
バトンを取りに戻る。・・・・・ひとりコースを逆走する。
バトンが転がってる。
しゃがんだ。
・・・・目の前を次々に他の走者が走り抜ける・・・・
「かわいそう・・・・」
観客席から、かすかに女の子の声が聞こえた。
バトンを拾って走り出す。
崩れ込むように富岡にバトンを渡す。
・・・・当然・・・・順位はダントツの8位、最下位や・・・・
・・・・・茫然とした・・・・何も考えらえない・・・・
その場に崩れ落ちることもできず、富岡の姿を追った。
離された8位から、富岡が猛然とダッシュしている・・・・速い・・・・差を縮めた。なんと1人を抜いて7位へ踊り出た。・・・・宮元へつなぐ。・・・・・お家芸でのバトンパス。2人を抜いた。5位!!
宮元の猛ダッシュ。4位のピタリ後ろにつけた・・・・速い。抜く。4位や!
でも、3位には、まだ距離がある。そのままアンカーの村木へとつなぐ・・・・またしても、バトンパスの間に差を縮める。
村木が飛び出す!3位に上がった!
村木の目前に2位。
村木が速い!
毎日、村木と練習をしていた。村木の速さを良く知っている。・・・・だけど、ボクが知ってる村木の速さやない!
鬼神。
村木やなかった。
村木は、いつも皮肉な笑顔を向けてくる。
中学生とは思えないニヒルな雰囲気がある。
ボクと村木とじゃ格が違った。
ボクは、毎日、毎日、毎日・・・・必死に村木に挑んだ。
練習に必要のない「全速力」・・・・100%の力で村木に挑んだ。
村木は、いつも、そのボクの「必死」を90%でいなした。
闘牛士が、華麗に闘牛をいなすように、90%でボクをいなした。
華麗な舞を踊った。
村木の必死な姿というのを見たことがなかった。
必死な顏というのを見たことがなかった。
・・・・その村木が「必死」の形相で走っていた。
隣に出水がいた。
・・・・肩にタオルが掛けられていた。
「ごぼう抜き」
よく聞く言葉や。だけど、実際に陸上競技の場で起こることはない。
運動会じゃない。
「陸上競技大会」の場や。
出場する選手は・・・一定の基準タイムをクリアーした者だけが出場してくる。
個人レベルでは、100mで1秒も差がない選手達が集まっている競技の場や。
・・・・だから、「ごぼう抜き」なんてあり得ない。
・・・・そのあり得ないことが目の前で起ころうとしていた。
鬼神がいた。
3位でスタート。
残り50m。・・・・速い。疾走・・・村木が飛んでいた。1人を抜いた。2位!
前には1人だけ。あと1人だけ。・・・・・そうだ。鷹見や。・・・・200mの優勝者や。追うのは200m2位の村木や。
・・・・届くはずがない。
タイムだけなら、持ちタイムだけの世界なら、絶対に届かない。
・・・・何か別の生き物が走っていた。
必死の形相の鬼神が走っていた。
砂煙をたて鬼神が疾走していた。
届くか・・・届くのか・・・・ラスト10m!
ラストスパート!
鷹見に並んだ!
ボクは、足に根が生えたように、微動だにせず・・・できずに一部始終を見ていた。
村木が抜いた。鷹見を抜いた!1位!!
そのまま1位でフィニッシュ!!
・・・・村木の姿がかすんできた・・・ボクは涙がこみあげてきた。
走った。・・・・肩からタオルが落ちた。
「何てヤツらや・・・」
ゴールラインへ走った。
村木がいる、宮元がいる、富岡がいる。
「すまん・・・」
申し訳ないと思った。
死ぬほど悪いと思った。
だからといって、泣いて謝ることもできへん。・・・・言葉の意味ほどに気持ちのこもってない言い方しかできへん・・・・・ごめんなさい・・・・
「いいんだよ、カズのおかげで勝てたようなもんだ」
皮肉な言い方で村木が言った。
・・・・だけど、その顔に皮肉はなかった。
いつものニヒルな村木の顔や。
もう、鬼神はいなくなっていた。
・・・・泣きそうやった。
・・・でも違うと思った。
泣いていいはずがない。
出水が頭にタオルを掛けてくれた。・・・・ありがとう・・・泣き顔見られなくていい・・・
大会は終わった。
陸上競技場で解散した。
富岡と一緒に帰る。・・・・方向が同じやったからや。
ふたりとも自転車を押しながら歩いた。
・・・・陽が暮れていく。
赤とんぼが飛んでいた。
「カズがどれだけ練習しているかは、みんな分かってた・・・・」
富岡が言う。
スポーツマンらしい笑顔や。
公明正大な、真っすぐな笑顔や。
「・・・・だから・・・・カズがバトン落としたとき・・・・絶対勝つって決めたんだ。
カズがバトンを落として・・・そして負けちゃったら・・・・言葉でなんて言ったって、全部カズのせいにしちゃうだろう・・・・?
だから、そうさせないためには勝つしかない。・・・・そう瞬間的に決めた。
多分・・・宮元も、村木もそう思ったんだと思うよ」
富岡がニコニコ笑いながら言う。
富岡が好きやった。
ボクにない真っすぐな富岡が好きやった。
刈り取られた跡の田畑。沼地。
風が通る。
田舎町や。
何もない。
ケンタがない。
マクドがない。
コンビニがない。
ファミレスもない。
テレビの民放は2Chしかなかった。
大好きな阪神タイガースの試合も観れない。
少年ジャンプの発売日すら遅れてる。
冬には雪が降り積もる寒い町や。
・・・・だけど、ここがボクの住む町や。
ここが、ボクの居場所や。
暖かい、心地いい・・・ボクの居場所なんや。
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