第14話 「濃紺のオニツカタイガー」腕で走れ!


昼休み。


弁当を食べたあと、部室にいた。


体育館の片隅・・・雑然とした学校用具置き場のようなところがあって、その2階の屋根裏部屋のような所を陸上部は部室としてた。



出水と、富岡と一緒に部室を漁っていた。



部室には、スタートブロックや、リレーのバトン・・・・走り高跳びのバーとかが雑然と置かれている。

その中に、シューズや、スパイクといったものもあった。

先輩が置いていったやつ・・・持ち主不明のやつ・・・・長い歴史の中で色んなものが雑然と置いてあった。



「部室に、もっといいのあったはずだぜ」


ボクのボロボロのスパイクを見ながら出水が言った。

・・・ってことで、昼休み。出水と富岡とで、手分けして棚を漁った。



棚にはいくつも箱があって、いっこいっこ出しては中身を確認した・・・・

古いスパイクはいくつも出てきた・・・・


・・・でも、これなら、今のと変わらへんなぁ・・・



「お、ぉおお~~~~!!!」


奥から出水の、おかしな旋律の声。


ボクと富岡が駆けつける。


テーブルの上に箱を置く出水。・・・・・開けろよ・・・・出水の顏が言ってる。


箱を開けた。


オニツカタイガーのスパイクや。

・・・しかも、バックスキンや・・・


スポーツ店で、一目ぼれしたやつや。メッチャ欲しかったスパイク。・・・・似ている。

ラインが赤じゃなく白色やった。



出水が1年生やった時、「何か面白いものはないのか?」・・・部室を探検したときに見つけたらしい。

履こうかと思ったけど、なんだか高そうなスパイクなんでやめた。・・・・すぐに親父にスパイクを買ってもらったから、存在すら忘れてた・・・・



目の前に「オニツカタイガー」のスパイクがある。・・・・欲しかったスパイクや・・・ラインの色は違うけど・・・



色は濃紺だ・・・・たぶん同じ色なんじゃないかと思う・・・・使っていて色が濃くなってるって感じや。

もちろん新品やない。使われている・・・・それでも大事に使われていたのは感じた。・・・・形が崩れてない。

何年使われてるのか・・・・使用されてる・・・それなりに皮も傷んでる。ソールも削れている・・・・でも、使うには何の問題もない。


・・・・ボクが、今使ってるスパイクからは雲泥の差がある。



「・・・でも、使ってもええんかな・・・・」


・・・・誰かが大事にしてるスパイクやないんかな・・・・


ほんでも、誰かが使ってるのを見たことはない。・・・・3年生のでもないと思う。



3人で、土田キャプテンに聞きに行った。


土田キャプテンは知らないという。


「部室内のモノは使っていい」


時田先生からは、そう言われている。

・・・・ってことで、使っていいだろうってことになった。




放課後。

陸上部に部員が集まってくる・・・・・


ボクは、秋季大会の選手に選ばれた・・・・チャンスをもらった。


100m、200m、・・・・そしてリレーの選手に選ばれた。



走る。

走る。

走る。


村木の背中を追った。同じ短距離走者の宮元の背中を追った。



・・・・走りやすくなっていた。

足が前に運ばれた。

後ろに流れることがなくなっていた・・・・走っていて実感した。・・・・出水がピンを交換してくれたからや。


・・・・そして楽に走れた。

軽かった。

オニツカタイガーが軽かった。


・・・・何g軽いのかはわからない。

100mを走るのに50歩走る。

・・・・1日に、どれだけの距離を走るのか。・・・・どれだけの歩数を走るのか。

1g違えば、身体への負担は相当に違う。


・・・・そしてフィット感だった。

抜群のフィット感やった。


足に、そのままピンがついてるような・・・・足が、そのままスパイクになったような・・・・「スパイク」という違和感、異物感が全くなかった。

路面の、全ての状況が足の裏から読み取れた。


ピンが土に刺さる感触・・・・滑る感触・・・・全てが伝わってきた。



100mの中間地点。

走り高跳びのバーが置いてある。マットが置いてある。


そこにドカッっと座って、時田先生がボクたちの走りを見ていた。

時折、ストップウォッチを見て何かを計っている。



村木の後ろを走る。時田先生の目の前を駆け抜ける。



村木の背中を追ってゴールライン・・・・急には止まれず突き当りのフェンスにへばりつく。


はぁはぁはぁ・・・・流れる汗・・・・


村木がスタートラインに向かって歩き出す。


ボクも、踵を返してスタートラインに戻る・・・・呼吸を整えていく・・・・戻っていく最中にも、足の運び、腕の振りを確認する・・・・歩くことは走ることのスローモーションや。フォームを確認していく・・・・



・・・・時田先生の前を通り過ぎようとする・・・・


「水上!」


返事をして先生の前へ。直立不動で立つ。


「腕で走れ」


不思議そうな顔のボクに先生が続ける。


足が流れるのは直ったな・・・・もう、お前の足の運びは十分じゃ・・・・村木にもひけはとらん・・・今度は腕を使え。腕の推進力を使え。

・・・・ダテに「腕振り」の練習をさせとるわけじゃない。・・・・意味があるからさせとるんじゃ。


「腕で走れ」


そう意識して、走ってみろ。



言われていることはわかった。

・・・・確かに、「腕」を意識したことはない。


足の運びだけを考えて走っていた。


「はい!」

返事をして、戻ろうとした・・・・



「そのスパイクはいいか・・・・?」


先生が笑っている。


「それは、ワシのスパイクじゃ・笑」


げ!!・・・・えーーー・・・ヤバい・・・



「軽いじゃろ?笑」


無言で うんうんうんうん と頷いた。


「今は走らんが・・・前は、一緒に走っとったんじゃ。・・・・大会にも出とった・・・・」


・・・・アタフタとした・・・・ポカンと口が開いてる・・・言葉は出ない。


「スパイクは、履かなくなると、すぐ傷む・・・・お前が履け・・・革じゃからな。手入れを怠るな・笑」


また、無言で うんうんうんうん と頷いた。

・・・・うわぁ~~~~~びっくりしたぁ・・・・




走る。

走る。

走る。


時田先生の見てる前を走る。


腕を振る。

腕で走った・・・・足がついてくる。

腕を走らせれば、足はついてきた・・・・しなやかについてくる。・・・・足が上がる・・・前に進む・・・



・・・・村木と並ぶ・・・・並ぶ・・・・並ぶ・・・・抜く・・・・


・・・・抜けずにゴールラインを駆け抜けた。


フェンスにへばりつく。



・・・・・はぁはぁはぁはぁ・・・・・・


膝に手をつき呼吸を整える。


汗が落ちる。

汗が落ちる。


足元。濃紺。オニツカタイガー。白いライン。


・・・・はぁはぁはぁはぁ・・・・


時田先生のオニツカタイガーに汗が落ちる。

踵を返す。

村木の後を追う。


村木を追う。

村木の背中を追う。



高跳びのバー。マット。時田先生の前を通った。



歩くのは走るスローモーションだ。

腕を振る。・・・・腕を振って村木の背中を追う。




秋の陽射し。

土埃。

時田先生の目前。駆け抜ける。

腕を振り、オニツカタイガー。村木の背中を追った。




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