第11話 「嬉しかった。嬉しかった。嬉しかった」Mラインに落ちる汗。
学校の外周が、約600mやった。
その外周を本木が走っている。
同じクラスの本木は長距離の選手や。
短距離、跳躍競技の部員はグランド内で練習していた。
長距離の本木は、学校の外周を毎日走ってた。
いつも一人で黙々と走ってた。
・・・・その姿がカッコよかった。
背が高い。前から5番といったボクとは違い、後ろから3番目。
休み時間にバスケットボールをやってる姿もさまになる。
ボールを持った姿、ドリブルで相手をかいくぐる姿もカッコいい。
バレーボールをやらせてもアタックをビシビシ決める。
体育の授業・・・クラス対抗のバスケットボール大会、バスケ大会では女の子の黄色い声援を受ける人気者やった。
・・・・とっころが・・・・成績は学年で1位、2位を争うアホやった・笑。
とにかく楽しい愉快なヤツや。
本木は、陸上部で唯一の長距離選手や。
走ってる姿が、どこか修行僧のように絵になった。
3000m走の市内チャンプ。・・・・1年生で市のチャンプになり、2年生の今年は県大会制覇を狙ってる。
学校、外周。
ボクは待っていた。
本木が走って来るのを待っていた。
・・・・・角を曲がって走ってくる宮元の姿が見えた。・・・・その後ろ、少し遅れて本木が姿を見せた。
宮元の後ろ5mくらいを本木が走ってる。
足元。鮮やかな真赤なシューズが目に飛び込んでくる。
宮元からタッチを受けてボクは走り出した。
陸上部に長距離選手は本木しかいない。
その練習相手をボクたちが務めることがあった。
本木は1周600mを5周走る。・・・・つまり3,000m。
ボクたち他の部員が、1周600mづつ5人で走って相手をする。
ボクたちの600mのスピードと、本木の600m/3,000mのスピードは変わらない。・・・・少しでも気を緩めたら抜かれる。恐ろしい速さや。さすがに市内チャンプや。
ボクたちにとっても練習になる。
ボクたちへの課題は
「中間走を持続させろ。身体に叩きこめ」
600mを同じペースで走り切れ。
100m、200mといった短距離走では・・・・その短い距離の中で、いくつもの走法がある。1段、1段、ギアをチェンジするように走りを変える。
それを、100m走なら、たかだか10秒の間に行う。
その「中間走」の部分を身体に叩き込め。苦しくなったっときでも、ダレることなくスピードを保つって練習や。
本木の前を走る・・・・本木の気配を後ろに感じる・・・・近づいてはこない・・・でも、離れてもいかない・・・・同じペースってことや。
絶対に抜かれるわけにはいかない。
・・・・いつもの100m、150mとは勝手が違う・・・すぐにエネルギーが切れていくのがわかる。身体に浸み込んだ150mの距離を超えると、とたんに身体が重くなる。足が上がらなくなる。
・・・・ここからや、ここから踏ん張れ。これこそが、この練習の狙い。
はぁはぁはぁはぁ・・・・
100mは呼吸をしないで走り切る。
600mになれば、呼吸をしないでは走れない。いつもと勝手が違う・・・苦しさが違う・・・それでも抜かれるわけにはいかない・・・・ボクは600mしか走っていない。本木は3,000mを走っている。ボクが5人目の走者、最後の走者やった。
本木の気配が離れない・・・・本木は、ボクにペースを合わせているのか・・・・
最後の角を曲がった。
ラスト100m。
本木の気配が近づいてくる・・・ラストスパートか・・・・ここで、ラストが利くのか・・・・3,000mを走って、さらにラストスパートをかけてくるのか。・・・・・抜かれるわけにはいかない。中間走からギアを上げた。ボクもラストスパートや。
近づきも離れもしない。同じ間隔のまま走る。ラストスパートの戦い。
・・・・でも、ボクは600mのラストスパート。本木は3,000mのラストスパートや。
ゴールラインを駆け抜けた。
・・・・なんとか、本木の前で走り切った・・・
止まった・・・・
はぁはぁはぁはぁ・・・・
膝に両手をついて肩で息をする。・・・・汗が落ちる。
隣に本木。・・・・腰に手を当てて呼吸を整えていた。・・・・どうみても本木の方に余裕がある。
汗が落ちる。・・・・赤色のライン・・・・自分で色を塗った、安物シューズのライン。
本木の足が見えた・・・・シューズが見えた。
真新しい真赤なシューズ。横に真白なMライン。・・・・ミズノのMラインや。
・・・・・カッコええなぁ・・・・
優勝のお祝い。ご褒美で買ってもらったんだという真赤なシューズ。
カッコよかった。
・・・・高いんやろうなぁ・・・・
本木にはそれだけの価値があった。
1年生で市のチャンプや。2年の今年・・・ボクが「走り幅跳び」で惨敗した大会・・・・その時も、もちろん文句なしの優勝やった。
今年の目標は県大会優勝や。・・・・そして北陸大会への進出や。
本木を中心にして、みんなが集まっていた。
新しいシューズの話を聞いた。
やっぱりいいらしい。
軽いらしい。
足への負担が楽らしい。
カッコええ・・・・
・・・・でも、高いんやろうな・・・・
部活が終わった。
「いくぞ」
出水に引っ張られるように学校を出た。一緒にスポーツ店に行った。町で一番大きな店や。・・・・富岡も一緒やった。
初めて来た。
棚には色とりどりのシューズが並んでる。
・・・・スポーツ・・・競技によってシューズが違うなんて初めて知った。
陸上用シューズの前に立つ。
富岡と並んで見る。
・・・・目が釘付けになった。
ひと際カッコよかった。
濃紺のシューズ。バックスキン。真赤なライン。
「オニツカタイガー」
カッコいいだけならアディダスが一番な気がする。
でも、陸上用シューズじゃあミズノとオニツカが双璧って感じや。
ミズノよりも、オニツカの方がボクにはカッコよく思えた。
・・・・・メチャンコかっこええ・・・・
濃紺の「オニツカタイガー」・・・・15,000円。・・・・一番高かかった。
濃紺のバックスキンや・・・・真赤なライン。
色んな種類が並んでる。
15,000円・・・・12,000円・・・・10,000円・・・・
棚の一番端っこに置かれた特価品。・・・・旧モデルって書いてある。
Mライン。ミズノのシューズや。緑色。5,000円。・・・・半額の割引品や。
・・・・・5,000円かぁ・・・・
足元の安物のシューズ。
メーカーもどこだか・・・・なんだか、ここには並んでないメーカーや。
穴が空いてる。小指側の側面に小さな穴が空いてた。・・・・その辺りの生地が薄くなってる。
底がすり減ってゴムの色が・・・・ゴムじゃない部分が剥き出しになってた。
・・・・もうボロボロや。
毎日毎日走り回っていた。
・・・・5,000円かぁ・・・
「オニツカタイガー」
濃紺のバックスキン。15,000円
・・・・15,000円かぁ・・・・メッチャかっこええなぁ・・・・
隣の棚で、富岡が熱心に見ていた。・・・・スパイクだ。
陸上のスパイクは、裏面に「クギ」のようなピンがついている。
競技によって、その本数は変わる。
・・・・ピンは取り外しができるようになっていて、競技場の状態によって「ピン」を変える。
土の競技場。アンツーカー・・・全天候型ゴム製の床用。・・・あとは、土の競技場では天候によるグランドコンディションによってもピンの長さを調節する。
「オニツカタイガー」のスパイク。
濃紺のシューズと同じデザインや。
バックスキンで真赤なライン。
27,000円
メッチャかっこよかった。
メチャンコ欲しいと思った。
・・・・27,000円
高い。
やっぱり、スパイクは高い。シューズよりもさらに高かった。
一番安いのでも12,000円とかや。
富岡といろいろ手に取ってみる・・・・ピンの位置。本数・・・いろんな種類がある。
靴底が硬いもの・・・柔らかいもの・・・・いろんな種類がある。
重さ・・・いろんな種類がある。
・・・・出水が後ろからやって来た。
手にスポーツ店のロゴが入った袋を持ってる。
・・・・え?・・・・えーーーーーー??買ったん?
富岡と二人でビックリした。
スポーツ店の前。
駐車場で、出水が買ったシューズを見せてもらった。
12,000円のやつや。アディダスだ。カッコよかった。
やっぱりアディダスはカッコいい。・・・・しかも「黄色」やん・・・・それも、おそろしく派手な黄色や。マンガで見たスーパーカーの色や。
でも、出水には似合ってるって思った。
自動販売機があって、出水が
「奢ってやる」
と、お金を入れてくれた。
ボクと富岡は「いただきまーす」とおどけてジュースを奢ってもらった。
出水の家は建築業の会社をやってる。外車が停まってる大きな家や。
「新しいシューズが欲しい」と、親父さんから10,000円をもらってきたんだそうだ。
「本木が真赤なら・・・・やっぱ黄色だよな・・・・足らなかったな・・・・帰ったら、あと2,000円もらわなきゃな」
コーラをグビグビ飲みながら言う。
・・・・ええーーーー12,000円も貰えんのかぁ・・・・ええなぁ・・・
ボクと富岡は、黄色いアディダスを手に取ってマジマジと眺めた。
・・・・カッコええ・・・・
陸上部。
ウォーミングアップ開始。
ジョギング。
本木の真赤なシューズ。出水の黄色のシューズが踊る。
・・・・・数日後。
ウォーミングアップ100m。
いつものように村木の背中を追う・・・・
・・・・・村木の足元・・・・濃紺の「オニツカタイガー」が眩しかった。
15,000円のヤツやんけ!!
ボクが釘付けになったヤツや・・・
・・・・めっちゃカッコええやん!!
・・・さらに数日後・・・・
・・・・宮元の足元。
バックスキンの白いアディダスや。黒い3本ラインが、やっぱりカッコいい。
・・・・富岡の足元。
青・・・空の色のシューズが駆ける。・・・・富岡らしい色やなぁ・・・・
秋の空や。快晴だ。
チャイムが鳴った。授業が終わった。
ボクは、箱を脇に抱えて部室に走った。
着替える。
・・・・・箱を開ける。シューズを取り出す。緑色のMライン。
履いた・・・・
出水が入ってきた。
「おぉーーーカズ!!オニューだ!買ったんだ!」
・・・・見つかった。・・・だから、急いできたのに。恥ずかしいやんけ。
出水と並んでグランドに出る。
笑いながら陸上部に向かう。
並んで歩く。
ボクの足元に緑色のMライン。
土田キャプテンの声。
ジョギング。
どこか、心なし華やかな騒めき。
色とりどりの、鮮やかなシューズが踊る。
・・・・みんなの顔。思わず笑顔がこぼれる。
お年玉を貯金していた。
シューズが欲しかった。
もう、欲しくて欲しくてしょうがなかった。
・・・・それしか、ないやろう・・・・
お年玉を・・・貯金を使おう。
晩御飯。
焼き魚。大阪と違って北陸は魚が美味しかった。
米も美味しかった。水も美味しかった。
テレビが点いてる。弟が隣で箸を使っている。
母さんに貯金を下ろしたいと言った。
「何に使うんや?」
「シューズが欲しいんや・・・もう穴開いてきたし・・・底もアカンようになってきた・・・・」
「なんぼするんや?」
「5,000円や」
「ほんなら買うてき」
「・・・・え・・・・?・・・ええのん・・・・?」
「そんなん貯金下ろさんでええよ。カァくん、部活頑張ってるもんな。買うたらええよ」
母さんはスーパーで、パートから正社員になっていた。
村木の背中を追う。
ゴールラインを駆け抜ける。
フェンスにつかまって上体を支えた。
はぁはぁはぁはぁ・・・・
汗が落ちる。・・・・汗が緑色のシューズに落ちる。
苦しい・・・・それでも、新しいシューズ・・・・緑色のシューズを見ればニヤけてしまう。
嬉しかった。
嬉しかった。
緑のシューズ。
緑色のMラインがメチャメチャ嬉しかった。
嬉しかった。
嬉しかった。
嬉しかった。
通学には絶対に履かなかった。
部活でしか絶対に履かなかった。
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