第16話 「そして、ヤツがいた」マンガでも読んでろ。
秋季大会当日。
朝起きた・・・・
眠れないってことはなかった・・・・けど、朝に弱いボクが、まちがいなく早く起きた。
自転車に乗って陸上競技場に向かう。
・・・・秋晴れだ。
陸上競技場があるのは、市のスポーツ施設が集まった場所や。
全体的には大きな公園って感じの場所で、テニスコート・・・・野球場・・・・弓道場とかの施設が集まっている。
まだ、朝靄が立ち込めるような静かな陸上競技場。
陸上部全員でのウォーミングアップが始まる。
1年生の掛け声での柔軟体操・・・・
・・・・時間が経過していく・・・・
陽が差してくる・・・・
陸上競技場には石段で作られた観客席があった。
各中学校は、それぞれに場所を確保して、荷物置き場にしている。・・・そこから応援の声も飛ぶ。お弁当を食べるのもそこだ。
・・・・学校名の横断幕がなびく・・・・
陸上競技場の隣には、高飛び込み用のプールがあって、陸上競技場とは通路でつながっていた。
ボク達の陸上部は、その通路に場所を確保した。ブルーシートを敷いた。
他の中学校のように、観客席に場所を確保しなかった。
ここからじゃトラックは見えない、フィールドも見えなかった。
・・・・ここなら誰も通らない。誰も来ない。
プレッシャー対策やった。
陸上競技だけじゃないやろうけど・・・・スポーツ全部に共通するんやろうけど・・・競技を控えた選手は緊張の中にいる。
前の晩、眠れない場合だってある。
・・・・そんな緊張感の中・・・ただでさえ緊張してしまうのに、競技場ですることもなく、ましてや仲間たちの競技を見てれば、よけいに緊張する。
「他のヤツの競技は見るな。出番がくるまでマンガの本でも読んでろ」
時田先生から選手達への通達やった。
そのための場所選びやった。
大会当日は、用具運びとか・・・・裏方仕事はボクたちの陸上部の仕事やった。
主に1年生、そして、選手ではない2年生がその仕事を行っていた。
ボクたち選手はそれぞれのかっこうで・・・リラックスするために、寝っ転がってマンガの本を読んでいた。・・・・メチャクチャ行儀の悪い姿に見えてるんやと思う。・・・・でも、選手以外の部員達は、競技会側でのいろいろな雑務を率先して行なっていた。・・・それによって、選手達の行儀の悪さを帳消しにしていた。
寝っ転がってマンガを読む。
陽射しが高い。
日陰のここは風が通る。
競技場の喧騒から外れた、秋の心地いい場所や。
お昼ご飯・・・お弁当もここで食べた。
各競技は、午前中に予選が行われて、午後からは決勝が行われる。
100m走、200m走の競技はすでに終わっていた。
100mは予選落ち。
200mは予選通過も決勝8位。・・・・陸上競技場のトラックは8コースまでしかない、つまりは最下位で終わった。
村木は200mで2位に入り、宮元は100mで3位に入っていた。
100m、200mでの結果には、なーーーんとも思わなかった。
悔しいも、何もない。
自分の実力はよーくわかってるわけで、むしろ、200mで予選を通過したことがメチャンコうれしかった。でも、それだって、人数合わせで決勝進出しただけで、実力としては・・・トップクラスの選手からは大人と子供くらいの開きがあった。
・・・・そんなことはどーでもいい。
個人競技なんかどーでもいい。
ボクにとっての今日の最重要は、これから始まる100m×4のリレー競技や。
運動会でも、陸上競技会でも同じや。リレー種目は短距離走の華だ。最終競技や。
・・・・緊張していた。
100m、200mは個人競技や。結果の全ては自分にふり返ってくるだけや。結果の悪さも自分だけの責任や。自分が納得すればそれでいい。・・・・そして納得できてる。
でも、リレーは陸上競技の中で唯一といっていい団体競技や。失敗は自分で泣けばいいというわけにはいかない。
しかも、リレーはボクたちの陸上部のお家芸やった。
先輩たち何世代もが築いてきた、連勝記録のかかった競技や。
絶対に負けられない伝統の競技や。
・・・・緊張していた。
もう、メチャクチャ緊張していた。
個人競技・・・・100m、200mとは比較にならない緊張をしていた。
正直、100mも200mも緊張ってほど緊張しなかった。
・・・・なんだろう・・・・まぁ、簡単に言えば、「欲」ってやつが全くなかったからやろう。
ひっくりかえっても優勝するとかはない。表彰台に上がることもありえない。
選手として出してもらえる。・・・・それだけで十分やった。
だから、緊張する理由がない。
プログラムに沿って、アップを開始して・・・・場所に行って・・・・んで走る。・・・・んで、終わった。
それだけや。
・・・・でも、
「絶対に負けられへん」
100m×4 リレー
「絶対に負けられへん」
この現実が、ここまで緊張感を・・・・プレッシャーを感じるとは思わなかった。
陸上競技場と、プールとの連絡通路。
ボクは、寝転がってマンガを読んでいた。
ボクだけやない。
富岡も、村木も、宮元も、寝っ転がってマンガを読んでる。
「一番面白いやつをもってこい」
選手達から1年生の後輩達に言っていた。
ボクは、ついこの前まで1年生と一緒に練習していた。同じ新入部員やった。
なんとなく、1年生からしても、他の2年生より親近感があったんやないかと思う。
「カズさん、これ面白いですよ」
何人もの後輩がそう言ってお気に入りのマンガを渡してくれた。・・・・ボクは、渡されたマンガ以上のものを受け取っていた。
・・・・緊張していた。
寝っ転がっていた。
空は快晴だ。
・・・・・青い空だ・・・・
用意してくれたマンガに集中する・・・・・でも・・・・集中しても面白くもなんともなかった。
「行くぞ」
富岡が言った。
・・・・いよいよ、リレー競技の時間が迫ってきた。
陸上競技場。
トラックの外。
村木、宮元、富岡とともにアップを開始する。身体を温めていく。
最後の打合せ、確認事項を終了して、持ち場へと向かう。
・・・・・緊張していた。
ボクは第1走者や・・・・スタート位置に向かう。
400m×4人リレー。
1人100mを走って4人で繋ぐ。
陸上競技場は1周が400mや。
ボクは、スタート位置・・・・通常の100m競技のゴールラインから少し進んだところ。曲線コースの最初の部分に向かった。
・・・・出水が近づいてきた。
前回の大会で一緒に「走り幅跳び」の選手に選ばれた。今回も出水は幅跳びの選手だ。既に競技は終わっている。
いつもながらの、眉毛の太い男前や。
「時田先生からの伝言だ。オープンコースになったときに、ゆっくりと内側にまわれ、急激にコースを変えるな」
陸上競技の短距離走は、それぞれにコースが決まっている。そして、そのコースを逸脱した場合は失格になる。
だけど、100m×4リレーは、スタート直後の50mまではコースが決まっているけど、その後は、オープンコースといってどこを走ってもいい、ライン取りは自由になる。
・・・・つまり、トラックの内側を走ったほうが、走行距離としては短くなるわけで、なるべく内側を走りたい。・・・でも、50mを過ぎたからといって、急激に内側に寄っていけば、結局、走行距離は長くなる。んで、走りにくくもなる、徐々に・・・徐々にコースを内側に取れってことや。・・・・こんなことは、陸上競技の基本の基本や。
「いや・・・時田先生がな・・・・あらためて、オマエに言ったかどうか心配になったらしい。考えてみりゃあ、オマエが入部したのは、今年だったってな」
出水が笑った。・・・・まったく、いつもながらの爽やかな笑顔だ。
「わかった」
「まあ、がんばれ」
出水は笑っている。
・・・・おそらく、ボクの顔はひきつっているにちがいない。
時田先生の伝言は本当なんだと思う・・・・でも、それとは別に、出水がボクの緊張を解しに来た。・・・そう思った。
・・・・親分肌で・・・いつも、2年生の新入部員のボクの面倒をみてくれた。
どんな競技でも緊張はする。そして、緊張していい結果はでない。・・・・だから、緊張を解くために、指揮官、指導者は心をくだくんだろう。
よく、野球なんかでタイムをとって・・・・間をとり・・・・緊張をほぐしたりする。
・・・・そう、野球、バレーボール・・・・タイムをかけ、間を取れる競技は多い。だけど、陸上競技にそれはない。
・・・・そして、100m、200mといった短距離走は「ダメだ!」と思ったときには、もう取り返しがつかない。10秒20秒で勝負が決まってしまう競技や。
「ダメだ!」
思ったところで、取り返しのつかない競技や。
出水と並んで立つ。
出水が話しかける。
沈黙を作らないように、緊張を解きほぐすように、出水が話しかけ続けてくれる。
競技場にアナウンスが流れる。
100m×4 リレー競技が始まる。
今、陸上競技場で行われているのは・・・・行われるのは、この、リレーだけや。・・・・そして最終競技や。
全ての観客の視線が刺さってくる。
トラックにいてもわかる。
全ての視線がボクたちに向いている。
広い競技場、全ての場所から見下ろされるように視線を向けられる。
・・・・もうすぐ始まる。
第1走者に全ての視線が集まる。
上下のジャージを脱いだ。
出水に荷物を預けた。
・・・ドキ・・・・ドキ・・・・ドキ・・・・・
心臓の鼓動を感じる・・・・・
スタートラインに立った。
コースを見渡す。
第2走者の富岡がいた。
第3走者の宮元がいた。
・・・・気づいた。
ヤツがいた。
第4走者。・・・・アンカー。
村木がいた。
・・・・そして、鷹見がいた。
忘れもしない。天然パーマの鷹見がいた。
スタートブロックを固定する。
スタートブロックは、スタートするときに足が滑らないように「発射台」の役目をするものや。・・・選手それぞれで設置する場所が違う。
1cmほどの金属の杭を、木槌で打って固定する。
・・・・・ドキ・・・・ドキ・・・・ドキ・・・・・
心臓の音が、外からでもわかるんじゃないかってくらい大きい。
ボクは必要以上の力で、木槌を叩きつけた。
緊張感を叩きつけた。緊張感を打ち砕く。
・・・・・ドキ・・・・ドキ・・・・ドキ・・・・ドキ・・・・
心臓が早鐘を打つ。
体中の血液が駆け巡る。
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